後日譚142.事なかれ主義者は報告した

 キャプテン・バーナンドさんと一緒にアドヴァン大陸に転移し、多くの人々と会ってお話をしていると日が暮れてしまった。昼食はエミリーが気を利かせてサンドウィッチをアイテムバッグの中に入れておいてくれたみたいだけど、夜も間に合いそうにない。


「一緒に食べたかったんだけどなぁ。会えば会うだけどんどん人がやってくるってどういう事なのさ……」

「お疲れ様です」


 苦笑しながらねぎらいの言葉を掛けれてくれたのは僕の専属護衛であるジュリウスだ。

 エルフらしく容姿端麗で髪型さえ整えれば女性に見えなくもない……と思ったけど、筋肉質な体つきをしているからそうでもないかもしれない。

 ただ、エルフにしては筋肉質な体つきをしているだけで、海の男たちをまとめるキャプテン・バーナンドさんには流石に見た目では負けている。


「俺たちが楽できるから今後も時々こうして顔を出してくれるとありがてぇんだけどな」

「ほんとに緊急の用件で手に負えない物以外はそっちで解決してくれると嬉しいなぁ」


 後半の面会はただの挨拶だったし、僕じゃなくてもよかったんじゃないかな、と途中で思ったけど、特定の国の人にしか会わないとそれはそれで問題が生じる可能性があると言われてしまうと会うしかなかった。

 ただ、今回の件は悪い事ばかりではなかったのも事実だ。

 今まで練習してきたきっちりとした姿勢で座る事はジュリウスが何も言わなかった事から問題ないと判断されたみたいだし、言葉遣いも上下関係を意識していると捉えれば、おまけで赤点回避、と言った所なんだろう。…………敬語、パッと出て来ないんだよなぁ。


「シズト様、準備ができたようです」

「はいはい。それじゃ、またね」


 船内に設置された転移陣を使ってその場から移動すると、明るく照らされた屋外に出た。転移してすぐに真っ暗闇だと危険だからと転移陣を使う時は設置してある魔動灯をつけるようにという事になっているけど、集まっていたドライアドたちが眠たそうなのか眩しいのか分からないけど目を細めていたのですぐに消してもらった。


「それじゃ、レモンちゃんまたね」

「れもん……」


 抵抗もなくすんなりと下ろせたレモンちゃんはだいぶ眠たいらしく、パタン、と地面に倒れるとコロコロと転がって夜の闇の中に消えていった。それに続くかのようにドライアドたちも散り散りになっていく。

 それを見送ってから屋敷へと向かうと、正面玄関の前に着いたところで扉が内側から開かれた。


「ただいま、モニカ」

「お帰りなさいませ、シズト様。皆様既に食堂に集まっておりますよ」

「あれ、ご飯まだだったの?」

「はい。ラオ様とルウ様がシズト様と話したい事があるからと食事は後にするという事でしたのでそれに付き合う形でそうなっていました」

「なるほど」


 ラオさんとルウさんから話ってなんだろ? ルウさんからも話、という事は怒られ案件じゃないはず……。たぶん。

 まあ、悩んでいても仕方がないので後ろについて来ていたジュリウスとも別れてモニカと一緒に屋敷に入り食堂へと向かった。

 途中、厨房の手洗い場を借りて手を洗ってから食堂に入ると、モニカが言った通り全員揃っていて、エミリーとジューンさんが配膳をし終えた所だった。

 各々バラバラで「お帰り」と言ってくれたので「ただいま」と返して席に座る。


「とりあえず、ご飯食べようか。いただきます」


 食前の挨拶も揃っているようでバラバラだったけれどそこは気にしない。

 家庭菜園で採れた物なのか、それともドライアドたちから貰ったのか分からないけど新鮮な野菜サラダをもしゃもしゃと食べていると、大きなお肉を切り分けながらランチェッタさんが話しかけてきた。


「向こうはどうだったのかしら?」

「んー……ランチェッタさん、というよりガレオールが対応する事は寄る港をどうするか考える事かな。サンレーヌ以外の国も『是非我が国に』って言ってきたよ」

「普通の交易船だったら悩むところね。ただ、魔動船のおかげで航海にかかる時間を大幅に短縮できているから検討の余地はあるわね」

「あとは縁談の申し込みがあったけど、全部断っておいたよ」

「それはシズトに対しての縁談かしら?」

「半分はね。子どもがいるって知られてたみたいだから子どもたちに対して申し込みもあったけど、それは全部断っておいたよ」

「…………」

「政略的な事で大事な事ってのは知ってるけど『誰でもいい』とかいうような人たちは今後も全部断るから」


 王侯貴族の世界では自分の子どもでさえ外交の道具にする事は多々あるらしい。あるらしいけど、国によってはそういう事をしない所もあるらしいから文句を言われる筋合いはない! という事でジト目で見てくる方々の視線はスルーして、野菜たっぷりのスープを飲んだ。


「こちらにデメリットはないのですわ。とりあえず保留にするのですわ」

「……それもそうね。ガレオールに関係のない事だと何があったのかしら? バーナンドがわざわざシズトを呼びに来たって聞いているけど」

「あー、それはね~……アドヴァン大陸の世界樹がある国から助けを求めにやってきたエルフたちがいたのと、タルガリア大陸から多数の死者が来て呪われた土地を何とかして欲しいって相談されたんだよ」

「エルフたちがやってくるのは想定の範囲内ですけどぉ、タルガリアの方々はどうしてシズト様を頼ってきたんですかぁ?」


 給仕を終えて自分も食卓に着いて食事をしていたエルフのジューンさんが不思議そうに首を傾げた。

 世界樹の使徒の代理人としてユグドラシル、フソー、トネリコのエルフたちのまとめ役をしてくれている彼女とは、アドヴァン大陸にも世界樹があると聞いてから「いつかは来るだろう」という話はしていた。だからカラバの人々がやってきて相談があったと言われても驚きはないんだろう。内容を聞いたら驚くだろうけど。


「最高神様が助力を求めるように、って神託を出したんだってさ。なんでも邪神が現われた際にファマ様が生やしたあの花が呪われた土地を元に戻す力があるとかないとか……」

「研究をしている所からもその可能性は指摘されていた気がするのですわ。邪神が現れて土地を呪ったはずなのにその影響が残っていなかったからその可能性があるって話だった気がするのですわ」

「三柱の神々が顕現した影響ではないかっていうのが大多数の意見だったはずだけど、最高神様が言うなら間違いないわね。それで、シズトはどう対応したのかしら?」

「エルフたちはとりあえずドライアドの植木鉢を持って自国に戻ってもらったよ。僕に助力できる事はないだろうけど、助けるにせよ助けないにせよ状況は見ないといけないだろうから」

「世界樹のお世話だったらぁ、ギュスタン様にお願いすればいいんじゃないでしょうかぁ」

「他国の貴族相手にタダ働きをお願いするわけにはいかないでしょうね。まあ、そこら辺はエルフたちがする事じゃないかしら?」

「それもそうなんだけど、問題は他にもあってねぇ。ドライアドたちが怒り狂ってるみたいなんだよ。どうやら世界樹の枝を切って売ろうとしたみたいでねぇ」


 僕がため息交じりに呟くと、ランチェッタさんは呆れた様子で「愚かね」と呟き、レヴィさんは「激おこ案件なのですわ~」と困ったような顔で呟いた。

 激おこなドライアドの対応、どうしたらいいんだろうなぁ。たい肥を献上したら怒りを鎮めてくれないかなぁ……。

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