後日譚52.事なかれ主義者はひたすら歩いた
お昼ごはんの後、ジューンさんに相談に乗ってもらってエルフたちの褒美が決まった。決まったんだけど――。
「本当にあんな事でいいの?」
「はい。確認をしたので間違いないかと」
ジュリウスがそう言うのならば間違いないだろう。
ただ、ちょっと本当に現場の視察と試合? の観戦を行うだけでいいのだろうか、とちょっと疑問に思う。
疑問に思うけれど、確認をしてもらったら異論はなかったそうなのでそれでいいんだと思い込む事にした。
ただ、そうなるとエルフの正装を着て人前に出る事になる。
サンレーヌ国とのトラブルの際にも最低限の身のこなしを叩きこまれたけど、常日頃から意識する事が大事だと言われたので、今回も世界樹の使徒っぽいふるまいをできるように練習する必要がある。
練習するのは談話室で、という事だったけど……待てど暮らせど講師役のレヴィさんが来ない。
「何かあったのかな?」
「レモン」
「はい、レモンちゃんは自由行動しないでねぇ」
呼びに行こうとしてくれたんだろうけど、屋敷の中ではドライアドたちに自由行動は許可していない。
僕の体に引っ付いている子はなし崩し的に引っ付いている間はオッケーという事になっているけど、少しでも離れたら他の人が回収して外に追い出していた。
あと、日が暮れたら自分たちの住処に帰ってもらうという約束もしているのでそろそろ帰る頃合いだろう。
「何事もないと思います。レヴィア様の魔力は変わらずエントランスホールに感じますから」
「エントランスに? なんで?」
「指導される方のお出迎えじゃないですか?」
「レヴィさんが指導してくれるんじゃないの?」
「おそらく。理由はご本人に直接お聞きした方が手っ取り早いかと」
それもそうだな、と思い誰が来るのか窓の外を見ようと思ったらドライアドたちが部屋の中をのぞき見していてあんまり見れない。レモンちゃんが手を振ると彼女たちもまた手を振っている。
「入れちゃだめだからね」
「レモン!」
「分かってるならいいけど、ほんとにダメだからね」
「レーモン!!」
レモンちゃんと一緒に窓の外のドライアドを眺めていると、扉がノックされた。
どうやらレヴィさんがやってきたようだ。
ジュリウスが扉を開けると、レヴィさんと一緒に背が高い女性が室内に入ってきた。
鋭い眼光に淡い赤い髪のその女性は、レヴィさんと同じく顔の横にドリルのような縦巻きロールがある。
彼女の名はパール・フォン・ドラゴニア。レヴィさんの母であり、このドラゴニア王国の王妃でもあり、僕の義母でもある女性だ。
パールさんは今日もドレスを身に纏っているけど、普段身に着けている煌びやかな装飾品が一つもなかった。
「お母様を連れてきたのですわ~」
「……なんで?」
「前回は急だったから私が覚えている事を教えただけですけれど、正直私はしっかりとした教育を最後まで受けていないのですわ。だから、そういう事に詳しい人を派遣して欲しいとお母様にお願いしたらお母様が来たのですわ」
「な、なるほど。ありがとうございます……?」
「礼を言うのはこちらの方よ。やっとドラゴニアを治める覚悟をしてくれたのね。ガントには私の方からうまく言っておくわ」
「全く違うんですけど!?」
「大丈夫ですわ。シズトが緊張しているから和ませようと冗談を言っただけですわ」
「……レヴィ、そう言うのは言わないで欲しいわ」
「分かったのですわ」
なんだ、冗談か。真顔で言われるから判断がつかないんだよなぁ。
こういう時、レヴィさんが授かっている加護は便利だよなぁ、と思う。
「ただ、半分は本気だったみたいですわ。今後もなりたくないなら答え方に気を付けた方が良いと思うのですわ」
「………………はい」
パールさんの指導は厳しかった。
指導の際に声を荒げる事はないし、怒っている雰囲気も全くないんだけど、淡々とできてない部分を真顔で詰められるのは正直しんどいっす。
ただ、その様子を見ていたレヴィさんが部屋を出て行って戻ってきてからは状況が一変した。
「お散歩ですわ~」
ドワーフのドフリックさんに依頼して作ってもらったうろ覚えベビーカーに育生を乗せて戻ってきたのだ。
パールさんは育生を見た瞬間、表情が朗らかな物になった。
「シズト? 姿勢が崩れているわ」
「!」
「返事」
「はい!」
育生の事を見ていたのに、パールさんに指摘された。後頭部に目でもあるのだろうか? あ、魔力探知か。
僕の肩の上に乗っていたレモンちゃんが育生の事を気にしているので、僕もレヴィさんの下へと向かう。
歩き方は背筋をしっかりと伸ばして前だけを見て堂々と。
「良い感じですわね」
「短い距離だし、慣れた場所だからね。視察ってなると絶対キョロキョロしちゃうよ」
「忙しなく周りを見る分には問題ないわ。歩いている貴方を見て警戒しているんだと思わせなければ話題のきっかけづくりになると喜ばれる事もあるから」
「そうなんですね。おっと、レモンちゃん。僕以外に張り付くのはダメだよ」
「れも? れももも!」
「レヴィさんでもダメ」
一度許しちゃうと今後の標的が奥さんたちにもなっちゃうからね。
妊娠中の人もいるしそれは許可できない。
ただまあ、レモンちゃんをずっと肩車をしながら運ぶのはしんどいのは事実だから……と、室内に視線を巡らせる。
「あー……でもジュリウスならまあ? 練習に集中したいし、頼んでいい?」
「かしこまりました」
「れもーん!」
レモンちゃんが僕の肩の上からジュリウスの体に飛び移った。
器用に髪の毛と手足を使って移動してパールさんに抱っこされた育生を覗き込んでいる。
その様子をドライアドたちが「お~~~」と見ていたので、今後は屋敷内に入れる条件としてジュリウスも含まれることになりそうだけど……基本的にジュリウスは屋敷の外にいるし、ドライアドたちに纏わりつかれる前に屋敷に入れそうだから悪化はしなさそう。
「って、見てる場合じゃなかった。練習しないと」
「もっとゆっくり時間をかけて身につければいいわ。ガント達も小さな頃からずっとやって身に着けた事だから」
パールさんが優しい笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
「ただ育生に会いに来る口実が欲しいだけなのですわ」
レヴィさん、それは僕でも分かる事なので言わなくても大丈夫だよ。
パールさんにじろりと睨まれたので顔に出ていたか、と慌てて表情を取り繕い、歩行の練習を再開した。
育生と関わっている間も指摘は的確なパールさんだったけど、表情はとても柔らかいものだったので練習はそこまできつくなくなった。
……今後はパールさんと会う時は育生を一緒に連れて行くようにしよう。
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