第25章 片手間にサポートしながら生きていこう
523.事なかれ主義者は諦めている
朝、目が覚めると既にベッドの中には誰もいない。ただ、ほんのりと温かさが残っているので、つい先ほどまで誰かが横になっていたのが分かる。
その人物は既に着替えを済ませてベッドの近くで澄ました顔で立っていた。
そこに立っていたのはモニカだった。彼女の黒い髪と黒い瞳を見ると前世の日本をふと思い出す事が多い。顔立ちもどこか日本人っぽさはあるような感じがする。実際の年齢よりも幼く見える。
僕の一つ下だから制服を着ても何ら違和感はないんだけど、そんな年の少女を妊娠させてしまっているのに時々罪悪感のような物を感じてしまう。
この世界だと、二十歳になる前に妊娠する貴族の女性は珍しくないらしい。まだまだ前世の感覚は抜けないようだ。
「おはよう、モニカ」
「おはようございます、シズト様」
「体調に代わりはない?」
「特にございません」
淡々と答えるモニカをジッと見る。
顔色は特に悪くなく、お腹を優しく撫でているけどアレは最近の癖だというのは知っている。
お腹周りを締め付けないように気を付けているらしく、今日はワンピースを着ていた。
お腹はそろそろ出てくる頃だろうか、と視線をお腹に向けているとモニカは「触りますか?」とベッドのすぐ近くまで寄ってきた。
触ってみるとお腹がほんの少し膨らんでいるような……気のせいのような……。
「もう少ししたらはっきり分かるようになる、と産婆の方が仰ってました」
「なるほど……?」
保健の授業でやった程度の知識だし、前世の授業はもう遠い昔のようにも感じてあんまり覚えていないので産婆さんの言う事を信じよう。
しばらくモニカのお腹を優しく撫でていると部屋の扉がノックされた。パーテーションの向こう側にある扉から声が聞こえる。
「シズト様、お目覚めですか?」
今日の世話係のエミリーの声だった。どうやら朝ご飯の支度が終わった事を報せに来てくれたらしい。
モニカに部屋から出て行ってもらって手早く着替えを済ませる。甚兵衛のままご飯を食べてもいいけど、寝間着っていうイメージがついちゃってるから落ち着かないんだよね。
着替えを済ませて声のした方の扉から出ると、既にモニカの姿はなかった。
代わりにいたのは先程の声の主であるエミリーだ。
白いもふもふの尻尾をパタパタと振っていて、機嫌は良いようだ。
彼女が着ているメイド服は獣人族用に特殊に加工されていて、尻尾を通すためにお尻よりも少し上あたりに穴が開いているけど、そこは尻尾の根元に着ける飾りで隠されていた。
「お待たせ。それじゃあ行こうか」
「はい」
僕が歩きだすとエミリーも僕の歩調に合わせて歩き出した。
「今日はお風呂に入られないんですか?」
「昨日も今朝も特に何もなかったからね」
妊娠している女性と何かをする訳もなく、汚れてもいない。
日課となっているからお風呂に入らないとちょっと変な感じがするけど、絶対入らなくちゃ気が済まないわけではないし、やる事もあるから今日は入らない事にした。
「なるほど。妊娠するとそういう事を控えなきゃいけなくなるのね……」
エミリーが呟いた言葉は当然耳に入ったけど、僕は反応しないように気を付けて食堂へと向かった。
朝ご飯が終わるとすぐに世界樹のお世話をする。
今日は世界樹ファマリーのお世話の日なのでごっそりと魔力を持ってかれた。
まだまだ成長を続けているようで、魔力の半分を持っていかれた。
僕以外が世話をする時に魔力全部持ってかれて死なないかちょっと不安になってくる量だ。
「……以前から思ってましたが、とんでもない魔力量ですね」
僕が加護を使う所を見学していた人物が呆れた様な目で僕を見てくる。
中性的な顔立ちの彼は黒川明。僕の前世のクラスメイトで、僕と同じく亡くなった際に神様から加護を授かってこっちの世界に転移した人物の一人だ。
彼は以前僕が魔道具化したコートを着ている。『適温』シリーズの魔道具っていいよね。どんな格好をしてても暑くも寒くもないから、冒険で使うのも頷ける。
「毎日魔力切れになってから眠ってるからね」
「翌日辛くないですか?」
「慣れもあるけど、魔道具のおかげかなぁ。……あ、非売品だからね」
特に親密な関係の人物だったら売ったりあげたりしてもいいけど、一歩間違えると恐ろしい使い方が出来ちゃうからね。
明たちがヴァンパイアを倒したって聞いて思い出したけど、魔物ですら強制的に眠らせるんだから人に使ったら眠っている間は何をしても起きないから何でもできちゃうし。
「明は魔力増やすためにやらないの?」
「転移直後はするようにと言われてしてましたけど、エンジェリア帝国から出奔してからはする余裕がなかったのでしてなかったです。ファマリアも治安がいいと言っても万が一の事がある事も考えるとなかなかできないですね」
「ふーん。……僕はもしもの時のために使える魔力はあればあるだけ良いと思うけど、環境が違うか」
「その考え方も否定はしませんが、魔力枯渇による魔力総量の増加は劇的な物じゃないですからね。絶対に安全が保障されてない限りは今後もしないと思います。そんな事より、この後は何をするんですか」
「とりあえず呪われた人のために薬草を量産する予定だよ。まあ、半分くらいしか残っていないからたくさんはできないけど」
「どうせ陽太はまだ来ないでしょうし、見学してもいいですか?」
「暇なら手伝ってよ」
「魔力を使うのは無理ですよ」
「魔法を使わなければいいじゃん」
「肉体労働は陽太が担当なんですけど……」
文句を言いつつも明はドライアドたちに混ざって収穫後の不要となった植物をたい肥を作る魔道具に入れる作業をしてくれた。
僕の魔力が切れるまでひたすら延々とぐるぐるぐるぐる畑を回ってもらったんだけど、お昼になる前に作業が終わっても陽太は来なかった。
「陽太全然来ないね」
「いつもの、事です……。それよりも、シズトは、魔法を覚えないんですかっ……!」
ドライアドたちに扱き使われた明は、息も絶え絶えな様子で「そんなに魔力があるなら魔法を覚えるべきだ」と主張してきたけど、僕にはそういう才能がなかったから無理なんだよなぁ。
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