幕間の物語258.元鉱員は安住の地を目指す
色々な武器や防具を身に着けている冒険者たちの集団の中でも、その男は異彩を放っていた。
四十過ぎくらいの男は、髪と瞳が黒っぽく、顔立ちも異世界人っぽさが色濃く出ていたためただでさえ注目を集めていたのだが、冒険者らしくない格好をしていた。
頭には『安全第一』と書かれた黄色のヘルメットを被っており、白いタンクトップTシャツを着ているだけで防具のような物は見当たらない。強いてあげるとしたら鍛え上げられた筋肉だろうか。
薄汚れたズボンにごついブーツのような革靴を履いているその男は、背中にツルハシを背負っていた。
その男の名は嶺岸歳三。大地の神アイアから『怪力』の加護を授かった勇者だった。
だが、ミスティア大陸に限らずこの世界では『怪力』の加護を授かっている物は珍しくない。
過去の勇者たちの子孫が代々受け継いで来ていて、ありふれた加護だったからだ。
だからこそ彼は王侯貴族に囲われる事もなく、のんびりと自由気ままに過ごしていた。
「どうしても考え直していただけないでしょうか」
歳三の前に建っているのは身綺麗な格好をした冒険者ギルドの女性職員だった。
常に命の危険と隣り合わせの冒険者たちはそのストレスを発散するためかは不明だが女性の誘惑に弱い者が多い。顔立ちの整った女性の上目遣いでお願いをされたらどうするか考える者が多いのだが、歳三は首を縦に振らない。
「流石にそろそろ潮時だからな。ギルド長直々に頼まれても変わらんぞ」
「左様ですか」
「ギルド長には世話になった、と伝えておいてくれ。後これも渡しておいてくれ」
歳三は風呂敷に包んでいた物を出すと、受付嬢に渡した。
都市国家イルミンスールの名産品である薬草酒が詰まったビンだった。
受付嬢はそれに関して特にコメントする事もなく淡々と受け取った。
「承りました。トシゾー様のこれからのご活躍をお祈り申し上げます」
「そういう形式ばったのはいらん。じゃあな」
歳三が踵を返して歩き始めると、冒険者ギルド内に散っていた彼の連れがわらわらと集まってくる。
最初に走ってきたのは尻尾をブンブンと振った犬人族の女性ラブラだ。
「もう話は終わったの? 早かったね?」
「まあ、以前からそろそろ活動場所を移すって言っておいたからな。それに、最近呪われたって事も向こうは知ってるだろうし、あんまり抱え込みたくなかったのかもしれん」
「もう治ったのにね」
呪われた者は完治したとしてもその後の人生はあまり明るい物ではない。
邪神に目をつけられた者、として忌避される事が多々あった。
「まあ、そういう偏見というか風評被害もだんだんなくなってくだろうね。転移門の設置と共に集団で呪われた人はまとめてあのお方が量産したポーションとかで治しちゃったんでしょ?」
話に割り込んできたのは、小走りで駆け寄ってきて歳三の腕に抱き着いた猫人族の女性だ。
歳三は彼女を気にした様子もなかったが、ラブラは「ミーアだけずるい!」と言うと、空いていた筋骨隆々の腕に抱き着いた。
「偏見とかはそう簡単になくならんだろうよ。まとめて完治させられた者たちも結局仕事に支障をきたしているみたいだしな」
ある飲食店の店長は客が寄り付かなくなったと嘆き、冒険者は護衛依頼を断られる事もあるらしい。
その様な問題を誰が解決するのか分からないが、とりあえずタカノリに相談してみよう、と思う歳三だった。
彼はそれ以上特に話をする事もなく、両手に花状態で冒険者ギルドを出ると、荷馬車の御者台に座った女性が彼に向かって手を振った。
鬼人族の女性マルガトは荷馬車に歳三たちが乗り込んだことを確認すると、馬を歩かせ始めた。
向かう先はウィズダム魔法王国の首都に設置された魔道具『転移門』のある市場だ。
流れゆく街並みを眺めていたミーアは『転移門』がある市場が近づいて来るとヘルメットを外して手入れをしていた歳三に話しかけた。
「イルミンスールに着いたらまずは宿探しだね!」
「その前にタカノリに会うからな」
「え~、早く宿探さないといい所泊まれないんじゃないの~? これからのんびりできるんだしさぁ、どうせならベッドもいい感じの所にした方が良いんじゃないの~?」
「タカノリに紹介してもらえばそれで済む話でしょ。それに、転移門が繋がったとはいえ依然と比べて他国からの来訪者が少ないっていう話だし急がなくても宿は埋まらないわよ。昼間から盛ってないで離れなさい!」
歳三に迫っていたミーアをベリッと剥がすかのように勢いよく引き離すと、ラブラは歳三の隣に腰を下ろした。
「話は変わるけど、向こうでは何をするの?」
「何って言われてもなぁ。そこら辺もタカノリに相談だな。力仕事がありゃそれが手っ取り早いんだが……」
「同感」
御者台に座っていたマルガトも歳三の言葉に同意した。
その後、転移門が起動するまでの間に今後してみたい事を女性陣が話し始めたのだが、歳三はただ流れて行く雲をぼんやりと眺め続けた。
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