214.事なかれ主義者の授業参観

 奴隷たちが勉強をする場所である研修所は、木造建築で二階建ての建物だ。

 昇降口から建物の中に入ると、廊下が続いている。勉強をしている時間だから教師の声が部屋から聞こえてくる

 ぞろぞろと護衛を引き連れて歩くと、勉強の邪魔をしてしまうだろうかと思ったけど、護衛の面々は気にした様子もなく、ぞろぞろと廊下を進んでいく。

 ジューンさんが僕の手を引いて歩き始めたので、僕もその後に続いた。

 廊下に面した窓を全開に開けて授業をしているので、部屋の中の様子は良く見える。向こうもこちらの事は良く見えている。

 年齢層にバラツキがあるが、教室の中はほとんどが女の子たち。お揃いの真っ白なワンピースのような服を着ている。

 室内には長机と長椅子が並んでいて、一つの椅子に三人が腰かけて仲良くお勉強をしているようだ。

 カリカリと一生懸命何かを書いていた女の子が、ふと手を止めて顔を上げた。目と目がばっちり合う。

 小さな女の子は、口を開いて何かを言おうとしたが、教室内を足を引きずりながら歩いていた強面の男性が咳ばらいをするとハッとして、また一心不乱に何かを書き始めた。


「……やっぱ邪魔かなぁ」

「主人を邪魔扱いする奴隷なんて聞いた事ねぇよ」

「むしろご主人様がやってきたのに、他の事をし続けてたら怒られちゃうわよね、普通なら」

「いや、むしろ勉強に集中していて偉いと思うんだけど」


 教室の中を見ながらヒソヒソと話をしていたら、ピクピクッと数人の生徒の耳が動いた。尻尾もぶんぶんと忙しなく動いている。

 再度、髭がモジャモジャしている強面の男性が咳ばらいをすると、尻尾がピーンッとしてカリカリカリカリと一生懸命書く音が聞こえてくる。……ごめん。


「事前に先触れを出し、シズト様がいらっしゃってもいつも通り勉学に励むように通達しておきました。騒ぎになるのはシズト様にとって不本意でしょうから」

「そうなんだ。ありがと、ジュリウス。他の教室も一通り見ていこうか」


 気分的には授業参観だ。見られる側じゃなくて見る側だけど。

 僕に見て欲しいかは謎だけど、雇い主が頑張りをしっかり見てくれていると分かったら、やる気を出す子もいるかもしれないし。

 一階のもう一部屋で勉強をしているグループは、眼帯をつけた男性が簡単な計算を教えているようだ。


「魔石を十個手に入れた。三個売ったら残りはいくつだ? それじゃあ――」

「七個です!」

「正解だ……が、まだ当ててねぇよ。廊下にいらっしゃる御方の事を意識しすぎだ」


 元気よく立ち上がって答えた少女が恥ずかしそうにストンと座る。

 いや、気持ちは分かるよ。

 親が見に来ている時は、積極的に答えようとする子いるよね。

 他の子たちもその子の事を笑う様子はない。

 少女は気を取り直して次の問題に集中している。

 眼帯の男性が再度問題を出すと、元気いっぱいに手をあげる子たち。小さい子も精一杯高く手を挙げてアピールしている。……気持ちは分かるけど、机の上に立つのは止めた方が良いと思う。

 授業の様子を見ていて思ったけど、計算ドリルみたいなのがないから口頭で簡単な計算問題を出しているのかな。

 問題を作ってオートトレースで写しちゃえばいいんだろうけど、オートトレース作れるの僕だけだしな……。

 まあ、ここの教師たちに任せているんだし、どのくらいの計算ができれば十分なのか分からないから、下手に首を突っ込まずに要望が上がってきたら対応しよう。

 ホムラにでも定期的に様子を見に行ってもらえば十分かな。……いや、ユキにしとこ。

 二階に上がって部屋を覗くと、朱色の口紅が目立つ気の強そうなエルフの女性がいた。黒縁眼鏡をかけ、分厚い本を片手に持ちながら眼前の子どもたちを睥睨しているようにも見える女性は、僕に気付くとぺこりと会釈した。

 子どもたちはそれを気にしつつも、絵本に書かれている内容を紙に写して字を書く練習をしているようだ。


「……普通に勉強してるね」

「そうですねぇ。ユグドラシルでも物知りで有名な方ですぅ」

「そうなんだ。変な事教えていないか心配だったけど、普通に勉強を教えているようで良かったよ」

「シズト様への忠誠心を無理矢理植え付けそうな輩は弾きましたのでご安心を」


 弾かなかったら、そういうエルフも紛れ込んでいたという事か。そういう人には教壇には立ってほしくないなぁ。

 もう一部屋の方を覗くと、とんがり帽子を被った華奢なエルフがニコニコしながら奴隷たちの様子を見て回っていた。奴隷たちは箱の中を覗き込んで、木の枝で何か作業をしているようだ。

 廊下側の窓際の席の子の箱の中を覗いてみると、箱の中には砂が入っていた。

 その砂が勝手に動いて計算問題が浮かび上がる。

 なるほど、確かにこれなら紙は必要なさそうだ。


「ん~、あの人の事はぁ、良く知らないですぅ。ジュリウスさんの紹介でしたぁ」

「ジュリオンですね。元世界樹の番人です。一応この施設の警備も担当してもらっています。見ての通り砂の精霊と契約をしており、砂を操る魔法が得意ですね」

「なるほど。それにしても、小さな子もいるのに一生懸命勉強してるね」


 僕があれだけ小さかった頃は、男の子も女の子も、落ち着きがなく教室内はいつも賑やかだったような気がする。

 やっぱり、この世界は少しでも早く大人にならざるを得ない環境だから、小さな子たちもしっかりしてるのかな……。

 一通り見て回るとやる事がないし、日が暮れ始めてきていたので、屋敷に戻る事にした。

 エント様の像がある西区はまた後日見に行こう。

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