162.事なかれ主義者は口を噤んだ

 レヴィさんを待っている間に、うつらうつらとしていたら、誰かが廊下を走る音が静かな屋敷内に響く。

 目を擦って足音が止んだ方を見ると、しばらくしてから扉が開いた。


「おかえり、レヴィさん」

「ただいまですわ、シズト」


 どことなく緊張した面持ちのレヴィさんに笑いかけると、彼女もつられて笑った。

 ドーラさんやセシリアさんはどこだろう?


「ドーラはもう寝るそうですわ。セシリアは書斎の方に書類を置きに行ったのですわ。モニカからシズトが起きて待っていると聞いて、慌ててきたのですけれど、何か用なのですわ? もしかして、もう結婚相手を決めたのですわ?」

「うーん、ちょっといきなり結婚って言うのは心の準備がですね……。とりあえず座ってよ」


 話し辛いな、と思ってレヴィさんに近くの席を促すと、彼女は促されるままそこに座り、僕の方をまっすぐに見てきた。

 んー、切り出し辛い!


「できれば婚約からが良いなぁ、って。気軽に婚約破棄とかできないってのは知ってるけど、まったく知らない人とすぐに結婚ってのは、どうしても僕の価値観的にちょっと……難しい」


 もちろんお見合いしてそのまま結婚とかあるのかもしれないけど、周りが自由に恋愛している世界から来たのだ。政略結婚とか、加護目当てと分かっているうえで相手を愛せる自信が正直ない。


「そこら辺は伝えれば理解してもらえるのですわ。それで、誰と婚約する事にしたのですわ?」

「………」

「………シズト?」

「レヴィさん」

「なんですわ?」

「だから、レヴィさん!」

「………?」


 きょとんとした様子のレヴィさんは目を瞬かせて僕をじっと見て考え込んでいるようだ。

 どうしてこういう時に指輪を嵌めてるのかなぁ!


「レヴィさんと、婚約しようかなって、思うんですー!」

「………わ、私ですわ!?」


 意味を理解した瞬間、レヴィさんの顔が赤く染まった。僕も負けず劣らず赤いと思う。

 ただ、レヴィさんは取り乱した後にすぐにハッとして、一つ深呼吸をすると姿勢よく座り直した。顔は赤いままだったけど。


「とても嬉しいのですわ! でも、いいのですわ? ユウトとの事で失敗してしまったのですわ」

「また同じ事をするつもりなの?」

「しないのですわ!」

「じゃあ、もういいよ。それはもう終わった事だし。今後のレヴィさんに期待します!」

「期待に応える事ができるように、頑張るのですわ」

「うん」


 すっかり冷めてしまった紅茶を飲もうとしたら、今まで静かに控えていたのであろうエミリーが現れて紅茶を淹れ直してくれた。

 ……見られてたって考えると恥ずかしいんですけど!

 お構いなくって感じでスッと気配を消されても気になるんですけど!

 ジッと壁の方を見ていたけど、いつまでもそうしていても仕方ない。レヴィさんの方を見る。既に顔の赤みは引いていた。


「……期待しているから、だから、レヴィさんと婚約したいな、って思うの。他にもレヴィさんなら好きに過ごさせてくれそうとか、面倒事を任せても怒らないで受けてくれそうとか、そういう打算もあるけど」

「後半は別に言わなくてもよかったと思うのですわ。表情に出やすかったり、思った事をそのまま相手に伝えちゃうのは貴族相手には問題ですけれど……シズトらしくて私は好きですわ」


 レヴィさんの口元が綻び、優しい眼差しで僕を見てくる。

 何とも恥ずかしくなってきたし、眠たいのでさっさと退散する事にした。


「そういう訳だから、後の対応はお願い! お休み!」

「分かったのですわ。おやすみなさいですわ」




 翌朝、昨日の夜に部屋で待ち構えていて枕を押し付けてきたホムラの頭をぐりぐりしながら考える。

 婚約ってあんな感じでサクッと軽く宣言するだけで大丈夫なんだろうか。

 んー、考えても分からん。

 服の準備をしてくれたユキにお礼を言って二人を部屋から閉め出し、着替えを済ませて食堂に向かう。

 朝食の準備は既に済まされていて、みんなもう座っていた。


「いつも思うけど、別に待ってなくてもいいんだよ?」

「私たちがそうしたいからそうしているだけなのですわ」

「そうよ~。お姉ちゃん、シズトくんとご飯食べるのをいつも楽しみにしてるんだから」

「いつもすぐに食べ終わっちゃうじゃん」

「もぐもぐ食べてるシズトくんを見るのが楽しいの」


 美味しそうに食べている女の子が良い、とか言ってる男子がクラスにいたなぁ。

 そういう感じなんだろうか。

 よく分かんないけど、エミリーが配膳を終わると手を合わせていただきますをしてから食べ始める。

 食事を進めていると、レヴィさんが話しかけてきた。


「それで、今後の結婚の申し込みはどうすればいいのですわ?」

「どうするって?」

「第二、第三夫人と引き受けるのですわ? それとも断ればいいのですわ?」

「断ってください。知らない人とは結婚したくないんでぇー」

「知ってる人ならいいのですわ?」

「まあ、知らない人よりかはましかなぁ」

「なるほど、じゃあまだ私たちにもチャンスはあるという事ね。頑張りましょ、ラオちゃん!」

「こっちに振んな」


 うん、分かってますとも。

 自惚れとかじゃなければ、そういう事なんだろうなぁ、とは思う。思うんだけど、いきなり婚約相手が何人もっていうのは、きついっす。

 こっちの価値観に染まるまでお待ちください……。

 そんな事を思いながら、藪蛇になりそうなので黙ってもしゃもしゃと食べ続けた。

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