145.事なかれ主義者はやらかす自信がある

 アダマンタイトはとても硬い事で有名だ。

 この世界で最も硬く、打ち付けられても切りつけられても形が変わる事はない。

 ただ、それ以外にも特徴があるらしい。見た目に反して、とても重い。

 つまり――。


「持てないっす」


 地面に突き刺しとけば、選ばれし者にしか抜けない剣ごっこができそうだよ。

 いや、頑張れば多少は持てるよ? 持てるって言っても頑張ったら運べる程度で、剣として扱うのは無理だよコレ。

 ジュリウスさんが不思議そうに首を傾げて口を開く。


「身体強化を使ってはいかがでしょうか?」

「使い方知らないっす」


 だって加護の効果の中にないんだもの。

 ジュリウスさんがちょっと焦った様子で並べられた武具を見比べているけど、無駄。この片手剣よりも小さな物はないでしょ?


「それにしても、よくこんなにたくさんのアダマンタイト製の物を持って来れましたね」

「アダマンタイトを載せていた荷馬車だけダンジョン産の魔道具なんです。重量軽減の効果があるんだとか」

「なるほど、浮遊台車みたいなものか」

「そうですわね。ただ、浮遊台車の方が性能は上ですわ!」


 なぜかレヴィさんがマウントを取ろうとしているけど、荷馬車について説明してくれたジュリーニさんは気にした様子はない。そもそも彼は浮遊台車を知らないだろうし。

 ジュリウスさんが困った様に眉を下げ、申し訳なさそうな声音で僕に話しかけてきた。


「申し訳ありません、シズト様。ユグドラシルに戻れば短剣もあるかと思いますが……」

「別にいいよ。使おうと思えば使えるし」


 僕には魔道具があるから、本気で使おうと思えば振り回す事だって可能だ。

 ただ、魔道具が使えないような状況だと、ただのお荷物になるんだけど。

 まあ、もう戦う事はないと思うからどちらにしても関係ない事だ。

 整然と並べられたアダマンタイト製の武具は、どれも金色に輝いている。見た目は金で作った武具でとても派手だ。


「これって、全部ダンジョンで手に入った物なの?」

「そう聞いてます。ダンジョンを踏破した際に手に入ったり、階層主を倒した際に極稀に入手できるそうです」

「インゴットや鉱石としてとかはないの?」

「少なくとも、私が生きている中では聞いた事がないです」

「なるほど。じゃあ、アダマンタイトで何かを作ろうと思ったら、これを一回溶かさないとダメなわけだ」

「そうですね。ただ、今まで誰もアダマンタイトを溶かす事ができた者はいません。どんな事をしてもその形を変えないのが特徴なので。私が生まれる前からドワーフは、これを加工しようと躍起になっているようですが、これから先もできないと思います」


 なるほど。つまり、これを加工できちゃったら相当まずい訳ね。ちゃんと理解した。

 ラオさんの視線を後頭部に感じつつ、何度も頷いておく。

 誰も見てない時にこっそり加護を試そう。


「……? レヴィさん、どうしたの?」

「なんでもないですわ」


 いきなりレヴィさんが僕の手を握ってきて、タイミングが良すぎてちょっと驚いたけど、レヴィさんは口元を綻ばせて僕を見るだけだ。

 最近よく手を繋ぐからかだいぶ慣れてきたけど、やっぱり温かくて柔らかい手にニギニギされるのは落ち着かない。

 結局、レヴィさんはジュリウスさんたちが帰った後も、その日はずっと僕と手を握ったままだった。




 ジュリウスさんたちは一度、ユグドラシルに帰って僕の奴隷になるのかを話し合うそうだ。

 別に奴隷じゃなくてもいいんだけど。

 二週間後には、ジュリウスさんだけでも戻ってきて僕の護衛を始めるらしい。

 ドフリックさんは、魔剣を手に入れたから一先ず満足したのか、昨夜屋敷から出て行ってしまっていた。

 つまり、部外者は今、敷地内に誰もいないという事だ。

 朝食を食べ終えてのんびり紅茶を飲みながら考える。

 アダマンタイトを加工できるのか試すなら今なのでは? と思うんだけどなかなか一人になれない。

 っていうか、最近一人になれるのってユグドラシルに行く時くらいだ。

 その事に気づいたので、アイテムバッグを持ってユグドラシルに向かおうとしたんだけど、なぜかレヴィさんに捕まった。その手には読心の魔道具が握られている。

 レヴィさんはファサッと開かれた扇で口元を隠して、レヴィさんの隣に立っていたラオさんに、背伸びをして何やら耳打ちをしている。


「シズト、どこ行くんだ?」

「どこって、ユグドラシルだよ。加護を使わないとでしょ」

「他に何かしようとしてることがあるのですわ?」

「別にないよ?」

「………」

「ほんとだよ?」


 しばしの沈黙の後、レヴィさんが僕の腕を離し、手に持っていた扇もアイテムバッグの中にしまった。

 ラオさんはガリガリと頭をかいてため息をついている。


「別にお前が隠したいんだったらそれでいいけどよ。……やらかすんだったらアタシらの目が届く場所でやらかせよ? じゃないと助けてやれねぇし。……今回は別に危ない事ではないんだよな?」

「大丈夫、とは言い切れないですわね。なんせ誰も成しえなかった事を試そうとしているのですもの。魔力切れで倒れるくらいは普通にありえそうですわ」

「………」


 話し合っていた二人がスッと僕の方を見てくる。

 すごく心配してくれているのは分かるんだけど、どうしようかなぁ。

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