123.事なかれ主義者は設置した

 転移陣やら聖域の魔道具を作った翌日、転移陣をフェンリルのお昼寝スペースのすぐ近くに設置した。

 ミスリルを加工して作った転移陣は、使わない時は一部分を取り外す事で勝手に使われる事を防ぐ仕組みだ。

 昨日、青いバラのドライアドに使い方を説明して、今は小さい方のドライアドたちがパズルにして遊んでる。


「これ、どこのだっけー?」

「分かんなーい」

「ここじゃない?」

「ちがうよー。そこはこれだよー」


 ……目印を付けた方がいいのかもしれない。

 ドライアドたちの様子に不安を感じるけど、もう時間なので改良はまた今度だ。


「それじゃ、ユグドラシルの方に設置してくるね。クー、お願い」

「面倒だけど、しょうがないなー。お兄ちゃんだから運んであげるんだからね?」


 皆に見送られる中、一瞬で景色が変わって眼前に大きな木が聳え立っていた。今日の曇り空を突き抜けているからてっぺんは見えない。

 雨が降るかもしれない。さっさと設置して祈って帰ろ。

 ウッドデッキの上に転移陣を置いて魔石をセットしていく。

 帰りの準備はこれで万全だ。最悪、クーに運んでもらえばいいんだけど、ちゃんと転移できるかの実験も兼ねているから、今日は転移陣を使って帰る予定だ。

 世界樹ユグドラシルへ【生育】を使いながら祈りをして、ギリギリまで魔力を注ぎ込んだ。


「それじゃ、帰ろうか。向こうとは……繋がってるみたいだね」


 帰るために振り向くと、仮面をつけたエルフが数人、転移陣の上にいつの間にか立っていた。

 きょろきょろと見回していたが、僕の視線に気づくとエルフたちが左右に分かれてその場に跪く。


「あー、ご苦労様。それと、この前はありがと」

「………」

「お兄ちゃん、早く帰ろ。あーし、頑張ったしおんぶして!」

「はいはい」


 って、いきなり跳びついてくると危ないでしょ!?

 妹がいたらこんな感じだったのかなぁ。

 まだ淡く輝いている魔法陣の上に立つと、より一層輝きが増して、次の瞬間には景色がまた一変していた。

 目の前には皆が立っていた。待っていてくれていたようだ。


「無事に行き来できたな」

「これでもうおしまい?」

「そうだね。後は青いバラのドライアドが、転移陣を設置するのを待つだけかな」

「戻ったらのんびりするのですわー」

「久しぶりの我が家だもんね。色々あって気疲れしたし、ゆっくりしたい」


 僕がそう言うと、皆がきょとんとした様子で僕を見てきた。

 何か変な事言ったかな?


「人間さん、転移陣置いてきたよ」

「もう!? めちゃくちゃ早いね」

「私たちの道、転移に近い感じですから~。私たち以外が入ると、変なとこに落っこちちゃう時あるけど、人間さんも使ってみる?」

「いや、普通に転移陣使うよ?」


 青いバラのドライアドに道を通ってドランに転移陣を設置してもらったし、さっさと帰ろ。




 転移陣でドランの屋敷に戻ってきて、のんびりと自室で過ごしていると日本人が祖先にいる奴隷のモニカが色々報告しに来た。

 大きな問題もなく、みんな元気に過ごしていてよかったよかった。

 そんな事を言うと、ガバッと僕の腰に抱き着いてくるハーフエルフがいた。


「元気じゃないっす! 日に日にノルマが増えていって、もう僕だけじゃ手が回らないっす!! 廉価版を作る人増やしてほしいっす!!!」

「まあまあ、落ち着いて」

「落ち着けるわけないじゃないっすか! もうボクの自由時間がゼロっすよ。魔道具の研究も何もできないっすよ!? せめて睡眠時間の管理なくしてほしいっす~~~」


 分かった分かった。分かったからノエル、腰に抱き着いてくるのやめて?

 ほら、他の人から見たら絵面的にやばいと思うんだけど。


「あっ……」


 そう思っていたら、後ろから何か声がして振り返る。

 部屋の入り口で、顔を赤らめているエミリーがいた。狐耳と尻尾が可愛い狐人族の女の子だ。

 トレードマークである尻尾がぼわっと膨らみ、耳もピンとしている。


「お、お邪魔しました!!」

「誤解ですー--っ! ちょ、ノエル!! ズボン引っ張らないで!!」

「逃がさないっす! っていうか、そもそもシズト様が寝て痛たたたたたっ! 痛いっす~!!!」


 お、何か知らないけど、ものすごい速さでルウさんがノエルを引き離してくれた。

 そしてそのままホムラにパスした。ホムラがノエルの頭を鷲掴みにして、ノエルが暴れている。

 連携が手際良いなー、と思いながらホムラを見ていると満足したのか、ホムラがノエルの頭を離した。

 これで終わりか、と思ったら今度はラオさんが肩を組んで部屋のさらに奥の方へと連れて行ってしまう。


「シズトくん、エミリーちゃんの誤解を解かなくていいのかしら?」

「あ、そうだった! エミリーさん、ちょっと待って!! マジで誤解なんですー--」


 エミリーの誤解を解くのに時間がかかった。

 走り回って追いかけっこをしたおかげか、何とか夕食前には誤解も解けた。

 ……解けたよね?

 料理を机の上に並べているエミリーの尻尾が僕の近くを通るたびにペシッと叩いてくるんですけど。

 何とも言えない居心地の悪さを感じながらじっとしていると、食堂の大きな扉が勢いよく開け放たれた。


「帰ってきてたのね、ご主人様!」

「ユキ、久しぶり。お店は問題なかった?」

「何も問題はなかったわ」


 満面の笑顔のユキの後に続いて、女性陣が入ってきた。

 ノエルはホムラに襟首を掴まれて引き摺られている。

 皆が席に着く中、ユキだけが僕のすぐ近くに来て、耳元でボソッと囁く。


「今日からしばらくの間、私がご主人様をお世話する事になったわ。手始めに、食後は二人でお風呂に入りましょう?」


 拒否権は……ないっすね、分かります。

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