幕間の物語58.ドラゴニア国王とドラン公爵は移民について考える

 ドラゴニア王国の南にドラン公爵領はある。

 領都のダンジョン都市ドランは、ドラン公爵領の中でも最南端に位置していて、比較的温暖な気候のドラゴニアの中でも暑い地域だ。

 街の人々は薄着で行き交い、広場にある噴水では涼んでいる人々もいる。

 今まではドラン公爵の屋敷でも、魔法使いや加護持ちを雇って部屋を涼しくさせていたのだが、最近やってきた魔道具師によってその状況は変わっていた。

 執務室に置かれた抱えるほど大きな木箱の隙間から風がどんどん吸い込まれていき、木箱の上部から冷たい空気が吹き出している。

 その吹き出している部分に両手をかざしているのは、もはやこの部屋の主だと言えそうな程、どこに何があるのか把握してしまったドラゴニア国王だ。

 ツリ目がちな青い目は、興味深そうに魔道具を見つめている。


「それにしても、この冷風箱は便利だな。魔石だけでこの広さの部屋を快適な温度にするとは……城にもあると便利そうだ」

「残念ながら、これしか確保できなかったんだ。シズト殿が移動中に暇だったのと、暑かったから作ったそうだが、もうその移動時間が無くなってしまうからな」

「そうだな。できるだけ我が国にいて欲しいとは思うが、移動時間が無くなってしまったのは残念だ。これ、持って帰ってもいいか?」

「良いわけあるか!」


 ケチだな、とドラゴニア国王はぼやいた。

 それが聞こえていないのか、それとも無視しているのか。この部屋の主である公爵は眠たそうなジト目で、今朝届いた手紙をまた読んだ。


「いつ転移陣を表に出すのか気になっていたが、とうとう出してきたな。転移陣の設置の依頼も、噂が広まるにつれて増えていくかもしれん」

「まあ、その時の事はその時に考えようではないか。それよりも、直近の問題について話を聞いてくれ」

「王国全体の事を俺に相談するな」

「そんな事を言わずに手伝え。お前には貸しがいくつもあるだろう? お前はこの件に関して今の所ほとんど関係ないから、公平な目で見てくれ」

「はあ……世界樹周辺の移民について、か」


 ドラゴニア国王がドラン公爵に渡したのは、世界樹ファマリー周辺に移住する者たちの集め方についての事だった。

 ドラン公爵領では、魔道具の影響によって以前から問題になっていたストリートチルドレンの問題が改善し始めている。スラム街も少しずつ手入れをしている所だった。


「確かに俺の所ではあまり関係がなさそうだが、他もだいたいそうじゃないか? 領民たちを持っていかれていい顔する領主はいないと思うが」

「そうだな。それに変な輩を送り込まれても困る」

「そうなると、事前にチェックをしていく必要があるな。嘘をついているか分かる魔道具が一定数手に入るかもしれん。それで確認したらどうだ?」

「それもありだな」

「他に何か案があるのか?」

「奴隷を買ってもらおうかと思ってな。今回の事もあって、シズト殿の所に多額の金銭が入るだろう?」

「俺たちも魔道具を買ってるしな。集まってしまったお金を吐き出してもらいつつ、契約で縛られて不利な事ができないようにしている奴隷たちを買い取ってもらう、という訳か」


 ふむ、とソファーに座りながら腕を組んで考えるドラン公爵。

 聖域の魔道具やその他諸々の魔道具を購入した事で、領内の貨幣がだんだんシズトに集まりつつある現状は憂慮していた。それを吐き出させるタイミングを考えていたが、今回のこれは果たして最善なのか。

 勇者によって奴隷に対する考え方に差があるのは周知の事実だ。シズトがどういう風に奴隷を見ているのか、公爵には分からなかった。少なくともシズトが奴隷についてどう思っているのかを確認する必要がある、と判断した。

 その向かい側に座り、魔道具を使って自分で紅茶を淹れる国王も思考を巡らす。

 今回の騒動に関わってしまった国は、予想以上に多い。

 それら一つ一つに制裁を加えていく事も可能だったが、ある程度の賠償金をシズトに支払う事で話がつく予定だ。外貨がシズトに一気に集まっていくが、そこで止まってしまえば国内の経済には影響がないだろう。

 シズトの普段の様子を娘から聞いていた国王は、シズトはあまり散財しないタイプである事も知っていた。できれば散財して国内の経済を刺激してほしい。他の貴族共がシズトに変な風に接触しないようにするための方法でもあったが、そういう下心もあった。

 公爵は紙を目の前の机の上に置く。


「紐がついている移民よりも、良いんじゃないか? 奴隷だとだいぶ俺の領も関係してくる事になってしまうがな。俺に聞く前からそのつもりだったんじゃないか?」

「まあ、な。ただ、他にいい案が出てくるかもしれんと思ったから、念のため聞いたんだ」


 紅茶を飲み終わると国王は腕をグーッと伸ばして体を解す。それから、立ち上がって紙を回収した。


「それじゃあ、奴隷商に声をかけていく。ラグナはホムラ殿に事の経緯を説明して奴隷の購入をするか確認しておいてくれ」

「分かった」


 国王は執務机から出て行ってしまう。

 残された公爵は、ドーラが持っている速達箱と対をなす魔道具を取り出すと、ドーラ宛とホムラ宛の手紙を書き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る