幕間の物語52.ドワーフは二日酔いにならなかった
ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランには、日々たくさんの者たちが出入りしている。
ダンジョンから得られる素材を狙ってやってくる冒険者や、冒険者たちが手に入れた素材を求めて遠い所からやってくる商人や貴族たち。最近は、ドラゴニア国王もユグドラシルとの争いに迅速に対応するためにドランにやってきている。
そんなたくさんの人の中に、ドワーフの親子も含まれる。
彼らが求めるのはダンジョンから得られる希少金属だ。
父親であるドフリックは、希少金属を使って鍛冶を少しでも早く始めたいと、王都からドランにやってきた。その娘であるドロミーは父親のお目付け役だった。
普通よりも移動で時間がかかり、路銀が尽きてしまっている。
ほとんど、酒に使われてしまった、とドロミーは肩を落とした。
「それで、パパン。ドランに着いたけど、どうするの?」
「親方と呼べ。とりあえず国王陛下に挨拶だ。その後の事は陛下に相談すりゃ何とかしてくれるだろう」
ドラゴーニュの赤ワインを大事に抱えながらずんぐりむっくりとした体形のドフリックが答えた。
彼の足には鉄球付きの枷が嵌められ、首輪には鎖がついている。その鎖は御者台にいるドロミーの方へと伸びていた。
ちょっとアレな格好なのに、ちびちびと大事そうに赤ワインを飲むドフリックを見て、呆れて何も言えないドロミー。
もう手持ちのお金が本当に全くない彼女は、間違っても酒屋に入ってはいけない、と気を引き締め、領主の館へと馬車を進めた。
(無銭飲食なんかしたらママンに怒られる)
「おい、ドロミー。なんかそこら中をチビ共が駆け回ってるが、ありゃなんだ?」
「……知らない」
「ちょっと馬車を止めて聞いてきたらどうだ? ほら、そこの店の前とかに止めてだな」
「ダメ」
人間の子どもたちが不思議な物で移動していて、ドロミーも確かに気になってはいた。
馬車が通る道と歩行者が通る道の間に、専用の道が用意されていて、馬車の近くを通る事はない。
馬が驚いて何か問題が起きる事がないのは有難かったが、ちょっと遠いし、気づいた時にはすれ違って遥か彼方に行ってしまっているから話しかける事も出来ない。
「なあ、ドロミー。なんか街の子どもたちが鉄の棒を咥えているぞ。鉄なんかまずいだろうに……どうして鉄を咥えているのか知ってるか?」
「……おしゃぶりがわり」
「んなわけないだろう。ほら、あそこの立ち話している女たちも舐めてるじゃないか」
「あれは、ああいうファッション。パパン、そういうの興味ないから知らないだけ」
「親方と呼べ。それと、嘘はいかんぞ、嘘は。お前も知らないのじゃろ? ほら、あそこの店の前で止まって聞いてきたらどうじゃ?」
「ダメ」
酒場の前を通り過ぎ、静かになるドフリック。
ドロミーは馬を操りながらも、道行く人々を見る。
ドフリックが言う前から彼女は気になっていた。
宙に浮いてすいすいと進んでいく謎の木製の道具も、子どもたちのほとんどが謎の鉄の棒を咥えているのも。
他の街と異なり、冒険者すら身綺麗にしているのも気になっていたが、今は何よりも優先すべき事があるからすべて後回しにした。彼女の父親は欲望のまま突き進むので、こういう所は母親に似たのだろう。
彼女がゆっくりと安全運転を心がけて進めた結果、昼頃に領主の館へとついた。
「そこで止まれ。見た事ない顔だが、どこの者だ?」
「鍛冶師ドフリックの娘。父を連れてきた。国王陛下にドフリックが来た、と伝えてほしい」
突然の来訪だった事もあり、日が暮れるまで待たされたドワーフの親子だったが、どちらも気にしていなかった。
ドロミーはそういう物だと思っていたし、ドフリックは待っている間に出される酒を浴びるほど飲んで上機嫌だった。
水で薄めすぎて、もはやただの水になっていた赤ワインの瓶を手放し、樽ごとぐびぐび飲むドフリックを放っておいて、娘のドロミーは控えていたメイドに話を聞いていた。
「それは魔道具師様が作られた魔道具ですね。浮遊台車となくならない飴かと。浮遊台車は売りに出されておりませんが、魔力マシマシ飴であれば魔道具店サイレンスに何か話をするだけで貰えます」
「話をするだけ……魔道具なのに?」
「はい、魔道具ですけど何か話すだけでもらえます。子どもたちはその日の天気を伝え、その日に舐めるための飴を貰ってるようですね。私もお休みの日に行って魔道具を買うんですが、助手が作った魔道具は効果が落ちますが安いので、皆で折半して使ってます」
「どんなのを使ってる?」
「入浴魔石もどきですね。水を飲む時に使ってます」
「入浴なのに?」
「もどきは効力が落ちて、水に匂いがつく程度のものなんです」
「そうなんだ」
ドロミーはその店までの道順をメモして、懐にしまった。
その扉が開いて、食事の準備ができたと言われたので、彼女は話を切り上げ、ドフリックの後をついて歩く。
案内された部屋には既にドラゴニア王国の国王とドラン公爵がいた。
挨拶もそこそこに、食事が始まる。
ドフリックはいつもの調子で酒を呷るが、ドロミーはがちがちに緊張していた。
「いやー、すまんのう、リヴァイ。あ、この酒もっとないか? ない? じゃあこれよりもっといい酒を」
「パパン! 申し訳ありません、国王陛下」
「ドフリックの娘よ、気にするな。ラグナ、ドラゴーニュの上物があったな? シズトにやる予定だったが、酒は飲まんらしいし飲んでしまおう」
「そうだな。取ってきてくれ」
ドラン公爵が命じると、壁際に控えていた使用人の一人がぺこりと頭を下げ、部屋から出て行く。
国王は食事を飲み込むと、ドフリックを見た。
「それにしても、まさかドフリックの方から来るとはな。待っていれば送ったのに」
「直接ワシが来た方が早いじゃろ」
「パパン、だいぶ時間かかったと思う」
「どうせ酒のせいで路銀が尽きて、稼ぎながら来たんだろう?」
「いや、今回はドランまでぎりぎり持ったぞ。ドロミーがしっかり管理してくれたわい」
「そうなのか。しっかり者の娘で安心だな」
「リヴァイの娘は最近どうなんだ? 婚約破棄したとは聞いたが」
「元気にやっとるよ……ちょっと、元気すぎるかもしれんが」
「元気がないよりはましだろう?」
「そうだな。お、酒が来たな。ラグナと俺にも一杯くれ。娘は飲むのか?」
「いや、こいつはダメだ。酒を飲むと厄介だからな」
静かにしていたドロミーが話の矛先を向けられてびくりと反応した。
彼女の肩をポンポンと軽く叩きつつ、ドフリックは「娘にやる分もワシにくれ」と言った。
それならば、とドラン公爵が使用人に甘いものを用意させると、ドロミーの表情が明るくなる。
ドフリックはそんな娘を時折横目で見つつ、出される酒をどんどん飲み干していく。
そのペースに付き合った二人が、次の日に二日酔いになったのは言うまでもない事だった。
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