110.事なかれ主義者はビビりながら進む

 セシリアさんからいろいろと話を聞かされたけど、その後もレヴィさんは通常運転だった。

 今日も同じ天幕、同じベッドで寝泊まりする事になり、前よりもさらに緊張してベッドに腰かけていると寝間着姿のレヴィさんが僕の頭をポンポンッと叩く。

 ちょっと目の前に立たれるとその豊満なアレがすぐそばに来るから困るんですけど……。

 

「シズトは深く考えなくていいのですわー。時が来たらそういう関係になってるかもしれないですけれど、シズトがそうなりたいって思うまでは今のままでいいのですわ」

「レヴィア様はこう仰っておりますが、私は年齢の事もありますので、できれば早くそういう関係になっていただきたいです。無論、レヴィア様が一番最初ですが」

「無理強いするとシズトに嫌われるのですわー。それに、私の事は気にせず結婚すればいいって以前からずーっと言ってるのですわ。せっかく縁談の申し込みが何度もあったのに、相手を見ただけで断ったのは今でも覚えているのですわー」

「タイプじゃなかったので」

「嘘ですわ。私の事を悪く言っていた人たちだったのでしょう?」

「………」


 そっぽを向いて、若干頬が赤らんだセシリアさんは、それ以降は特に話す様子もなく、黙々と天幕内の掃除をし始めた。

 ……めちゃくちゃ綺麗なのに。




 翌朝、目を覚ますとすでにレヴィさんは出かける準備を終えていた。

 昨日まで着ていたドレスよりも装飾が増え、「動き辛いのですわ~」とちょっと嫌そうなレヴィさん。

 僕もセシリアさんに、いつもよりも上等な服を着せられ、髪もしっかりとセットされた。


「この服って、ドラゴニアの正装なの?」

「いえ、世界樹の使徒が着るものだそうです」

「……それ僕が着ちゃって大丈夫なの?」

「シズト様は生育の加護をお持ちですよね? であれば何も問題ないかと」


 姿見に映る自分を見る。

 着せられた服は、髪や目の色とは対照的な純白の布地に、緑色の糸で刺繍がされていて、蔦や葉っぱの様な文様が表現されていた。足元の方が緑が多く、だんだんと上に行くにつれて緑の刺繍が減っている。

 ゆったりとした服はあまり着ないので違和感がすごい。


「禁足地に入る際には、その姿で入ってほしいとエルフが言っていたので問題ないのですわ~」

「本当に良いのかなぁ」


 何かこのまま担がれて面倒な事させられそう。

 そうは思うものの、ここまで来てしまったのだし、さっさと終わらせようと馬車に乗り込む。周囲の兵士たちの視線が痛い。

 馬車は途中で休む事もなく進み、昼前にはユグドラシルに着いた。

 魔道具によって張られているらしい結界をくぐり、都市の内部に入ると木造の家が建ち並んでいる。

 至る所に緑が溢れ、木の中をくり抜いたような見た目の家やツリーハウスもあった。

 ただ、通りを進むドラン軍の兵士たちが怖いのか、エルフは誰一人外を出歩いていなかった。


「問題はなさそうなのですわー」


 満足気なレヴィさん。

 どうやら僕が来る前に話を通しておいて、関係ないエルフが近づかないようにしてくれたらしい。

 エルフの中でも偉い人達とは約束を交わしたけど、下っ端が何かしでかすかもしれない、との事だった。

 ただ、レヴィさんの心配も杞憂に終わり、無事に禁足地の手前に着く。

 馬車から降りると、背の高い木々が行く手を阻むように生えていた。世界樹の周辺は木々が生い茂っており、森のようになっている。


「迷わずに行けるかな……」

「問題ねぇだろ。なんかあったら帰還の指輪を使えばいい」

「お姉ちゃんたちはついて行けないけど、何かあったら戻ってきていいからね!」

「何かあればすぐに駆け付けます、マスター」

「私も私にできる事をして待ってるのですわ!」

「道なりに進めば問題ない。がんばって」


 僕が乗っていた馬車の後ろをついてきていたラオさんたちが、見送りをしに来てくれた。

 ラオさんたちの他に、アルヴィンさんと、近衛兵もいた。これからの動きの最終確認をしているようだ。

 僕もお腹に巻かれたロープがしっかり結ばれているのか確認する。

 世界樹ユグドラシルに生育の加護を使った後は、今までの経験から倒れる事が分かり切っていたので、僕が倒れた事を伝える方法としてこれになった。

 魔道具でもよかったんだけど、今は魔力を温存させたいから新しく作るわけにはいかない。


「それじゃ、行ってくる」


 あんまり行きたいと思えないけど。

 皆に見送られて世界樹の周辺にある森の中に入って行く。

 世界樹までは、この並木を道なりに進むと着くらしい。普段は罠が張られていて、ずっと同じところをぐるぐると回ってしまう物とかいろいろあるらしいけど、今は全部解除してあるらしい。


「そうと分かってても、怖いものは怖いんですよー……」


 木漏れ日が降り注ぐ並木を進んでいく。ぐねぐねと曲がった道を歩いて行くと、お腹に巻きつけられたロープが引っ張られた。

 問題がない事を引っ張って知らせようとしたんだけど、急に左手の茂みからがさがさと音がして身構える。

 魔物はいないって聞いてたし、僕以外誰も中にいないってエルフが言ってたけど、間違いなく何かいる。

 こんな事なら偽りの水晶使って本当に大丈夫なのかエルフに確認しておけばよかった。

 そんな事を後悔していても今更遅い。

 覚悟を決め、いつ何が起きても良いようにと構えていると、草むらの中から見覚えのある花がひょこっと出てきた。


「人間さんいらっしゃーい」

「いらっしゃ~い」

「案内するよー」

「するよ~」


 たくさんの小さなドライアドたちを連れて、青いバラを咲かせたドライアドが草むらから出てきた。

 ……確かに置いてきたはずなんだけど、どうやって来たんだ?

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