幕間の物語46.わんちゃんたちも移動を始めました

 ドラゴニア王国の南にある不毛の大地と隣接する場所に都市国家ユグドラシルがある。

 国の名前と同じく、ユグドラシルと呼ばれる世界樹が有名な国だったが、その世界樹の葉っぱは全て落ちてしまっていた。

 当初はだいぶ取り乱していたが、その光景に慣れてしまったエルフたちは今日も変わらぬ生活をしていた。ユグドラシルから出る事を禁じられている人間たちも、住人たちが同情的だった事もあり大人しく過ごしていた。

 ただ、禁足地として指定されている大樹の側は違った。身を寄せ合って今後の方針を相談している者たちがいた。


「困ったねー。向こう側にどうやって行こっか」

「困った困った」

「人間さんたちに運んでもらうのはどう?」

「運んでもらおー」

「人間さん、なんでか知らないけど同じ場所にいて向こうに行こうとする人いなかった」

「いなかったね」


 人気のない世界樹の根本付近で集まって話をしているのはドライアド。

 人族の幼児くらいの背丈の彼らには、頭に花が咲いていた。ただ、その花は彼らの暗い表情に合わせるかのように元気がない。

 わちゃわちゃとまとまりもなく、それぞれが言いたい事を言い合っているが何も決まらない。

 彼らが「あっちに行きたい!」と指をさす方向は不毛の大地が広がっていて、植物が全く生えていない。

 そんな場所に長時間いると体調が悪くなってしまうので自分たちだけで行く事もできず、かといってエルフたちが運んでくれるとも思っていない彼らは、また人間が向こう側に行く時に一緒に行こう、と決めた。

 そんな話をしている時に、世界樹の上から真っ白な塊が落ちてきた。

 フェンリルと呼ばれる魔物の一種だ。その体躯は人族よりも大きく、人族の子どもくらいの背丈しかないドライアドなんかは、一口で食べられてしまいそうだ。

 だが、ドライアドたちは恐れた様子もなく気軽に話しかける。


「あ、わんちゃん。どこ行くの?」

「どこ~?」

「む、ドライアドたちか。ユグドラシルが眠ったから、ちょっと向こうの木を見に行こうと思ってな」

「そうなんだ~、行ってらっしゃーい」

「行ってらっしゃーい」


 暢気にみんなで手を振ってお見送りをするドライアドたち。

 そんなドライアドたちを半眼で見つめるフェンリル。


「……お前たちも行きたいとか話してなかったか?」

「そうだった! でも、わんちゃんに皆を一気に運んでもらうの難しいだろうし」

「いっぱいだもんね」


 またもや輪になって話し込み始めたドライアドたちを見下ろし、フェンリルは少し考えた後、世界樹の周囲に乱立して生えていた木の群れの中に消えていった。


「誰か一人が向こうに行って繋げちゃう?」

「繋げちゃおー」

「じゃあ誰が行く?」

「死んじゃうかもしれないもんねー」

「どう決めよう?」

「一番古株の私が行くー」

「そうだね、それがいいね」

「頑張ってー」

「頑張るー。わんちゃん……ってあれ? どっか行っちゃったね」

「お出かけの準備じゃない?」

「私もお出かけの準備しなくちゃ!」


 輪の中から、他のドライアドよりも一回り大きなドライアドが慌てた様子で飛び出し、森の奥へと消えていく。

 それを見送ったドライアドたちは世界樹の根元により集まり、消えていった。




 陽が沈み、禁足地は静まり返っている。月明かりが照らし、世界樹の根元の近くで一人のドライアドが鉢植えを抱えて誰かを待っていた。

 頭に咲かせた青いバラと同色の瞳で周囲をきょろきょろと見回していたが、森の奥から真っ白な毛が特徴的な大きなフェンリルが現れた。口に咥えているのは大きめの籠。

 フェンリルがその籠を置くと、その中に鉢植えを大事そうに入れるドライアド。

 その後、ドライアドはフェンリルの背によじ登り、フェンリルは籠を口で咥える。


「一気に駆け抜けるぞ」


 返事を待たずにフェンリルが少しの助走から高く、高く跳びあがった。

 眼下に広がる街並みを気にした様子もなく、フェンリルは空を蹴る。

 フェンリル自身が使った魔法の影響で風を受ける事もなく、落ちる心配もないフェンリルの背中の上でドライアドはただ真っすぐに不毛の大地の方を見ていた。


「見えないね」

「若いんだろう。だんだん魔力が弱まっている。急ぐぞ」


 急いだところでフェンリルとドライアドに何かできるわけではなかったが、それでも急がずにはいられないのだろう。空を蹴り、今まで住んでいた街を振り返る事もなく、不毛の大地まで駆け続けた。

 都市国家ユグドラシルの領土から出たのを確認すると、フェンリルは上空を駆けるのをやめて、大地を走る。


「ちょっと調子悪いかも~」

「分かってる。落ちないように絡みつけ」

「はーい」


 ドライアドの青い髪が伸び、フェンリルの白い毛に絡みついていく。

 フェンリルはチラッとその様子を確認した後、さらに速度をあげ、もう一度高く跳びあがった。

 ドラゴニアの兵士たちがその姿を見上げて騒ぎになっている。


「人間共がこんな時間にこんな所にいるとはな」


 フェンリルは独り言ちると、邪魔をされると面倒だとぐんぐんと空を駆け上がり、目的地へと走り続けた。

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