99.事なかれ主義者は集中できなかった

 ノエルを使った空飛ぶほうきの試験飛行は無事に終わった。

 敷地内を飛び回っていたノエルが「どこまで高く行けるのかな」という僕の疑問に応えて雲の中にまで突入した時は、すごいなーと思いながら遠くを見る魔道具を使って観測していた。

 ただ、戻ってきたノエルは唇が真っ青で、とても寒そうだった。


「高く飛ぶなら寒さ対策もしなくちゃいけないか。風圧とかもあるだろうし、結界みたいなのを作って寒さと風圧の対策したらいけるかな……? ノエル、ありがとね。とりあえずその魔道具の中で温まってて」


 即興で作った暖房機能付きの結界の中にノエルを放置して、僕はノエルが落としたほうきを取ろうとする。だが、それは先にルウさんが拾ってしまった。

 ルウさんはニコニコしながらほうきを持って僕を見ている。


「……ルウさ――」

「ダメよ?」

「まだ何も言ってないんだけど!?」

「言わなくても分かるわ、お姉ちゃんだもの」


 あなたの様な姉がいた覚えはない! と言いたいけれど、それを言ったら不機嫌になって、余計にほうきを渡してくれなさそうなので口を噤む。


「練習するためにほうきが欲しいんでしょう? でもそれはダメ。シズトくんにこれはまだ早いと思うの。空を飛びたいなら、ホムラちゃんにお願いすればいいんじゃないかしら? 跳び回ってくれると思うから、それで我慢しましょ? あ、それか私がお姫様抱っこして跳び回る? お姉ちゃん、楽しんでもらえるように頑張るわ!」

「自由に空を飛びたいんですー」

「ダメよ、これは危ないもの」


 ……これはダメっぽいっすねー。

 ほうきでレースとかしてみたかったんだけど、仕方ない。別の方法で空を飛びましょう。

 アイテムバッグを探って何かいい感じの物がないか探すと、大きな絨毯が入っていた。

 ホムラにお願いしていたけど、さっそく街で買ってくれたのだろう。

 空飛ぶほうきがダメなら空飛ぶ絨毯を作ろうじゃないか。

 そう思いつつ作り上げた絨毯も、ノエルに実験させたら取り上げられた。


「空を飛ぶものは全部ダメよ」

「ちょっとだけ! ほんのちょっとだけでいいから! こっからあそこまででいいから飛びたい!」

「ダメなものはダメよ」

「そこを何とか!」


 ルウさんが絨毯とほうきを頭上に掲げてしまった。流石に飛びついて奪い取るわけにも行かず、取り付く島もない。

 そんな僕たちを呆れた様子で見ていたラオさんだったけど、魔力マシマシ飴を舐めるのをやめて口を開いた。


「別にいいんじゃね、一緒に乗れば。万が一何かあっても、一緒に乗ってる奴がシズトをかばえばいいじゃねぇか」


 二人乗りと聞いて、自転車の二人乗りが脳裏に過った。

 ほうきは一人で乗るものだと思ってたけど、別にそうじゃないとだめとか決まってないしアリなのでは?


「ルウもシズトのやりたい事をやらせないのは本意じゃねぇだろ? 流石にシズトも昨日の今日だし、危ねぇって事は理解してるだろ。普通に使う分には問題ねぇってノエルが証明したし。後は危なかったらアタシらが守ればいいだけだろ」

「そうね……分かったわ。それじゃ、一緒にほうきに乗りましょ、シズトくん」


 あ、ルウさんと一緒に乗るんですね。

 てっきり提案してくれたラオさんと乗るのかと思ってたけど、ラオさんはノエルの近くで待っているようだ。ルウさんから預かった空飛ぶ絨毯をノエルに渡して、自分は魔力マシマシ飴を舐めていた。

 まあ、一人で乗りたいって思いは強くないので、ルウさんと一緒にほうきに跨ろう。

 そう思って実際に跨ってみたんだけど……。


「ルウさんルウさん、近いです。もうちょっと離れてもらってもいいですか?」

「ダメよ、危なかったらすぐに動けるようにしたいもの」


 そうは言っても、腰に手を回す必要なくないですか?

 え、いつでも抱えて飛び降りれるようにするため?

 そうですか……。

 ルウさんの柔らかさを背中で感じつつ、そちらに意識が行き過ぎないように集中する。

 ノエルの飛ぶ様子は見ていたので、何となくイメージはできていた。そのおかげか何も問題は起きずに、ほうきが浮かび上がった。

 僕の足が地面から離れ、ルウさんの足もその後地面から離れる。

 一定量の魔力を常にほうきに流し続けるとその場で静止する、と思うんだけどこれがなかなか難しい。

 その場に留まれずに歩くくらいの速さで前に進んだり、浮遊すらしなくなって地面に足が着いたりを繰り返す。

 ちょっと前に進むたびにルウさんがギュッと抱きしめてくるので、それも落ちる原因だと思う。心臓に悪いのでルウさんは下手に動かないでほしいんだけど……。

 休憩を挟みながら、その日の【生育】に必要な魔力を残しつつその後も練習をしたんだけど、結局空中で静止する事はできなかった。


「次は私と練習しましょう、マスター」

「ホムラちゃん、あなたはお仕事があるでしょ? 専属護衛の私たちに任せてお仕事頑張ってね」


 夕食の時にホムラとルウさんが何やら騒いでいたけど、それを放っておいて空飛ぶ魔道具に思いを馳せる。

 飛行機みたいなの作ったら移動時間が短縮できて、世界樹ファマリーとドランの往復が楽になるんだけどなぁ。……飛行機よりも車の方が、まだ安全だし簡単かな。流石に明日には間に合わないけど、ちょっと考えてみよ。

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