97.事なかれ主義者は男湯が欲しい

 魔動散水機を設置してから二日ほど様子を見守ったけど、問題なく稼働していた。

 もうドランに戻ろうかな、と思っていたけどアルヴィンさんとホムラの話し合いが長引いているらしい。

 朝食を食べながら、ホムラの話を聞く。


「仮とはいえ、マスターが住まわれる場所ですのでそれ相応の物を作るように交渉している段階です、マスター」

「いや、そんな立派な物じゃなくてもいいんだけどね? なんかこう、普通に寝泊まりできる程度の小屋でもいいから」

「そうなるとアタシらと同じ部屋で寝る事になるんだが――」

「ちょっとしっかり交渉してきてね、ホムラ! 部屋数は多めにね、分かった?」

「かしこまりました、マスター」


 こっちだとあんまり室内で作業をする事がないからそこまで問題にはなってないけど、お風呂とか諸々あったら今までよりも室内で過ごす時間は増えると思う。

 そうなってしまったら必然的に同じ部屋で過ごす事が多くなるわけで……僕の理性が試される事は避けたい。

 お風呂も男湯と女湯を作ってもらえないかな。屋敷だと大浴場しかないから時間帯を分けて入るようにしてるんだけど、守らない人やうっかり忘れてた人とかいたし。

 万が一にもレヴィさんと一緒に入ってるって近衛兵や周囲で指揮をしている貴族にばれないようにしないとやばそうだし。


「男湯は一人用だからそんな大きくなくていいけど、女湯は大きめに作ってもらってね?」

「………」

「ホムラ? 聞いてる?」

「………」


 あ、これ言う事聞かない時の反応ですね。

 ちょっと心配なので僕もアルヴィンさんとの交渉について行く事にした。

 食事を終えてずんずん進んでいくホムラの後を追って大きな天幕の方へと歩いて行く。

 周囲の兵士からの視線を気にしないようにしつつ進む。天幕に入る前に止められるかな、と少し緊張してたけど見張りをしていた人たちが恭しく頭を下げて中に招き入れてくれた。

 中にいたのは白銀の鎧を身に付けたアルヴィンさんだ。大きな体でムキムキマッチョ、って感じでちょっと前に立つだけで威圧感を感じる。つるつるの頭に眉無しだから怖いのかも? それとも顔に傷跡が残っているからだろうか。

 その人物はホムラを最初に見た後、その後ろに隠れるようについてきていた僕を見て目を丸くした。


「ん? 今日はシズト殿も一緒か。ホムラ殿、どちらの話を先に聞けばいいんだ?」

「仮設住居の話。マスターは浴室について相談があるらしい」

「なるほど、勇者様たちは風呂に異常なほどのこだわりがあると聞く。シズト殿も同じ異世界からいらっしゃった方だから気にして当然か」


 まあ、日本人はお風呂大好きだもんね。異常って言われても仕方ないか。

 でも今回の要望は異常じゃないと思うんですよ。


「ホムラから具体的な住居の大きさ等を聞いたわけではないのでどこまで可能かは分からないのですが、浴室を二つ作って欲しいです」

「なんだ、どのような要望が来るかと身構えたが、その程度だったら問題ないだろう。それより、シズト殿。敬語じゃなくていいぞ。気楽に話してくれると嬉しい。ほら、そこに座ってくれ。紅茶もすぐに出せるぞ、っとこれはシズト殿が作られた魔道具だったな」

「使ってもらって嬉しいです。それで、浴室増やしたらかかる費用増えちゃいます? ホムラ、お金足りる?」

「問題ないです、マスター」

「そもそも金を取るつもりはないからな。世界樹を育てられる者との繋がりを得られるのならこの程度の費用は問題にならん。なにより……魔道具をだいぶ安めの値段で売ってもらったからな。それで、浴室を二つという事だったが、どんな感じにするんだ?」

「えっと、一つは僕だけが使うから狭くていいです。あ、でも足をしっかり伸ばせて肩までつかれるくらいの大きさの浴槽は欲しいかな。もう片方は他の人たち用だからちょっと広めで、皆でさっさと入れるように。シャワーもいくつかあるといいかも。あ、自分で【付与】するから最悪洗う場所さえあればいいかな」

「なるほど、記録はしたな? 他には何かあるか?」

「脱衣所のスペースもそれぞれ作っておいてほしいかなぁ。そこで涼んだりできるようにしておいてほしい」


 ラオさん、最近お風呂入った後はパンツだけで涼むんだよね。確かに夜も暑くなってきたけど、自室までその姿で歩いて行くからたまたま見かけた時目のやり場に困るのでやめてほしい。まあ、首からかけてる大きなタオルで一番隠さなきゃいけない所は隠れてるんだけどさ。

 脱衣所を広めのスペースにしてマッサージチェアみたいなの作っておけばそこでだらだらしてくれるんじゃないかなぁ。っていうか、そもそも脱衣所に魔道具置いて冷房ガンガンにしちゃってもいいか。

 思いつく限りの希望は伝えたので、もう行こうかな、と席を立つとアルヴィンさんが手で僕を制した。


「丁度、シズト殿に魔道具を作ってもらえないかホムラ殿に聞くところだったんだ。差し支えなければ作れるかどうかだけでも教えてくれないだろうか」

「んー、まあ作れるかどうかだけなら。作るかどうかとか金額とかはホムラと相談してくださいね?」


 色々お風呂についてお願いしちゃったし、断り辛い。すとん、とその場にもう一度座るとアルヴィンさんが天幕の中で待機していた兵士たちに合図を送って外に追い出した。なんだろう、なんか聞きたくなくなってきたな。

 そんな事を思っていると、アルヴィンさんが周囲を警戒するように見つつ、声を潜めて聞いてきた。彼の手は自分の頭頂部をさすっている。


「……髪の毛が生える魔道具とか、ないか?」


 ……もうなくなったやつは無理なんじゃないかなぁ、って思ったけどなーんか、閃いちゃった。本当に何でもありだね、魔法って。

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