70.事なかれ主義者と震えている中年たち

 まずはお風呂で体を清める事になったのだが、今日のお世話係のルウさんだけではなくてなぜかセシリアさんもいた。

 脱衣所で当たり前のように僕の着替えを手伝おうとしてきたセシリアさんを止めようとすると、セシリアさんは真顔でこう答えた。


「非公式とはいえ、印象がいい方がよろしいかと思いますが?」


 誰と会うかは明言しないセシリアさんの発言で一瞬硬直した。

 その隙を見逃さずにズボンを一気に下ろされて悲鳴を上げたんだけど僕は悪くない。だからラオさん戻ってもらっていいですか。ついでにセシリアさんとルウさんも連れて行ってほしいんだけど。……ダメですか、そうですか。

 大人しく腰にタオルを巻いて体を洗われた。大事な所は死守したけど、横になれる台に寝転がされて何やらいい匂いのするオイルみたいなのを体に塗り込まれる。ルウさんは特にする事もない様子で、お湯加減を確かめながらセシリアさんと話をしていた。


「非公式で会う、という事でしたけど私たちも同席は許されるのでしょうか」

「護衛として同席する形になるかと思います。ドラン公爵も、国王様もシズト様の有用性は理解されていますので、ある程度シズト様が過ごされやすいよう配慮しているようです。流石に領主様の時のように全員で食事、とはならないかと思いますが」

「護衛としてしっかりと勤めさせていただきます」

「よろしくお願いします。ルウ様、シズト様が動いてしまうので足を抑えてもらえますか? そう、足が逃げようとするのでしっかり持っていただいて。上に跨ってもらうとしっかり押さえられるかと。シズト様、すぐに終わるので動かないでください」


 足の裏はやめて!!

 そう主張してもルウさんに押さえつけられつつオイルを塗りこまれる。指の間をセシリアさんの細い指が這うのがくすぐったい。


「シズトくん、我慢しましょうね~。すぐ終わるからね~」


 女の人はこういう事をするのかもしれないんだけど、僕がする必要ってあるんすかね。

 お風呂から上がったら、なんだか自分からいい匂いがして落ち着かなかった。

 着替えを済ませてドーラさんたちと合流すると、ドーラさんたちが乗ってきた馬車にそのまま乗り込んで領主の館へと向かう。護衛としてついてきていた人は乗り込んでこなかったのでレヴィアさんとドーラさんの3人がメインなんだと思う。たぶん。


「気を付けるべき事とかってある?」

「特にないのですわ。非公式に会うのですし、勇者様たちが多少不作法でも目を瞑るのが慣例なのですわ。それに、何かあっても私が言えば許してくれると思うのですわ」

「王様は王女様を甘やかしているって噂」

「確かに甘やかされてるな、と自覚はあるのですわ。最近ちょっとうざく感じる時もあるのですわ」

「甘えられる時に甘えとくべき」

「……まあ、そうですわね」


 そこで二人の会話が止まり、静かになる。ガタガタと馬車が走る音と揺れを感じながらしばしその沈黙に身を任せてたんだけど、居心地が悪いので必死に話題を考えたんだけど、特に思いつかなかった。


「今呼び出しされてるのってやっぱり世界樹の件かな?」

「それは後付けですわ。元々は私の様子を見に来たらしいですわ。手紙だけじゃ伝えきれない事もあったので丁度良かったですわ」

「シズトは普段通りに話せばいい」


 二人はそういうけれど、不安は拭えず、そんな僕の心の中を表すかのように空はどんよりと曇っていた。




 領主の館に到着すると公爵様ともう一人の男性が出迎えてくれた。僕は慌てて下りようとしたが、レヴィさんがいつも以上にゆっくり下りた後、僕に手を差し出してくる。え、それ僕がやる側なのでは?

 とりあえず手を借りて馬車から降りると、公爵様から声をかけてきた。


「久しぶり……というほどでもないな、シズト殿。無事開店できたようでよかった。祝いの品を直接持って行きたかったのだが、厄介な事が起きてしまったらしいな」

「えっと……ドラン公爵様――」

「ラグナでよい」

「あ、はい。ラグナ様」

「様は要らん。俺たちは友であろう?」

「そ、そうですね。今日呼び出されたのはその件もあるのかな、と思っていたんですけど」

「いや、元々は俺の身内との顔合わせなだけだな。以前から会わせろとうるさかったが、仕事が多くてな。ある程度片付けてから来てもらったんだが、タイミングが悪かった。エルフ共が何やら声高に叫んでいるが、心配する事はない。欲に目がくらんだ愚か者共が攻めて来たとしてもドラゴニアは負け知らずだからな!」


 あ、これ戦争が起きる話の流れな気がしますね。

 ちょっと遠い目をして「そうですか」とだけ答えると、ラグナさんと一緒に出迎えてくれた男性がむすっとした表情で話に加わってきた。

 ラグナさんと同じ金色の髪は肩のあたりまで伸ばされていて、毛先が外側にくるくるとなっている。眉毛は綺麗に揃えられており青く鋭い目つきと一緒に気の強さを表しているように感じた。

 僕よりも一回り以上大きな背丈で威圧感を感じるんだけど、体が大きいだけで威圧感を感じているんだろうか?


「俺も話の輪に入れてほしいものだな」

「すまんな、リヴァイ。軽く挨拶をした後はさっさと中に入ろう」

「それもそうだな。俺の名前はリヴァイ。リヴァイ・フォン・ドラゴニア。レヴィアの父だ。俺の事はリヴァイと呼んでくれればいい」


 そう言いながら右手を差し出してくる。

 はい、やっぱり国王様ですよね。だから威圧感があるんですね!

 てか、これ手を握り返して大丈夫なんですか?

 そんな事を思いつつ恐る恐ると握った手のひらはとても大きかった。


「いろいろと話をしたい事はあるんだが……とりあえず、俺の愛娘をこんなに魅力的な女性にした方法をじっくりと聞かせてもらおうか」


 肩を組まれて密着したリヴァイさんのお腹は、ぶるぶると震えているような気がする。

 その逆側からはラグナさんもリヴァイさんをまねて肩を組んでくる。やっぱりお腹震えてません?

 てか、そんな両側から肩を組んでこなくてもいいんですよ……? 良い匂いするけど全然嬉しくないんですけど?

 そうは思いつつも強く拒否する勇気なんかなくて、そのまま屋敷の中へとドナドナされていくのだった。

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