幕間の物語31.魔法生物は人手を増やす

 ダンジョン都市ドランの中通りから少し外れた北西の住宅街の中に、紛れ込むかのように自己主張の少ない魔道具店があった。

 その店の中で留守番をしているのは店主のホムラ。

 カウンターの内側にいて、とんがり帽子を目深に被り、床にまで届いているまっすぐな黒い髪が特徴的な女性だ。

 ストリートチルドレンたちによって広められた噂によって来店するようになった主婦たちと、一仕事をして報酬を貰いに来た子どもたちで開店二日目も朝から賑やかだった。


「姉ちゃん! 今日雨降るよ!」

「あ、ずるいぞ、それ俺も言おうと思ってたんだ、雨降るよ!」

「私も」

「ミーも!!」


 カウンターよりも背丈が低い薄汚れた子どもたちが今日の天気を告げる。それぞれに報酬の魔力マシマシ飴を渡して、効果がなくなってしまった魔力マシマシ飴を回収するホムラ。ひとまとめにしたそれらは、後ろの大きな棚の引き出しにしまい込んでしまった。


「そんなんじゃ一日分にしかならねぇだろ。もっといい話をしなきゃ」

「おにい、なにはなすの?」

「俺は今日はミーの付き添いだから特にネタはねぇよ。まだ飴はしばらく甘いし」


 そんな話をしながらコジーは飴を口に咥えたミーを連れて店から出ていく。

 それと入れ替わるように、オートトレースで複製されたチラシをばらまいてきた子どもたちが報酬をもらうためにホムラに詰め寄った。


「一人ずつ、順番です。この水晶に手を置いて、『全部しっかりと配ってきた』と言ってください」


 ホムラに促される形で子どもたちが水晶に手を置いて宣言をしていく。

 中には水晶が真っ赤に染まって飴を貰う事もできず、周りの仲間から冷ややかな目で見られたり馬鹿にされたりして顔を真っ赤にする子どももいたが、ホムラは特に気にした様子もない。

 その配られたチラシを持ってやってくるのは若い女性が多かった。

 子どもたちが退くのを待ってから、ホムラに詰め寄る女性たち。少し前に店で順番を守ろうとしなかった薄汚い男が壁にめり込んでオブジェと化しているのを見たのも大人しくなっている理由でもあった。


「飴の魔道具がもらえるって本当なの!?」

「はい、数に限りはありますが」

「噂話でもいいのね?」

「問題ありません。ただ話の内容では使える期間が短いものをお渡しします。その他の注意事項はそちらの壁に掛けてあるものを読んでください。それでは、お話をする方から水晶に手を置いて話してください」

「分かったわ。そうね――」


 そうして話される内容をホムラの近くに置いてあった紙に、自動で書きこんでいく羽ペン。

 それをじっと背伸びをしながら見続ける小さな子どもたちもいたが女性たちは特に気にした様子もなく話をしていく。


(今日も大した話はなさそうですね。マスターの役に立つ内容があればいいのですが)


 そんな事を考えつつ噂の聞き取りをし続けていたが、いつまで経っても噂の対応が終わらず、店内の魔道具を見ている人たちが魔道具の購入をする事ができずにいた。


(以前から思っていた事ですが、人手を増やす必要がありますね)


 品物を持って外に一歩出た男が、その場で倒れて気を失うのを眺めながら、人手を増やす事をホムラは決めた。




「絶対嫌っす! これ以上解析の時間を減らされるのは耐えきれないっす!」


 奴隷という身分で贅沢な事を言うハーフエルフのノエルに若干の苛立ちを覚えたが、ホムラはお店の二階の部屋で作業をしていたノエルを放置して、別の部屋に移動するとアイテムバッグからAランクの魔石を取り出す。シズトが最近、ホムラに言われて【付与】をしたインスタントホムンクルスという魔道具だ。後は魔力で刺激を与えればホムラと同じ魔法生物が生まれる。

 ホムラが魔力で刺激を与えてすぐ、魔石をポイッと空中に投げると、魔石は空中に静止して強い光を放った。魔石を中心に光の膜が展開し、だんだんと球体が大きくなるが中は窺えない。

 人の背丈ほどの直径になるとそこで光の球体は膨張をやめ、光の膜が空中に溶けて消えていくと、中から一糸纏わぬ姿の女性が立っていた。

 褐色の肌と対照的に真っ白な髪は短い。気だるげな雰囲気を漂わせているその表情のまま、黄色の瞳でホムラを真っすぐと見ていた。


「状況は分かってますか?」

「分かってるさ、そのくらい。貴女も私と同じなら分かるだろう? とりあえず、何か着る物はないかしら? 流石にこのまま接客させるつもりじゃないでしょう?」


 ホムラはアイテムバッグに入れておいた自分の着替えを渡したが、ホムラよりも豊満な胸部と臀部で上手く着る事ができずにいた。ホムラも女性らしい体つきではあるが、控えめな方だったためサイズが合わないのだろう。

 ホムラは仕方ない、と店を閉めたまま外に出て、古着店で魔法使いっぽいローブを見繕い女性に着せた。自分が被っているとんがり帽子を目の前の女性に渡す気が起きなかったため、とりあえず適当に買ってきた古びたとんがり帽子を被せると、ふと思い出したかのように女性がホムラに質問した。


「ちょっと疑問なんだがね。私の名前って決まってるのかい?」

「決まってないです」

「なるほど。それじゃあ、貴女が名付けてくれるのかい?」

「それはマスターのお役目ですので、私はしません。名前がなくても接客程度はできるでしょう」

「まあ、それもそうさね」

「まずはマスターの望まれている仕事をこなし、夜にでも名付けをしてもらいましょう」

「面倒だけど、やるしかないねぇ」

(これで少しはマスターと一緒にいる時間が増えるでしょうか)


 そんな事を思いつつ、ホムラは接客を再開した。

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