幕間の物語12.訳アリ冒険者とギルドマスター

 ドラゴニア王国の南に位置するドランの冒険者ギルドは今日も朝から賑やかだった。

 今日も一旗揚げよう、と意気込んでやってくる冒険者たち。

 その冒険者たちに洗礼を与えようとする最近来たばかりの素行の悪い中堅冒険者。

 それを冷たい目で睨み、抑え込むのがこのギルドのギルドマスターであるイザベラの役目だった。

 今日も誰も並ばない受付に陣取り、周囲を睥睨していたが、そこに元パーティーメンバーのラオがやってきたのを見て、眉間に皺を寄せた。


「ちょっと、護衛はどうしたのよ」


 その話は上でな、とラオが言えばイザベラは納得は行っていない様子だったが、副ギルドマスターのクルスを叩き起こしてから3階の仕事部屋へと案内した。

 室内に入ると、ラオは手ごろな椅子にどっかりと座り、長い足を組んで長く息を吐いた。


「……襲撃してきたのはどこの誰かわかったのか?」

「そっちはドラン公爵から連絡が入って、もう掴んでいるそうよ」


 流石の手際だな、とラオはドラン公爵を雑に褒めつつ、腕を組んでふんぞり返る。

 ただでさえ大きな二つのふくらみがより強調される形になった。

 眉間の皺を深くしながらイザベラは護衛の件を問いただすと、ラオが何でもないかの様に「先代の公爵の愛妾屋敷の一つに暮らす事になった」と言うとイザベラはそれ以上は何も言わなくなった。

 先代の公爵の愛妾屋敷街は、今では大商人や、他の領の領主の別荘などがある。

 そのため、巡回兵も一番多く、治安が一番いい場所に当たる。

 その住宅街に入るという事は、看破の魔法がかけられた結界の中に入るという事。

 それ以外にも知られていない仕掛けが大量にあるため、今回のような賊が入る事はほぼない。


「今回ばかりは、先代の色狂い公爵に感謝ね」

「護衛が楽になるのは結構な事だが、腕が鈍っちまいそうで仕方ねぇわ」

「いい報酬を渡しているんだからつべこべ言わずに働きなさいよ。ルウのためでしょ」

「まぁな……相談があるんだけどよ……」

「なによ?」

「……いや、何でもねぇ」


 ラオは掛け声とともに立ち上がると、部屋を後にしようとした。

 イザベラが「ちょっと、気になるじゃない」と、後を追ったが、結局ラオは何も言わずにギルドを出ていった。

 外に出たラオは、魔力マシマシ飴を口に含みつつ、嘆息した。

 まだドランを出るには早いだろう、と心の中で呟いて。




 ギルドを後にしたラオは、彼女の妹がいる修道院に行き、世間話をしながら妹のお世話をした。

 修道院を後にする時には陽がだいぶ傾いていて、新たな拠点である愛妾屋敷に着く頃には彼女の赤い髪がより赤く染まっていた。

 門をくぐり、玄関から堂々と入っていくと、先程感じた鼻の不快感がだいぶなくなっていた。

 気配を頼りに黒髪の少年、シズトの元へとたどり着くと、話し声が聞こえる。


「なんでスライム?」

「ごみを食べるから。下水処理にはスライムが使われてる」

「なるほど? じゃあ、家で放し飼いにでもすればいいんじゃない?」

「家具がダメになる」

「まだやってんのかよ」


 少し離れたところから話しかけると、シズトが振り向いた。

 嬉しそうに、にへらっと笑ってラオに返事をするシズト。


「あ、ラオさんおかえり」

「飯は食ったんか?」

「まだ食べてない。とにかく埃を何とかしないとほら、ラオさんが大変でしょう?」


 ちょっと困ったように眉を八の字にして、首を傾げるシズトを見て、気を紛らわせるようにわざとらしく咳をしてから、ラオは飯に誘った。ドーラもついでに。

 ドーラからすぐに短い返事が来て、少々意外に思いつつももう顔を隠す必要性のない彼女だから少しずつ関係性を深めようとしているのだろう、とラオは判断した。

 外に出ると、巡回兵を見るたびにシズトが挙動不審になっていた。

 ラオはそんな彼を不思議そうに見つつも、敢えて何も聞かないことにした。

 少し離れたところでハンバーガーとフライドポテトがお気に入りのお店に入ると、シズトが何かぶつぶつ言っていたが、ラオもドーラも気にせず注文をする。

 頼んだものが届くと、シズトがそれを見ながらぽつりとつぶやいた。


「絶対これ勇者関係あるでしょ」

「あ? あー、なんか少し前の勇者が考案したんだと。一時期芋ばかり作ってちょっと問題が起きたことがあるらしいが、まあ、アタシらは食うだけだから関係ねぇな」

「なんか塩の味がしない気がする」

「あ? 塩なんて使ってるわけねぇだろ。ほら、このソース付けて食うんだ」


 ラオは、なんか所々でずれてる所を感じつつも、勇者の子孫は変わり者が多いと言われるからなぁ、と納得して自分の食事を軽く済ませ、シズトの観察をする。

 ポテトをソースにつけて食べているシズトは何か不服そうだった。

 味でも気に入らなかったんだろうか?

 ラオはそう不安に思ったが、きれいに平らげたので気にする必要はなさそうだった。

 屋敷に戻り、三階の寝室に全員で移動すると明らかにシズトが挙動不審になっていた。

 ラオはそんな彼を気にも留めず、着替えを済ませる。

 シズトがチラチラとこちらを見ながら「なんでズボン履かないんですか!」と言ってきたので「あちぃから仕方ねぇだろ」と軽くあしらい、ストレッチをする。

 抗議しても無駄だと分かったのか、シズトの注意の矛先が別の方向へと向かった。


「ホムラはあっちで寝てね」

「わかりました、マスター」

「素直でいい子」


 よしよし、とニコニコしながらホムラの頭を撫でていたシズトを見て、ラオは思った。

 こいつ簡単に騙される奴だよな、と。

 案の定シズトは強制睡眠させられて、ベッドに運ばれ、ラオたちと一緒に寝る事になるのだった。

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