おいで、狼さん。
茶子
episode.1
「おー。善じゃないか」
がしゃん、と窓ガラスが割れる音がした。黒い髪がふわりと舞い、焼けた肌が弧を描く。そこへ群がるクルクルパーマと茶髪の同じような見た目の集団は、必死な顔で掴もうとする。するりとかわし、にんまりと笑ったその黒い髪の少年は静かにその場から消えた。
「いやあ、さすが誉。2階から飛び降りちゃったよ」
とろりと垂れそうになる液体を舐めとり、白銀色をした髪を揺らす。あー、人生って面白くないねー。退屈な体を揺らし、隣に座る女の子に目を向けた。
「琥子ちゃん気づくの遅くない?」
「んー。まぁ、どこにでも居そうな見た目だから」
「誉泣いちゃうよぉ?」
「泣かないだろ。善じゃあるまいし」
「おい!お前ら誉連れてこいよ!!部活まじでピンチなんだよ!!」
「…だって、こっこねーさん」
「その茶化し方きもい」
「ぜーくんないちゃうっ」
「自分に君付けとかないわー」
「おい!お前ら聞いてるのかよ!!」
「ほまくん連れてこいってぇー」
「善やめてきもいから。焼肉奢って」
「あー、ほーくん食べたいって言ってたねぇ」
のんびりと、ゆったりと、…まぁ周りは騒がしく誉を連れてこいと怒鳴り散らしてたけどそんな事は無問題で。琥子とお菓子パーティーを楽しんだ。沢山のお菓子の中には、昨日誉から貰ったものもあるし、自分で買ったものや、琥子が今持ってきたものもあって。
チラリと時計に目をやると、もうすぐ春休みが終わろうとする時間だった。そこに先輩たちの怒鳴り声と、被さるように先生の怒声が五月蝿く響く。平和だなぁと、アイスの棒を咥えた。
「守神ぃ、土山はどこ行った」
「あ、センセ。えー…そこの窓割って下に降りて行きました」
「素直に言うんかい」
「だって僕不良じゃないもーん」
「…髪の色戻してから良いなよハーフ野郎」
「琥子のすぐ悪口言うところ嫌いだなー」
「悪口じゃありません。口が悪いだけです」
「あ、湖郷は明日追試やるから」
「えー!先生鬼畜…」
「今は忙しいからまた担任に伝えとくぞ」
「はぁーい…」
「琥子の方がよっぽど素直」
微笑ましいな、と横顔を見た。琥子は綺麗な髪をしている。今時珍しい混じり気のない黒髪で、キューティクルもちゃんとあって。そして整えられたロングヘアーに、少し鼻をくすぐる甘い蜜の香り。…でも俺は気づかないふりをしている。遠く遥か昔から…そして、これからも。
その後、無事に四限目が始まると、ひょっこりと誉が教室に帰ってきた。…血だらけで、それなのに明るくにっこりと笑ってる辺り逃げ切ったんだろう。誰もがゾッとするような血液の跡、泥だらけの腕や顔。そんなんだから友だちが今のところ俺と琥子だけなんだよ、と心の中で呟いた。
「…で?」
「琥子が焼肉が良いって言うけど、誉は?」
「あー…うん」
「先に帰って風呂っしょ」
「さすがは17年間親友、わかってるぅ」
「恋人なんだから少しは心配してあげたら?ヤンチャなパートナーのこと」
「んー、うん。…大丈夫?」
「っハハ、遅ぇ。善ってほんとに僕が好きなの?」
「どうかなぁ」
「イチャイチャするんなら私はおにぃの家に行くけど」
「温くんとまだ続いてるの?」
「失礼な!…ら、ラブラブよ」
放課後の教室は、誰もいなくて心地いい。誰かの目も、誰かの声も、気にしなくていいから。…誉と俺は恋人で、琥子と血のつながらない義兄は恋人。親の再婚で出来た兄を好きになってはや2年。親に黙って会いにいくほど愛の溢れる関係らしい。俺も琥子も、カミングアウト失敗組だから、気持ちが痛いくらいに分かってしまう。
「……善、家行くわ。」
「やだっ、ほーくんったらハレンチ!」
「テンションの昇降が激しすぎンのよ」
愛する人、固定観念、同情、非凡。俺は親から気持ちがられ、嫌がられ、それでも一緒に居たくて。今は親の仕送りを受け取りながら、バイト掛け持ちで一人暮らしをしている。…受け入れられなくても、切れることのない縁の中で、泡を吐き出しながら溺れていくんだろう。
深みにハマるように、誉に溺れていく。馬鹿なんだか、女々しいんだか、思考回路はとっくに破綻してるよ。
EP1.end
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