第14話 クロードの懊悩を知る

 レリアは自分のアトリエで深く息を吐いた。

 結婚してくれないか。一刻も早く籍を入れたい。愛する人にそう言われて、喜ばぬ女はいないだろう。

 しかしレリアは青ざめた。嬉しかったのは確かだが、それより先に現れた感情は後悔だった。こうなる前に別れなければとずっと思っていたというのに、レリアは慙愧の念に堪えない。

 まだアクセルと知り合って半年も経っていない。もう少しだけ、もう少しだけという思いが、こんな事態を引き起こしてしまった。どうにかアクセルと良好な関係を保ったまま、別れられないだろうか。

 そんな風に考えていると、娘のレリアがアトリエにやってきた。彼女の嬉しそうな顔を見て、レリアもまた微笑む。


「良かったわね、レリア」

「ありがとうございます。お母様のおかげよ」

「私は何もしていないわ」


 娘の方のレリアは、ヨハナ家のラファエルから色良い返事を貰えていた。近々婚約し、なるべく早くに結婚をする予定である。

 大変喜ばしい出来事だ。愛する者と結婚出来るという事実が、羨ましくもある。


「お母様、クロードの事なんだけど……」

「クロードが、どうかした?」

「あの子、最近暗くって。どうしたのか聞いても、僕の事はいいから早く結婚を進めた方が良いってばっかり。何か聞いてない?」


 クロードは、やはり何かを隠している。ロベナーの事だろうか。ロベナーは、本当に罪を犯しているのだろうか。


「聞いてないわ。あまり気にしないで、ラファエル様との婚姻の準備を進めなさい。私がクロードと話してみるから」


 そう言うと娘レリアは、安心した様に部屋を出て行った。今まで何も聞き出せなかったレリアだが、今日こそはという思いで息子クロードの部屋に入る。彼は静かに母であるレリアを部屋に迎えてくれた。


「お母様……」

「クロード、今日こそは話してくれない? レリアも心配しているのよ」

「…………」


 それでも、クロードは無言だった。しかしこの間のアルバンで、レリアはカマをかけるという技を知っていた。


「分かっているのよ。ロベナーが、罪を犯している事くらいは」


 レリアの言葉に、クロードはバッと顔を上げる。


「お母様も、知っていたのですか……?!」


 クロードの言葉にレリアは落胆した。やはり、ロベナーは何らかの罪を犯していたのかと。強姦なのか、詐欺なのか、両方なのか別の何かなのか。それはレリアには判別がつかない。


「……ごめんなさい、クロード。本当は何も知らないのよ。ロベナーがどういう罪を犯しているのか、教えて頂戴。一緒に対策を考えましょう」


 クロードは一瞬、騙されたというような顔をしたが、暫くすると諦めたようにぽつぽつと話し始めた。


「お父様は……闇の商売にも、手を染めておいでです……」

「闇の商売というと?」

「人身売買です」

「……」


 思いもよらぬ言葉が飛び出してきて、レリアは絶句する。人身売買というと、あれだろうか。人を攫ったりするのだろうか。それとも、仲介人をしているだけだろうか。どちらにしても、犯罪である事に変わりはないが。


「それと、恐らく……」

「……何?」


 聞くのが怖い。しかし聞かないわけにはいかない。


「今、この地区で横行している婦女暴行事件も、お父様の手引きによるものだと思います」

「何故そんな事を……」

「雷の魔術師が、堕胎出来るという噂を知っていますか?」

「ええ……まさか……」

「それは真っ赤な嘘です。お父様はその噂を広めて儲ける為だけに、手下を使って……」


 強姦させているんです、と苦しそうにレリアに伝えた。

 レリアは目眩がして倒れそうになる。そこまで沢山の罪を犯しているなど、思いもしていなかった。


「どうして、もっと早く言ってくれなかったの……」

「ごめんなさい……言えなかった。特にレリアがラファエル様と会食するようになってからは……」

「そう、ね……」


 良い返事を貰えた今、夫の犯罪を明らかにするという事は、娘レリアの結婚をご破算にしてしまうのと同意義だ。せめて結婚するまでは隠さなければならない。結婚してしまえば、この国では三年は離婚出来ないシステムになっているのだ。その間に関係の改善も出来よう。


「結婚を早めるよう、私からも提案しておくわ。レリアが結婚したら、私はロベナーと離婚する。それからロベナーの罪を明るみに出しましょう」

「お母様、いいのですか? 離婚など……」

「構わないわ。そんなに非道な事をやっているとは思ってもいなかった。当然の権利よ」


 離婚出来る理由が作れて、実は少し喜んでいる自分がいた。もし夫と離婚出来れば、アクセルとだって結婚出来る。そんな邪智を持ってしまい、クロードを前に少し恥じた。


「でも、お父様が簡単に離婚に応じてくれるとは思いません。お父様にはクララックの名が必要ですし」

「クララックの名くらい、どうってことないわ。家督をロベナーに譲れば離婚できるでしょう。クロード、あなたには苦労をかけると思うけれど……私は絵しか描けないから、あなたを養っていけるか分からないけれど……それでも、いい?」


 レリアの問いに、クロードは首を縦に振ってくれた。そんな息子を、レリアは優しく抱き締める。


「一人で辛い思いをさせていて、ごめんなさいね。これからは二人で頑張りましょう」

「はい、お母様……」


 クロードは今まで腹の中に溜めていたものをようやく吐き出せて、ほっとしたようにレリアに手を回してくれる。

 大事な娘と息子。

 この二人には、何があっても幸せになって貰いたい。そう思うのは、親として当然の気持ちだ。

 この事をアクセルに打ち明けるのは、レリアが結婚した後にしよう。娘のためにレリアはそう決めたのだった。

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