第675話 冬式春彩
石造りの巨大な鳥居の中心に落ち始めた日が収まるように入り、冷ややかな風が葉の少ない木々をざわめかせる。帝階層でよく見受けられた寺のような人工物が探索者たちの両脇に立ち並び、その通り道に鎧武者が正座で鎮座していた。
「冬将軍……?」
既に盾を前に構えていたガルムがぼやいた通り、座して待っていた鎧武者の外見は冬将軍に酷似していた。和風の鎧は青と白を組み合わせて染色され、二振りの刀を両脇に差している。
「コンバットクライ」
「プロテク、ヘイスト」
PTメンバーが揃ったことを確認したガルムが赤い闘気を発してヘイトを取り、努が全員に支援スキルを当てる。
すると冬将軍は鎧の擦れる音と共に立ち上がり、三メートルを超す巨体で探索者たちを見据えた。そして右手の親指で刀の
「鑑定」
80階層に入った瞬間に居合切りぶっぱをかましてくる冬将軍には思えない立ち振る舞いに、エイミーは指輪っか越しに鑑定しその名を明らかにする。冬将軍:式。帝階層の主なモンスターである式神に近しい表記。
「鑑定した感じ冬将軍の派生っぽい! 火以外はそこまで有効じゃない!」
「エンチャント・フレイム」
「師匠!」
「まずは冷気対策。属性魔石はまだ出さないよ」
エイミーの報告を受けてアーミラは大剣に炎属性を付与し、ハンナは炎の魔石をねだるように手を差し出す。それを努は目で制しながらマジックバッグを漁り青色の小さなリボンを取り出す。
アクセサリー枠であるそれらに強力な刻印は刻めないものの、冷気低減一つくらいならば可能である。それこそ雪原階層のように本格的な対策をする場合は専用装備に着替える必要があるが、冬将軍:式と対面するくらいならばアクセサリー刻印一つで済むだろう。
そしてエイミーとアーミラはそれぞれ青いリボンを髪に結び付け、ハンナは初心に帰ったように青いバンダナを額に巻き付けた。努自身のアクセサリー枠は複数準備していたのでどれにしようかなと一瞬迷ったものの、あまり階層主から目を離すわけにもいかないので適当な指輪を装着し防寒対策とした。
「…………」
『――――』
そんな情報を犬耳で捉えていたガルムは以前にも相対した雪原階層主を頭に浮かべつつ、冬将軍:式が判別不能な言葉を発し上段から放った一振りを敢えて正面から盾で受けた。
雪原階層主であればとても耐久力が持たなかった装備。しかし180階層においては刻印も相まってか一刀両断されることはなく、裏地の刻印も作用し輝いていた。
「タウントスイング」
それに応じて冬将軍:式は右手を離して次なる刀を抜こうとしたが、それで力が緩むや否やガルムは盾を滑らせ殴りつける。
「龍化」
「岩割刃」
冬将軍:式が右腰に収めている刀が遠距離用であることはアーミラたちも把握しているため、それを安易に抜かせないよう畳み掛ける。そんな三人を前にハンナはじれったそうに青翼をはためかせ、魔力を変換し備えている。
(180階層に応じて強化はされてるけど、新しい技はそこまでない。初見殺しにもならなそう)
180階層主は丸っきり冬将軍というわけでもないようで、開幕と同じように時折スキルの補正が乗った攻撃も見せてくる。ただそれでも帝階層産の刻印装備であるガルムを殺すには至らず、アーミラたちの攻撃も十分に通る。
それでいて冬将軍と同じようなモーションも見受けられるので、正直なところ今の三人でも討伐は容易いだろう。支援スキルのかけ直しに入っても尚ガルムは問題なくヘイトを稼ぎ、アーミラたちもエンジンがかかってきた。
「らぁ!」
既に龍化しほぼ全てのステータスを一段階上げているアーミラが、炎を纏った大剣を冬将軍:式の横合いから叩きつける。それを左の刀で防いだものの押されたところでエイミーは双剣を両手で抱え込むようにし、冬将軍:式の脇腹にねじ込んで捻った。
「パワー……」
『――――』
血を吐くような息を吐いた冬将軍:式にアーミラが手痛い一撃を与えようとしたと同時、囁くような低い声と共に彼の周囲に強風が逆巻き、エイミーの白い癖っ毛をたなびかせた。その中心から響く風切り音に手笛の音が混じると、風に桜吹雪が発生して立ち巻く。
その桜吹雪から現れたもう一体の鎧武者。暗い桜色で染色された鎧を着込んだそれは、アーミラの大剣を大きな扇子のような武器を開いて受け止めていた。そのまま扇子を勢いよく閉じて彼女を大剣ごと押し返し、冬将軍:式の隣に舞い降りる。
「鑑定」
エイミーほどレベルは高くないが鑑定士でもある努が代わりに鑑定すると、その桜武者の名称は春将軍:彩とだけ表示された。彼女よりレベルが下回っているからか属性相性などは読み取れない。
「……ヒール。ハンナ、引け!」
冬から春と来れば夏も秋もあり得る。180階層主は恐らくボスラッシュ形式。であれば不用意な長期戦はこちらが不利になり得る。ヒーラーにも火力を求められるので進化ジョブも視野に入れた努は、既に飛び出ていたハンナを急いで止めた。
「なんっすか! 二体目っすよ! あたしの出番っす!」
「まだ狂犬の出番だよ。動きの把握に務めろ」
「コンバットクライ」
そんな努の声を聞いたガルムは春将軍のヘイトも取って口端を上げ、前後挟まれる形となってもその表情を崩さない。
『――――』
ガルムの背後に位置取った冬将軍:式は再び詠唱し瞬歩で近づき、彼の頭をかち割るように刀を振り下ろす。それで生じる空気の動きを尾と犬耳で察知したガルムは、背後の攻撃を避け春将軍:彩から放たれた桜吹雪を盾で受ける。
その初動こそ軽いものだったが削り合いの音は鳴り止まず、桜吹雪はむしろ勢いを増してガルムを飲み込まんと迫る。
「シールドバッシュ」
このまま全身を飲み込まれてしまえばクリティカル判定となる頭を削られかねないと判断し、ガルムは一度盾を押し返して余裕を作ると勢い良く飛んでその場を離脱した。そんな彼を冬将軍:式と桜吹雪が追いかける。
春将軍:彩が構えている大きな扇子が振られると、それに呼応するように桜吹雪が動く。その桜一枚一枚が刃であり、桜吹雪が通った地面は削り喰われたかのようにへこんでいる。
それに春将軍:彩は左腰に刀も携えているため、恐らく近接戦も可能なタイプだろう。現に桜吹雪でガルムの動きを制限しつつ、その刀を左手一つで器用に抜いて冬将軍:式と同じ歩法で瞬く間に肉薄した。
「ヒール、メディック」
ガルムは二人の鎧武者と追尾してくる桜吹雪を相手に体力こそ削られていたが、未だに致命的な一打は負っていない。努の要望通りタンクとしてその身を削ることで階層主の手札を明らかとし、服する主に情報を落としていた。
「ハンナ。まずはあの桜吹雪だ。あれに魔力を使って押してこい」
「おっす!」
「エイミーは春将軍、アーミラは冬将軍狙いで! 僕も出る」
このままちまちまと削っている内に時間経過で夏将軍やら秋将軍やら出てこられるのも面倒なので、支援スキルをかけ直した努も進化ジョブを解放して一歩前に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます