第671話 第三の選択肢
ギルド第二支部で白昼堂々と行われたユニスの嫁宣言には周囲の探索者もざわめき、獣人たちもその耳でしっかりと聞き届けた。その噂は今日中に広まり尾ひれがつくことになるだろうが、PT対抗戦を終えた無限の輪の中で聞いたのはまだガルムとエイミー、そして臨時メンバーのクロアだけである。
あまり押しすぎても良くないと思ったユニスは散々好意を押し付けた後にPTメンバーの下へと帰り、現実逃避するように言葉がすり抜けていた努もふと思い出したようにPT契約の解除に向かう。
努とユニスの話が終わったことを遠目で見計らってか、コリナたちも探索者との交流を止めてPT解除の列に並ぶ。そして何やら挙動不審に白い尾が動いているエイミーと深く考え込んでいる様子のガルムを見て首を傾げた。
「どうかしました?」
「……いや、何でもない。気にするな」
どうせ明日にはバレそうなものだが自分から口にするのも憚られたので、ガルムは眉間のしわを緩めてコリナにそう返した。そんな彼女の肩をアーミラは後ろからどかっと抱いた。
「今日は飲むぞコリナァ。てめぇには文句が尽きねぇぞ……」
「なっ、何ですかぁ……?」
「何ですかじゃねぇぞゴラ。俺の切り札、平然とした顔で捌きやがってよ」
「おっ、打ち上げですか。じゃあPT契約解除したら買い出しでも行きません?」
クロアはそう言って食材や酒の買い出しを申し出て、努たちが先にクランハウスへ帰れるようクランメンバーたちを誘導した。
「えー、あたしも先に帰って寝っ転がりたいっす」
「奢りますよ」
「行くっす!」
「ふむ、なら私も秘蔵のワインを出そうではないかっ」
ぶーたれたハンナをクロアが言いくるめ、ゼノは何処か様子のおかしいエイミーを察してか流れに乗った。そうして努たちはPT解除を済ませた後、買い出しを任せて三人でクランハウスへの帰路につく。
「困ったもんだね」
「…………」
「…………」
努の呟きにガルムは外では喋れない情報をうっかり口に出さないよう押し黙り、エイミーは審判の時を待つような顔である。そしてクランハウスに到着してリビングにまで入ったところで、ガルムはようやく息でも吸うように口を開く。
「わからぬものだな。女心というのは」
「……いや、あれは誰でもわかるでしょ」
こいつマジかといった顔で思わず突っ込んだエイミーに、努はくすくすと笑う。
「まぁ、あそこまで豹変するのは僕も予想外だったけどね。……刻印士として大成するのも待ってた感じかな、あいつ。今振ってる仕事も飛ばれると困るし」
「だが、悪い話でもないのではないか? ツトムも探索者ではない女性となら付き合いたいと口にしていたではないか。ユニスにはその覚悟が見られる。それでいて刻印士としても大成しているのだろう?」
「そうだけどさぁ……。あれを出されるのは違くない?」
カレーを注文してハヤシライスを出されたような顔をしている努に、ガルムは我儘な人だなと腕を組む。
「ならギルド長でもいいぞ。最近うわ言のようにあの時の立ち回りを間違えた、間違えたと口にしている。その間違いを正す機会をあげたらどうだ?」
「ガルムはいつから僕の仲人に転職したわけ?」
「またふわりと消えてもらうわけにはいかないからな。ツトムは家族という楔を打った方がいい」
でなければまたあの二の舞になると愚痴ったガルムに、努は気まずそうに視線を逸らす。
「もう消えないよ」
「信用できんな。ユニスかカミーユ、どちらかで手を打ってもらおうか。ツトムにとっても悪い選択肢でもないだろう?」
そう言って選択肢を出すように両手を差し出してくるガルムに努が苦笑いしていると、そこにエイミーも片手を差し出した。
「第三の選択肢、わたし」
「ごめんなさい」
「即答!?」
「僕はクランメンバーに手を出すつもりは毛頭ない。それに、エイミーも探索者辞めるのは無理でしょ?」
心を見透かしているかのように代弁されたエイミーはぐぬぬと唇を噛む。
「……それは、そうかも。いやでもさ、ツトムはさ、女は家庭だけに専念しろってタイプでもないじゃん? やってやれないことはないよ」
「私は別にそれでも構わんぞ。ツトムが家庭を持ちさえすればな。一度失敗してみるのもよかろう」
「失敗する前提なんだよね」
「それでもやってみなきゃわからないでしょうが!!」
エイミーは威勢よく叫んでみたものの、今まで積んできたアイドルとしての実績とまだまだ最前線を張れる感触のある探索者を辞めることは出来そうになかった。そんな猫の陥落を見たガルムは再び手を差しだす。
「で、どちらにするんだ」
「嫌だ……そもそも何で付き合いもせずいきなり結婚前提なんだよ。重くない?」
「もう27 の歳だろう。そろそろ大人としての責務を果たす時期だ」
「まだ身体は25歳だし!」
「ハーフエルフのような言い訳はよせ。見苦しいぞ」
「いやだー! レオンに自分だけ選んでもらえるとか本気で思ってたお姫様狐も、血生臭い利権闘争してるギルド長も荷が重すぎるー! 僕はもっと軽いお嫁さんを見つけるんだー!」
「ツトムの妻でありながら平凡な女性などいるはずがなかろう。それに結婚するとなれば自分が異世界人だということも打ち明けねばなるまい。それを受け止められる度量のある女性がそこらにいるか?」
「……中々痛いところを突くね、ガルム。普段は言いくるめられるくせに」
そういえばユニスとカミーユは地味にそこをクリアしている。そのクリティカルな指摘に努も思わず唸っていると、ガルムは当然だと真顔で見つめ返す。
「ツトムの今後を考えればこそだ。……今すぐに決めろとまでは言わんが、考えておくに越したことはない。ユニスは良い機会だと思え」
「いよいよ嫌になってきた。これがマリッジブルーか」
「妙な言葉で煙に巻こうとするなよ」
「……条件的にはマリベルもいけるんじゃない?」
「ぜったい無理です~~~」
それでも尚現実逃避を続けたものの地味に耳を寄せていたマリベルにも振られた努に、ガルムは呆れたようにため息をついた。エイミーは情緒がバグっていた。
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