第670話 そのための券
数時間かけて行われたPT対抗戦を終えた努たちがギルド第二支部に帰還すると、その戦い様を見ていた探索者たちから熱視線が向けられた。
「あのアーミラ様と人風情が打ち合えるわけがない。神竜人とは違いますが、彼女もまた神に近い者と言えるでしょう」
「だったら神犬も神鳥も生まれちまうぞ」
「リーレイアも神竜人なんじゃね?」
「龍化結びしたぁい……」
元より祈禱師の中では最強と謳われていたコリナは、戦い慣れた三戦目で神龍化したアーミラとも互角に渡り合う武を見せつけた。そんな彼女でも足を止めざるを得なかった狂犬や、魔流の拳で消し飛ばしてみせたハンナの評価も引っ張られるように高くなった。
「いくらユニークスキル持ち同士とはいえあれはヤバいよ、コリナ」
「そ、そうですかねぇ?」
コリナと同じく探索者兼、食通仲間でもある女性のPTメンバーに囲まれたコリナはやいのやいの歓迎を受けていた。
「動画機に残ってるだろうし、後で見直せば?」
「自分が必死になって戦ってる有様なんて見返したくないですよぉ」
「でもギルド職員が神台に繋げてたから、翌日には再放送されるんじゃない? 無限の輪のPT対抗戦なんて目玉商品間違いないし」
「嫌だなぁ……」
先ほどまであれほどの激戦を繰り広げておきながらギルドでは萎びた様子のコリナに、少し空気が和らいだのか続々とクランメンバーたちに人が集まる。
「がるむ、かっこよかった!」
「すごかった!」
「よくあんな化け物相手に退かないね……」
「しっ、聞こえちゃまずいよ」
「ならお姉さんも凄かった、とでも言いにいくか」
「ひぇぇぇ!! ごめんなさいぃぃぃ!!」
「ほら、行くよー」
ギルドのイベントで神台見学に来ていた子供たちに囲まれ足やら尻尾やらを引っ張られていたガルムは、そう言って悪戯してきた男児を抱え上げてコリナの方へと向かっていった。するとダリルも子供たちを引率して続いた。
「エイミー。うちの夫を暗殺するの止めてもらえる?」
「でも次回からはどうせピコちゃんが対策して、ゼノが改善するんでしょー? 動画機で後から映像見返されるの辛いよー。手を変え品を変えも限度があるし」
「いやいや、あくまで私は迷宮マニアだからねー。対人戦は専門外だからゼノに任せるしかない。お手柔らかにお願いします」
「多少目は慣れたが、一対一であぁも不意を突かれる技術には感嘆する他ない。それに刻印装備をあぁも簡単そうに破壊するんじゃあないぞ、全く! ゼノ工房の職人たちに申し訳が立たないではないか!」
今回の対抗戦ではゼノをボコりにボコしていたエイミーは、彼の妻であるピコからもう少し手心を加えて下さいとお願いされていた。
神竜人のアーミラは相変わらず竜人から遠巻きに憧れの目を向けられながら、友人のギルド職員とあれこれ言い合っていた。リーレイアは寄ってきた精霊術士たちと雷鳥に精神力を全て捧げての自爆について意見を交わし、ハンナはメルチョーの元門下生たちに捕まり魔流の拳の記録をさせられている。
無限の輪のクランメンバーが様々な者たちと交流を交わしている中、努の下には不気味なほどに人が寄り付かず綺麗なドーナツ型になっていた。そんな穴場の彼に大きな狐尾を漕ぐように揺らしている女性が近づいてくる。
「ぼっちなのです」
「誰のせいだよ」
「己の人徳の無さを恨むのです」
そんなユニスの言い分に努は不思議そうな顔をした。
「刻印装備で人徳は買ってるはずだけど」
「それも弟子からの圧力には負けるのです」
ユニスが尾を向けた先に努も横目を向けると、そこにはアルドレットクロウの一軍PTが食堂席に座っていた。その中には端正な顔が憎々しげな表情で台無しになっている桃色髪の女性が鎮座している。
「ツトム様ツトム様って擦り寄ってくるよりは健全かな」
「にしたってあれはあれでどうかと思うのです。0か100かしかないのですか?」
「180階層で勝つか負けるかしたら多少は落ち着くんじゃない」
そう言って努がユニスの頭を撫でると、遠くに座るステファニーががたっと音を立てた。弟子に対する当て付けに余念のない彼に、ユニスは大人しく撫でられながらもじろりと上目遣いで睨みつける。
「人を当て馬にするのも大概にするですよ」
「でもお前、ステファニーに負けたじゃん。それもまんまと乗せられたって記事に書いてあったけど」
「……それはっ。……お前が、私にだけ手紙送らなかったせいですっ」
「手紙……?」
貴重な狐耳を堪能する手を止めた努は、思い出したように声を上げた。
「あぁ、三年前のやつ? そういえばユニスのは書き直さなかったんだっけ」
「……書き直し?」
「一回捨てちゃったからいつか書き直そうと思ってたんだけど、その機会は訪れずって感じかな? 確か」
「なっ、なんで書き直さないのですぅ~~~!! 弟子の中で一人だけ貰ってない私の気持ちを少しは考えるのですよ!!」
「そりゃ悪いことしたね」
「……でも、何でわざわざ捨てたです? それって、何か特別なやつじゃないのです?」
この世界から消える最期に心残りの彼女にラブレターでも書いてみたが、後で見返したらこっ恥ずかしくなって捨てた。そんなストーリーが頭の中で急速に出来上がっていたユニスの期待するような視線に、努は呆れ顔だった。
「ヒーラー向いてないから何か別のことで成果出した方がいいよって書いたけど、流石にお節介かと思って捨てただけだよ」
「なるほど。つまりは探索者を辞めてツトムのお嫁さんということなのです?」
「……お前、無敵か?」
真顔で尋ねてきたユニスに努も思わず見返して突っ込むと、彼女は自慢するように胸を張った。
「私は一度決めたらぐいぐい行くですよ。ツトムも新聞記事は見たですよね? 狐の嫁入りは冗談じゃないですよ」
「ビジネスライクな付き合いを期待してるんだけど?」
「ふーん、今はそうなのですね。わかったのです。でも一度や二度フラれたくらいじゃ諦めないですよ」
「そういう一方的な付きまとい行為、ストーカーって言うらしいよ」
「可愛い女の特権なのです。レオンの受け売りですが」
「碌なこと教えねぇなアイツ」
「今はツトム一筋なのです」
多少の好意こそ感じていたがここに来て突然寝転がって腹を見せてきた狐に、努は軽く引いた様子で一歩距離を取る。そんな会話を獣耳で聞いていたエイミーやガルムも各々気が気ではない顔でこちらの様子を窺っていた。
「それに、これがある内は私に脳ヒールしてもらう約束なのです! ビジネスライクなツトムはこれを反故にはしないはず! しばらくは逃がさないですよ!」
そう言ってユニスが取り出したるは経験値UP(中)の刻印装備と引き換えに得た、脳ヒールの回数券だった。これさえ手に入れれば努はしばらく嫌でも離れられないことを確信し、ユニスはひた隠していた好意を曝け出しても問題ないと判断していた。
そんな彼女はその回数券を大事そうにマジックバッグへ仕舞うと、ビシっと努を指差す。
「180階層、ステファニーに負けるんじゃねーですよ。私の仇を討つのです!」
「どういう立場で物を言ってるんだよ」
「嫁候補なのです」
「物事には順序ってものがあるの知ってる?」
「でもツトムも27だし、そろそろ身を固める頃合いです。ほら、色々の兼ね合いも整ったわけですし」
「…………」
確かにステファニーとの決闘で変なことをのたまっているなとは思っていたが、ここまでユニスが豹変するとは思っていなかった努は思考停止せざるを得なかった。それからもあのコリナの前に立ったのは惚れ直しただとか、PT対抗戦の感想をつらつらと並べられたが努の頭に入ってこなかった。
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