第667話 親鳥の覚悟

「パワー、スラッシュ!!」

「ぐぅぅぅぅ!?」



 ゼノに狙いを変えたアーミラの強撃をダリルはタワーシールドをねじ込み受け止めるも、今まで散々彼女に削られていたこともあってか大きく吹き飛ばされた。



「エクスヒーーールゥ!!」



 そんなダリルを横目にゼノは聖なる波動と共に進化ジョブを解放し、PTメンバー全員の頭上から緑の雫を落として傷を完全回復させた。そしてすぐに進化ジョブを解除しタンクに戻った彼は、ダンスにでも誘うようにアーミラへ手を差し向けた。



「恰好つけてんじゃ、ねぇぞ!!」



 その挑発に眉を吊り上げたアーミラは一直線にゼノの方へと飛び、一撃で粉砕するべく大剣を横に構えた。


 すると空から大槌を手にしたクロアが飛来して彼の前に着地し、同じく得物を横に構え地を踏み締める。



「パワースラッシュ!」

「パワースイング!」



 巨大な力と力がぶつかり合い、空間が歪むような衝撃音。時が止まったように拮抗する中、後ろに控えるゼノの小粋な口笛の音が響く。



「だぁりやぁぁぁ!!」



 それでも徐々に押され始めたクロアは上体が逸れて吹き飛ばされ、アーミラは大剣を振り抜いた。



「シールドバッシュ!」

「ちぃっ!」



 そんなぶつかり合いで生まれたアーミラの決定的な隙をゼノは見逃さず、間合いを詰め切り聖盾で彼女の鼻っ柱を折りにかかる。それを自分から頭突きすることでエイミーのようにはならずに済んだものの、彼女の視界が頭部の打撃による衝撃で眩む。


 追撃に彼女の心臓を狙い突き刺されようとしたゼノの帯剣。それをアーミラは大剣を自身の身体に引き寄せて防いだが、帯剣が滑るように動き彼女の左中指から小指を斬り落とした。


 その直後にアーミラへ着弾したヒールによって頭蓋骨に入ったヒビは治癒されて視界が正常に戻り、左指の切断面も綺麗に塞がれた。だがその後もゼノは大剣の間合いに仕切り直させまいと途切れなく彼女を攻め続けた。



「しっ」



 双剣での刺突で乱入してきたエイミーの助太刀によってようやくゼノは退いたが、何度も聖盾で殴られ足も踏まれていたアーミラは目を剥いて叫ぶ。



「しゃしゃってる割に女に守られてちまちましたもんだなぁ!? ゼノぉ!!」

「PTメンバーを信頼せずして戦うとでも? もう少し頭も使いたまえ」



 ゼノがこれ見よがしに左薬指で兜越しの頭をトントンと叩くと、アーミラは大剣を振り回して豪快にぶん投げた。



「神龍化」



 それをゼノが聖盾で受け流している間に彼女はバックステップで距離を取り、巨大化した龍の翼で自身の身体を覆い隠した。それを見た努は拡声器でハンナに指示を下す。



「ハンナ、引け! こっちに来い!」



 このまま順当にいけばリーレイアを殺し切ることも期待できる状況での指示に、ハンナは少し逡巡するように視線を彷徨わせた。だがこのまま聞こえないフリをしたらアンチテーゼも給金も減らされると思い直し、息を切らしているリーレイアを置いてその場から離脱する。



「コンバットクラーイ、っす! コンバットクライっすよー!」



 それから努はPT全員に卵状態のアーミラを全力で守らせた。コリナはガルムが何とか足止めし、ハンナは喧伝するように赤い闘気を振り撒いて孵化の邪魔をさせないようした。



「モーニング――」



 だが既にアーミラの神龍化について見知っているコリナは、その絶対的な隙を見逃すわけにはいかない。あの状態になって暴れる未来が見えている時点でヘイトは稼いでいると建前を立てることも出来るので、彼女は星球を投擲してその卵を破壊しようとした。



「…………」



 ただそんなコリナの狙いを読んでいた努がその直線上を守るように立っていた。本当にやるのか。親鳥のように問いかけてくる視線を向けてそこに立つ彼に、コリナはにへらと笑う。



「スロー」



 わざわざ射線上に立ったヒーラーが悪いとも言えるが、投げる前に目が合った時点でその言い訳は通らない。それにあのツトムが漢気を見せたこともあってかコリナはスナップを効かせて軌道を逸らし、その流星は努とハンナの中間に降った。


 そう遠くもない距離にとんでもない豪速球が投げ込まれたことで努はビビり散らかし、その風圧を感じたハンナもぴーぴー喚いている。そんな中で球形になっていたアーミラから光の筋が漏れ、全身に赤鱗の鎧を纏った彼女が姿を現した。


 その神龍化により再生した左手を握りしめたアーミラは、その恨みを晴らすべくゼノへと視線を向ける。



「コンバットクライ」

「モーニングスロー」



 そんな彼女に復帰したダリルは赤い闘気をぶつけ、コリナがマジックバッグから引き出した星球をぶん投げる。以前の龍化同様あまり理性を持ち合わせていない彼女はその闘気に反応し、飛来した鉄球を龍の手で打ち払った。



「治癒の願い、治癒の祈り。迅速の願い、守護の願い。癒しの光、破邪の祈り」



 ダリルがヘイトを取っている間にコリナは進化ジョブを解除し、願いを再度ストックした。つらつらとスキルを述べ始めた彼女にガルムは急いで距離を詰めるも、乱入してきた褐色の風精霊によって空に巻き上げられる。



「駄目ですよぉガルムぅ。女性の弱みを狙うなんてぇ!」

「今まで散々好き放題殴っておいて、いざ弱い立場になれば被害者面か」

「うるさぁい!! 飼い主の責任、お前が取れぇぇぇ!!」



 努とハンナに調子を崩されてフラストレーションが溜まっていたリーレイアは、その鬱憤を勝手知りたるガルムにぶつけた。


 そんなリーレイアの乱入でフリーとなったコリナは、事前に願っていたスキルたちが叶うまではその状態を維持した。アタッカーのステータスよりヒーラーでのステータスで願いを叶えた方が当然効果は高い。


 コリナを抑えるためのポジション取りをしていた努も変わらず支援回復を続け、PT全体の調和を保つ。各自のPTメンバーへ完全に合わされた支援回復はよりパフォーマンスを引き出す。


 そして全ての願いが叶い終わったところでコリナは再び進化ジョブに切り替え、アーミラを足止めしているダリルの方へと突貫する。



「ダリル! ゼノの援護に!」



 タワーシールドを熱線のようなブレスで溶かされていたダリルは、正気を疑うような目で指示してきた彼女を見やる。


 だがアーミラの守護を終えて自由になったハンナが暴れていることで、ゼノの負担が再び大きくなっていた。それに努を放置してしまえばエイミーの粉砕した顎を完全に治され、コリナが生み出したアドバンテージが潰されてしまう可能性もある。



「……シールドバッシュ!」



 何より彼女の見極めが信頼できることはPTを組んでいてわかっていたので、ダリルは全力で精神力を込めてアーミラを押し退け戦線を離脱した。


 そんな彼をすぐに追いかけようとした彼女に、コリナはフレイルを見せつけるように振り回す。異様な風切り音を撒き散らしながら真正面から近づいてくる女を、アーミラは龍兜越しに睨みつける。



「むぅん!」

『ギャハハハハハ!!』



 遠心力の乗ったフレイルをアーミラは赤鱗の鎧で受け止め、コリナは熱線をピンポイントで躱す。そしてコリナの振るう星球と彼女の左拳がかち合わさり、二人を中心に衝撃が広がる。


 死神の目と神龍化。ユニークスキル同士のぶつかり合う迫力に、思わずリーレイアやハンナは動きを止めて目を見張る。ゼノも口笛くらい吹きたいものだったが、完全に目が据わったエイミーを前にそんな余裕もなかった。


 神龍化状態でのスペックは迷宮都市一といっても過言はないが、コリナは相手が強いほど死の気配が濃くなりその読みは神懸かりとなる。アーミラの攻撃を全て星球で弾いたコリナは、不規則なフレイルによる打撃を横合いから顔に食らわせた。



「ヒール」

『アアアァァァ!?』



 龍兜により致命傷にはならないもののよろめいたアーミラに、緑の気が着弾しその傷を癒す。だが理性が飛んでいる彼女は一対一の勝負に水を差すなとモンスターじみた叫び声を上げる。



「やかましい。さっさと勝て」



 それを飼い猫にでも威嚇されたように受け流した努は、変わらずヒールを飛ばしてアーミラを援護した。それに渋々といった様子を見せて僅かな理性を取り戻した彼女は、まるで未来が見えているかのように攻撃を見極めてくるコリナに向き直った。

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