第666話 二段構え

「むぅん!」

(出たね、狂戦士ムー)



 人数不利で押されていたゼノに加勢し、役職としてはヒーラーであるにもかかわらずガルムを二振りの星球でぶん殴って退かせているコリナを見た努は内心でぼやく。


 これはあくまで階層主戦を想定した訓練なのでコリナが進化ジョブを使わずヒーラーに徹することもほんのり期待していたが、それはモーニングスローによって打ち砕かれた。とはいえ今の彼女の評価は進化ジョブによるアタッカーの比重が大きいので、出さない方が舐めプに近いだろう。



「エンチャント・アース」



 地属性を盾に付与してより頑強にしたガルムは星球を両手に持つコリナの打撃を受け流し、長い足で彼女の腹に回し蹴りをお見舞いする。



「モーニングスロー」



 吹き飛び様にコリナが下から軽く投げたモーニングスターはスキルの効果を持ち、轟音と共にガルムの右足に着弾する。その投擲で思わず顔を歪めたガルムの尾は逆立ち、コリナはフレイルに持ち替えお腹をすりすりして鎖の音を鳴らしていた。



「ヒール。そろそろクロアも来るぞ、警戒。エイミー、そのまま維持」



 そんな彼に努は回復スキルを送って援護し、落ち着かせるように指示を飛ばした。その声をピンと立てていた犬耳で捉えたガルムは尾をぐるんぐるんと回す。エイミーもゼノを殺しにかかりながら猫耳をぴこぴこした。


 それからハンナに人数をかけても有利を取れないことを悟ったクロアは、二回の攻撃チャンスを活かせず歯噛みした後に一度戦線を離脱する。そして今も激しい近接戦を繰り広げているコリナの方へと向かう。


 すると努も同時にフライで動き、PTメンバー四人を後方から見渡せる位置から移動し始めた。それにいち早く気付いたクロアは進化ジョブによる攻撃スキルを警戒し彼の動きを窺う。


 ただ彼は攻撃スキルの有効射程に入ってヘイトを稼ぐことを嫌ってか、クロアを大きく迂回するようにしてハンナの方へ移動した。



(もう少し牽制してやってもいいけど、ヘイト増加の口実を与えるのは避けたいしな)



 努のこれ見よがしな移動は有効射程ギリギリの死角をすり抜けクロアやゼノの注意を逸らす目的もあるが、あまりやりすぎると毒蛇が嬉々として噛みついてきそうなのでほどほどにしていた。そして風の魔石を動力源とした拡声器の魔道具でハンナに指示を出す。



「ハンナ、押せ」

「おーっす!」



 ハンナに対する指示内容は押すか引くかしか存在しない。彼女が戦闘中に理解できるのはその二文字しかなく、その指示が通るかも上役に大きく起因する。今は努から手渡される魔石やG、寝かしつけなどの褒美が効いているので耳を傾けているが、彼女の懐が温かくなれば自我を通そうとし始めるだろう。



「……あ?」



 そんな努の指示で手甲をかち合わせたハンナを前に、リーレイアは唾でも吐きかけられたような顔をしていた。


 確かに魔流の拳継承者であるハンナはあのディニエルが警戒するほどの相手であるが、模擬戦での戦績自体は五分に近い。そんな彼女に一対一でそう簡単に押されてたまるかと、リーレイアは細剣を前に向ける。



「メディック、ヒール」



 だが進化ジョブこそ使わないがハンナへ重点的に支援回復を行う努の存在により、彼女は普段よりも体力が長続きし自傷を伴う魔流の拳も扱うことが出来た。


 ハンナは指に魔力を凝縮させてデコピンするようにして魔力を込めた爪を千切り飛ばす。その血濡れた魔爪はシルフの風で咄嗟に逸らされるも、リーレイアの左肩に着弾した。


 今まで見たこともない魔流の拳での不意打ちに彼女は堪えるように奥歯を噛み締め、中途半端に肩へ突き刺さった爪を抜いて捨てる。



「おーっ! 爪もぐんぐんっす!」

「飛ばすなら羽根でいいだろ、羽根で。痛々しい」

「爺ちゃんはこうしてたっすもん! 己の身体一つでも可能な最終奥義っす!」



 魔流の拳の遠距離攻撃としては魔力を固めて放つのが一般的であるが、物体に付与させて撃つ方が魔力消費は抑えられ狙いもつけやすい。その最終手段としてメルチョーは爪でモンスターの急所を打ち抜いていたとハンナは自慢げに語っている。



「グレイシャルゲイル」



 そうこう話している内にリーレイアはシルフのスキルで凍り付くような風を吹かせ、青翼で魔力を練っていたハンナは防塵膜を展開し身を守った。そして止めを刺すように撃ち出された斬撃を上に飛んで避け、翼をはためかせて急接近する。


 ただハンナから少し離れた努が肌寒そうに腕を擦ると、彼の周囲から寒風が魔法のように消えた。その配慮に努がリーレイアの方へ軽く手を上げると、彼女の近くで浮かんでいるシルフがくるくると回った。



(精霊の傾向的にシルフとは一番相性悪いはずだけど、お優しいもんだね)



 本来ならば精霊術士同士でもなければ対人戦において精霊相性が関係することは滅多にないが、こと努に限っては褐色シルフに乱れが見られる。それこそウンディーネと契約すれば瞬く間に女の友情は崩れ去るので、リーレイアは実質的に精霊契約を縛られていると言える。



(本命はゼノ、次点でリーレイアかな。ここで崩せるならそれに越したことはないけど、死ぬ気で時間稼いできそう。自分のせいでPT戦線崩壊とか一番嫌いそうだし)



 完全な二対一であればここで有利を取って他に還元したいところだが、ヒーラーの自分ならこの場に留まっていてもPTメンバーに支援回復は可能である。



「最悪立て直せるし、押せ押せでよろしく」

「おーっす!」



 そう指示して覚悟ガンギマリの目をしているリーレイアから視線を逸らした努は高度を上げ、ガルムたちの方へと目を向ける。



「ヒール、メディック」



 努は真正面からぶつかり合い肉弾戦をしているガルムに回復スキルを送り、それを防ごうと機敏に動くコリナを避けて緑の気を彼だけに当てていく。



「ブートラッシュ」

「シールドバッシュ」



 モーニングスターに持ち替えたコリナの乱打を、ガルムはヒールにより治った左手で受け止め逆に押し返す。現状ではコリナが押しに押しているものの、長期戦に持ち込めば努からの補給があるガルムの方が有利になっていく。



「ブースト」



 それにゼノとエイミーの戦闘は彼女が押している状況である。間合いを詰めてからブーストによる瞬間的な加速でゼノの真横に飛んだエイミーの刺突。それに何とか反応した彼の盾を持つ手をエイミーは掴んで引き寄せ、横腹に双剣を立てる。



「岩割刃」



 スキルの威力も乗った刺突をもろに受けたゼノは彼女に捕まれていることで衝撃を逃がすことも出来ず、血の混じった胃液を嘔吐した。兜の隙間からその液体がずるずる漏れ出る。


 迷宮都市のセーフポイントで模擬戦が可能になったのは一年ほど前だが、エイミーは殺人が神の禁忌に触れない帝都のダンジョンで三年活動してきた。負ければ人としての尊厳も破壊されるような環境下で対人戦を積んできた彼女からすれば、守り一辺倒のゼノを崩すのは容易い。



「ホーリー、プロー、ジョン!」

「ブースト、双波斬」



 だがゼノも肉こそ斬らせるが骨だけは断たれない立ち回りを徹底し、関節を外そうとしてくるエイミーを自爆込みのスキルを使い何とか遠ざけていた。離れ様に双剣から斬撃を飛ばしダメージを蓄積させたエイミーは、彼が進化ジョブを使う機会を窺っていた。


 聖騎士の進化ジョブは三回使った後に条件が厳しくなるため、まずは彼のエクスヒールを三回吐かせるのが鉄板だ。だが進化ジョブを使った瞬間に殺してしまえばタンクが消えて戦線は崩壊する。



「モーニングスロー」



 そんなゼノのフォローに入ったコリナからの投擲をエイミーは飛んで躱し、着地するや否や金色の目をアーモンド型に変化させて彼女に向かい反転した。



「双波斬」



 一度攻撃されたが直撃はしていないので斬り合いまでは出来ない。なのでエイミーは双剣を振ってフェイントをかけつつ、最後に飛び上がりガルムに誤射しないよう角度をつけて双波斬を放った。それをコリナは星球を一閃して弾いた。



「……うそーん?」



 今の双波斬には結構な精神力をかけていたので、それをコリナが大きく避けた隙にガルムが追撃する青写真を描いていた。それは彼も想像していただけに一振りで打ち消されたことで逆に虚を突かれ、コリナから手痛いカウンターをもらいぶっ飛ばされていた。


 するとコリナはターゲットをガルムからエイミーに変えた。今も淡く光るその目はどの人が死に近いかの判断を誤らない。


 フレイルを頭上で回転させながらコリナは僅かにしゃがんで太ももに力を溜めた。それを爆発させた彼女は飛翔の願いによる飛行も相まって一足跳びで浮かび、上体を起こしたままエイミーに急接近した。


 死ねばおおよそ決着がついてしまうヒーラーから近づいてくれるなら儲けものだとエイミーは受けて立ち、フレイルを頭上に振るコリナの初撃を見極める。右の星球か、左のフレイルか。


 遠心力をつけて振り下ろされた鎖付きの棘玉をエイミーは横に避け、押し退けるように置かれた星球の柄を左の双剣で弾き上げる。そして逆手に持たれた右の双剣はコリナの心臓を抉るように突き刺さった。



「あぐぁっ!?」



 だがそれと同時にコリナはフレイルの持ち手を離して鎖を掴み、金属製の柄を鞭のようにしならせてエイミーの顎を粉砕していた。エイミーの顎は支柱を失ったように垂れ下がったが、その代償に双剣を捻りコリナの心臓と肺を抉り回す。



「あぐっ、あぐぐっ」



 それが致命傷となったコリナはゼノからの回復も間に合わず光の粒子漏らして消え去り、エイミーは顎が機能せず開けっ放しになる口元を左手で押さえる。



「……バリア」

「レイズ。エクスヒール。……レイズ! レイズ! レイズ!」



 二人の勝負は決したが、PTの決着はまだついていない。努はすぐに進化ジョブを解放したゼノの狙いに気付き、光の流星が空で爆発する前にバリアで囲って不成立とした。それを見届けたゼノは慌ててレイズを乱打し、遂にバリアで囲い切れず空で爆発したところで蘇生されたコリナがむくりと起き上がる。



「……これは、どうする?」



 コリナにぶっ飛ばされてやけに軋む音が響くようになった鎧を着たガルムが合流してきたが、初の蘇生が起きたこともあり混乱したように尋ねる。



「ここからはゼノを中心とした乱戦だね。エイミーは……この場で完治は無理。もう口は開けないようにして。スキル出そうとしたらすぐ外れるよ。ハイヒール」

「んがっ」



 それでもせめて口は閉じられるように彼女の顎を手に持って応急処置的にくっつけた努は、拡声器を持ってフライで浮かぶ。まだ顎を砕かれた痛みがあるのか、はたまたゼノも蘇生出来ることが頭からすっぽ抜けていたことへの罪悪感か、エイミーの瞳から反射的に出た涙がぽろぽろと落ちる。



「アーミラ! ゼノがレイズ使ったから好きに狙え! 神龍化も!」

「っしゃぁ!! 全員ぶっ殺してやるぜぇぇぇ!!」



 ゼノのレイズにより戦場のヘイトは大きく動き、PTとしての均衡は崩れ乱戦へと発展した。

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