第634話 王族の末裔
異性との触れ合いが禁忌である神のダンジョン帰り、どの子にしようかなと娼婦のカタログを眺めている探索者たち。もしくは複雑骨折により回復スキルを使っても修復に一週間かかり、ようやく人の手を借りずに外へ出た時。
そういった抑圧からの解放により人間は幸福感を得られる。暗黒騎士のホムラにとってその抑圧は死に近い状態でモンスターからの攻撃を凌ぐことであり、解放は死んで蘇生されることだった。
それに死が解放とは言え死にかけの綱渡り状態を維持して戦いを終えて回復されるのもやってやった感を味わえるので、暗黒騎士でのタンクはホムラの天職と言えた。そんな彼女にとって千羽鶴は全てを出し切れる恰好の相手だった。
ウルフォディアとの死闘も初めは楽しかったものの、蘇生によるゾンビ戦法が使えないのは頂けなかった。それに半年近く戦うと流石に飽きが生じていたので、ウルフォディアぶりに勝てる気のしない千羽鶴を相手にするのは燃えた。
ホムラは千羽鶴とその周辺の式神:鶴のヘイトを大いに引き受けていたが、死の際を維持することで暗黒騎士の特性を引き出し凌いでいた。そして最後にはその身にモンスターの攻撃を受けヘイトをある程度消化してから死ぬことで、ボロ雑巾のような身体を蘇生させて戦場に舞い戻る。
「ホムラ、撤退だ。これ以上はヘイトが抱えきれん」
「えー?」
「もう好きなだけ死んだろ。引き際だ」
だがそんな戦闘もヒーラーであるカムラの判断もあり中断せざるを得なかった。蘇生されたホムラは不満の声を漏らしながら装備を整え、死に物狂いで式神:鶴を捌いているルークたちを一瞥する。
自分と同じタンクであるセレンは式神:鶴から矢継ぎ早に放たれている光線を大きな眼鏡を通して見定め、盾で次々払うようにパリィして見事に相殺していた。
アタッカーのソーヴァは何やらワイヤーのような武具で式神:鶴を纏めて光線を一方向に纏め、召喚士のルークは五匹の式神:兎のてしてし風弾でとにかく数を減らしている。その戦線はまだ崩壊はしていない。
「もうちょい遊べそうじゃなーい?」
「ルークたちも俺の想定はもう超えている。抑えろ」
「あーね。自我を抑えるってやつ? 今流行りの」
「…………」
とある白魔導士が進化ジョブに呑まれる探索者を揶揄して言い出した単語。彼の信者と迷宮マニアが使うことで徐々に浸透していたその単語にカムラは切れ長の目を辟易したように細めた。
それからは千羽鶴の討伐を諦めて撤退の準備を始め、カムホム兄妹がヘイトを受け持ち手数の多いルークが援護に回った。抗議でもするように空中を叩く式神:兎が死をも恐れず飛び出していき、時間を稼いでいく。
「いやぁー! えっちー!」
「やかましいですよ」
その間にセレンとソーヴァは塵も残らないであろうカムラとルークから装備とマジックバッグを回収し、ロストしないよう帰還の黒門を目指す。その際にローブを剥ぎ取られて敗者の服を着せられたルークが喚き、セレンは淡々と装備をマジックバッグに放り込んでいく。
ホムラへ祈りスキルの下準備を済ませ、修道服のような刻印装備を脱いで敗者の服に着替えたカムラはそんなセレンに声を掛ける。
「妹の我儘に付き合わせて悪かったな」
「その検証はまた後できっちりと」
ろくに支援も寄越さないシスコンが、ぶっ殺すぞ? そう言わんばかりの目でカムラを眼鏡越しに見つめたセレンは、ルークの装備回収を終えてその場を離脱した。
その様子を見ていたソーヴァはにやけ面でカムラと視線を合わせておどけた後、殿よろしくと告げてセレンを追いかけた。
ロスト対策の囮としてその場に残り最後の魔石を使い切って時間稼ぎに徹したルークは、今も尚増え続ける式神:鶴が空を覆う絶望的な状況を眺めて空笑いした。そこに単身で穴を開けて暴れ散らかしているホムラ、そして自分と同じく終活を終えているカムラを見やる。
「実質2人PTと3人PTみたいなもんだったね、セレンが怒るのも無理ないよ」
「そうだな。だがこれでホムラの全力は知らしめられただろう。あれは十全に活用すべきだと思わないか?」
刻印装備を外す前に祈禱師のカムラが事前に準備した祈りが叶い、ホムラを死の際に踏み止まらせる。その暴れぶりは帝都最強のアタッカーと名高いロイドにも匹敵し、迷宮都市のタンクでも一、二を争うことは間違いない。
そんなカムラの自信を持った問いかけにルークは目を丸くした後、からからと笑った。
「不死鳥のヴァイスに蠱毒のミナ。他にも王族に近しい種族なんて言われてる金狼人、神に仕える竜人、
「……所詮、ユニークスキル持ちには勝てないと?」
「だからこそ、5人のPTメンバーで精進するんだよ。単純な個人の力比べじゃ、ユニークスキルあるかないかは大きいでしょ?」
のれんのように垂れさがる千の鶴から顔を覗かせている巨大鶴は、その口先から発した光線で遂にホムラを穿つ。そして落ちる彼女に追撃を放った後、二人にその無機質な顔を向ける。
「……ま、ユニークスキルを持ってない人でもえげつない人はいるけど、そういう人は大体血統か育った環境がおかしいし」
最年少でエルフの里一番の弓使いとなった100歳の若輩者など人間からすれば理不尽他ならず、バーベンベルク家の長男長女まで出てくる始末。その中でも異質な存在である迷宮都市の100階層初突破のPTリーダーである彼は、神の子なのではないかと噂されるほどだ。
そもそもあれだけ文字を読み書きできて四則演算もお手の物なことからして孤児上がりなど有り得ないが、その出自は警備団やバーベンベルク家でも掴めていない。ならば一体何処から湧き出たのか。
森の薬屋のエルフも生まれていない遥か昔。エルフ、ドワーフ、獣人、魚人などには種族ごとにいくつもの言語が存在した。だが王族による大魔法により全ての言語は統一され、種族間でも容易な会話が可能になったと伝えられている。
今となっては血統を重ねた限界を迎えその大魔法を喪失した王族。ツトムはその末裔なのではないかとルークは睨んでいた。そう考えるとバーベンベルク家が努の出自を掴めない、もしくは敢えて掴まないのも納得がいく。それに彼の貴族に対する態度も不敬そのものであるが、王族であれば辻褄が合う。
ルークからしても神の子なんて陰謀論よりはこちらの説の方が現実的であり、何だか子供の頃に見た物語みたいでロマンがある。王がお忍びで街に降りてきて民の生活に触れるなんてのは王道だ。そんなお忍び王族と猥談できていると考えるだけで大興奮ものである。
「本当に自分たち二人だけで一軍と無限の輪に勝てるのか。実際にツトム君たちと競ってみて精々嚙み締め――」
ルークがそんな決め台詞を発しようとした時。千羽鶴の巨大光線が飛来し二人は痛みを感じる間もなく塵となった。
そしてギルドの黒門から吐き出され受け身も取れずに二人が倒れ込む中、カムラは打ち付けた肩を押さえながらうつ伏せのルークを見下ろす。
「……ルークは、あいつのファンか何かなのか?」
「元ファンで、今は猥談仲間だよっ。いたたっ」
鼻を床に打って痛そうにしているルーク。あのロイドからよくこんな大手クランを保たせていたなと評価されていた彼の言葉を、カムラは留意した。
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