第633話 狼の光るの来い!
四番台に映るシルバービーストのユニスPTは帝階層まで足を進めてからはクロアとソニアが入れ替わり、PT合わせを始めていた。ただソニアは灰魔導士という性質とシルバービースト育ちということもあり、すんなりとPTに馴染んでいた。
そんなシルバービーストのPTを見たガルムは食事の手を止めた。
「帝階層に本腰を入れたPTになったとはいえ、あそこまで勢いづくのは異常だな。全員頭にヒールでもしているのか」
シルバービーストのPTメンバーも上位台に顔を覗かせている中堅の探索者同様、年数に裏打ちされた実力は持っている。だがそれでもアルドレットクロウや無限の輪と並ぼうという気概を持ち合わせてはいなかった。
「早く追いつくですよー」
ユニスはそんな中堅探索者たちを先導し、びしばしと尻を叩いて進ませていた。時には弱音を吐くアタッカーを振り返りの話し合いで励まし、死を繰り返し自信を失ったタンクには入念な支援回復にその者に応じてカスタマイズした刻印装備を自ら作って手渡した。
表舞台に出ながら裏方をもこなすユニスの稼働量は異常であるが、彼女がそうなった理由はPTメンバーでなくとも想像はつく。勿論ユニスに励まされたという側面こそあるが、大半のPTメンバーはその恋路を応援してやるかと後押しするように探索の熱を上げていた。
「一体何が。皆目見当もつかん、とは言うまいな」
ステファニーを追い込むためにユニスを撫で繰り回していた張本人をガルムはじっと見つめる。そんな彼の視線に努はとぼけるように舌で内頬をぐりぐりした。
「ユニスが精神を壊して神のダンジョンに潜れなくなっても知らんぞ」
「えぇ……? 僕のせいになるの?」
「責任の一端はあるだろう。ステファニーとは逆方向だが狂っているぞ、あれも」
神台に映るユニスの目には新たな階層である帝階層攻略による名誉や報酬への期待は欠片もなく、動画機の納品によるバーベンベルク家からの栄誉で満足することもない。そんなことよりもう一度。もう一度あの手に。
「実際、あぁなると怖いよーユニスは。そもそもツトムを探してそこら中旅してるのもおかしな話だし」
「それな。ユニスのPT、俺より凄くねー?」
そうぼやきながら肩でも組むように努の横にしゃがみこんできた、狼耳にピアスを付けているちゃらちゃらとした輩。深夜の神台でルークと一緒にいることが散見される男に努はそろりと横目を向ける。
「ここで元夫が割り込んでくるの、流石に怖いんだけど」
「いや、他意はないぞ! マジで! あと籍は入れてねぇ!」
バンドマンみたいに長かった金髪を以前のようにバッサリと短髪にしていたレオンは、そう弁明しつつ努に席を詰めるよう金色の尾で横腹をぺしぺし叩いた。
「長話するつもりはないよ。食事が終わったらPTで話し合ってまた帝階層潜るんで」
「ちぇー。釣れないねぇ」
「そうっすよ師匠! せっかくの! せっかくの、あのー、交流の機会っすよ! 金色の調べも最近、師匠の刻印装備で頑張ってるって噂っす!」
「黙れ、戦犯が。怒られるのを先延ばしにしたいだけだろ」
「う゛っ」
「ま、たまにはいいだろ。俺も大剣士の奴に話を聞きてぇしな」
その悪い予想が確定してしまったことでハンナが撃たれたような声を上げたが、アーミラも努を越す身長のある見ない顔の大剣士に興味を持っていたので軽く援護した。
「ギルド長の娘に興味を持たれるとは、光栄だねぇ?」
「ほら、詰めろツトムっ。おらおらっ」
「ツトム、連行だっ!」
「やめて」
レオンからはばしばしと金色の尻尾で叩かれ、隣のエイミーには手錠のように白い尾を手首に巻かれて奥に引っ張られる。それから金色の調べのPTメンバーがじゃんけんで席順を決め、レオンの隣にはヒーラーのミルウェー、正面にはタンクのバルバラが陣取った。
(そういえばユニス信者だったっけ)
以前のユニスほど露骨な態度こそ出さないものの、金色の調べの一軍ヒーラーであるミルウェーはレオン越しでも何か腹に据えかねていることは察せた。
そんな彼女とは視線を合わせないようにしつつ、努はガルムと並んでも違和感のない
「二人並ぶと壮観だね」
「刻印装備もちょっと似てますもんね。ツトムさんが作ったから当然でしょうけど」
「更新したくなったら遠慮せず持ち込んできて下さいね。希望の刻印もあれば聞きますよ」
「……なーんかバルバラにだけ優しくねぇ?」
「そーだそーだー」
孫でも相手にしているような努の優しい態度にレオンは訝しみ、エイミーは同意の声を上げた。
「一応古い知り合いだからね。三種の役割教えた中でも初期のタンクだし、その人がここまで探索者続けてるのはなんか嬉しいんだよね。僕としては」
「私はその当時ただそこにいただけなんですが、お陰様で何かと得してますね。すみません」
当初はガルムと違いクリティカル判定を避けることすら出来ない不出来なタンクもいいところだったが、今となっては金色の調べの中でも優れたタンクとして探索者を続けている。そのギャップもあってかバルバラに対しての好感度は割と高かった。
「それにもう子持ちでしょ? 人の家庭を壊す趣味はないよ」
「じゃあもし子供がいなかったらどうなんだよ」
「いいなぁ。バルバラさんみたいなお嫁さんいて。これでいいですか」
「悪い気はしない!」
「もうヒールしてやらんぞ」
「それとこれとは話が別じゃんか! さっ! 昔話でもしようぜ!」
深夜の神台市場でたまたまレオンと出会った時、股間にヒールされてから調子が良いとルークから聞いていた彼は努に是非お願いしたいと懇願していた。
50人子供が出来ても未だ生まれない悲願の金狼人。そのためにレオンは様々な手法を片っ端から試していて、切実な願いではあったので努は願掛けに過ぎないと釘を打ってからヒールを飛ばした過去がある。そしてその願掛けは今も尚続いていた。
そんなこんなでレオンとバルバラ、ガルムとエイミーも混じって三種の役割の昔話に花を咲かせた後、彼の視線は四番台に戻る。
「その中じゃユニスも手のかかる生徒扱いだっただろうに、今は動画機をバーベンベルク家に納品して帝階層だぜ? 夢があるよなー」
「一体誰が誑かしたせいなんですかね。迷宮都市まで飛び出して」
「ははは……」
一応その誑かしで今はステファニーを追い込んでいることもあり、努はミルウェーからの追及に曖昧な笑みを浮かべるに留めた。その事情を考慮したのかレオンは話題を変えた。
「ユニスも凄いが、ステファニーはまたとんでもないことになっちゃったなー。ツトム、あれに勝つつもりなんだろ?」
一番台で今も千羽鶴相手に食らいついているステファニーPTは、まさに鬼気迫るといった表現がピッタリだった。師の愚行に怒髪天の彼女は言わずもがなだが、そんな狂信者に付き従う大剣士のラルケ、若木折られのディニエルも異様であった。
そんな狂気的な三人に呑まれることなく自身のセンスに従い支援を行う付与術師のポルクに、タンク一人でも三種の役割を成立させている縁の下の力持ちであるビットマン。PTとしての完成度も高い中、個人技も光る。
「新スキルのマジックロッド、悪くなさそうだね。操作の癖は大分強そうだけど」
ステファニーが178レベルに到達して習得したマジックロッドは、自身の杖をフライのように浮かせて操作するスキルである。それを用いてステファニーは刃のついた杖を自在に操り、式神:鶴を次々と切り裂いていた。
「七色の杖」
その宙に浮かせた状態で装備した杖によって変化する能力を引き出すスキルを使い、その杖は独りでに風刃を放ち暴れ狂い生成される式神:鶴を薙ぎ倒していく。
「少なくともレベルは追いつかないと付いていけないね。レベリング頑張ろうか」
「警備団のお古、使いたくねぇな」
「かといってまた一からレベリング刻印作るのもね……。今のレベルじゃ気が遠い作業だから作りたくない」
経験値UP(小)(中)の二つを組み合わせたレベリング装備は警備団に貸し出しボロ雑巾の如く使われているため、既に古着のような状態になっている。だがまた一から作るのは手間が掛かりすぎるので、ユニスでも誑かして作らせる他ないだろう。
「ルークのPTは、やっぱカムホム兄妹がすげぇな。あれにも勝てんのか?」
流石ウルフォディアを二人だけで突破したこともあってか、暗黒騎士のホムラはカムラの支援回復を受け千羽鶴を相手にしても早々に死ぬことがない。それにカムラ自身も前に出て彼女の死角をフォローする様はまさに阿吽の呼吸であり、ヒーラーとタンクの理想形といってもいいくらいだ。
(ただ、それで三人が置いてけぼりっていうのがな。ウルフォディア突破で成功した分、余計に視野が狭まってる。セレンが泣いてます)
支援回復を切らすミスこそしないが、ホムラに力をかけているので他の三人には最低限しか回ってこない。そのしわ寄せはもう一人のタンクであるセレンが背負う羽目になる。特に千羽鶴のような乱戦ではそれが顕著に現れ、如何に彼女のパリィがガルムに匹敵するとはいえ限度がある。
そして召喚士のルークや器用なソーヴァがそれをなまじフォローできてしまう分、PTとしては機能してしまう。その見えづらい綻びが存在するだけ、二軍は対処しようがある。
(ステファニー、神がかってない? DPSチェック相手に善戦するなよ)
だがステファニーにはその綻びすら見られない。それどころか新たなスキルまでいつの間にか実用レベルまで開拓している様を見た努は、レオンの問いに答えない他なかった。
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