第623話 噴火

 神の眼がない間にディニエルとの密談を済ませた努たちは、その後にアーミラと合流した。



「いや、あんな因縁つけて負けとるんかい」

「うるせぇ! 何だあのスキル!」



 死なねぇ程度に付き合えやとラルケに息巻いて勝負を挑んでいたアーミラは、右腕右足を斬り飛ばされて戦闘不能に陥っていた。既に緑ポーションでその傷を癒していた彼女は努に抗議するように二の腕から先が無くなっている右腕を動かしている。



「一刀波? でそれはもう綺麗にスパーンとやられてたね。にしても対人経験凄くないあの子?」

「中堅探索者はあんなもんじゃない? 深淵階層を攻略できなかった間は対人戦か、外のダンジョンで討伐したモンスターの解体に精を出すしかなかったみたいだし」

「それじゃ、私も帰る」

「じゃあね」



 努は平然と落ちているアーミラの切断された手足を見て倫理観が消えていくのを感じながら、ディニエルに目も合わせず別れを告げた。そんな彼女とエイミーは一瞬目を合わせた後、ひらひらと手を振って見送る。



「ディニエル! こっちに帰ってくる約束忘れちゃ駄目っすからね!!」

「…………」

「……一応音声は切ってるけど、何かあったことはバレるだろうね」



 ディニエルは神の眼もあってか特に何も話すことなくその場から立ち去ろうとしたが、そんなハンナの確認もあって台無しとなった。エイミーはそうなることを予測して神の眼の音声を即座に切っていたが、一番台を見ている観衆からすれば怪しさ満点である。



「人の立場を考える頭もない」

「……?」



 ディニエルは去り際にそう言い残して去っていき、ハンナはよくわからず首を傾げている。努はエイミーにまだ神の眼の音声が切られていることを確認した後、軽くため息をついた。



「ハンナがまた余計なことを言う前に一旦帰って一番台渡そっか。アーミラも怪我してるし」

「自殺してレイズすりゃすぐ復帰できんだろ」

「嫌だね。僕までそれを求められるようになったらたまったもんじゃない」

「贅沢なこった」

「それに僕が根回ししなきゃいけないことも出来たからね。下手に騒ぎになってからじゃ面倒だし」



 ステファニーへのくさびのこともあるので一旦出直すことを決めた努は、フライでバランスを取るように立ち上がったアーミラをガルムに背負わせようとした。それに彼女は不満の声を漏らす。



「おい、ツトムが背負えよ。鎧着たガルムに背負われるといてぇだろ」

「贅沢なこったね」

「そーだそーだー。どうせもう黒門に帰るだけだし、わたしが背負うよ」

「俺は別にいいけどよ。もしお前が同じ状況になったら俺もそうするぞ?」

「……しょうがないなぁ~~~」



 何やらある種の同盟契約を結んでいる二人に努はにゃあを忘れてると突っ込みたい気持ちを抑えつつ、さして時間もないのでアーミラを背負ってすぐにギルドへと帰った。



「タイミング悪いなぁ」



 ギルドに戻って五体満足となり一番台に映るラルケを目の敵にしているアーミラを横目に、努は十二番台に映っている骸骨船長と戦闘中のユニスPTを見てそう嘆いた。


 一番台には先ほどのやり取りもあってかハイになっている様子のステファニーとラルケが、中央に鎮座する巨大な社に向かっていた。二番台のカムラPTは既にその社に入り、最上階に巣食っている色折り神が生み出した式神を倒し階段を上がって進んでいる。



「PT契約解除したら今日はもう解散でいいよ。色折り神の詳細は今日にでも纏まるだろうし、それを基にまずはあの2PTと勝負だね」

「一応コリナたちも仮想敵ではあるよね?」

「まぁそうだけど、最悪あれに負けてもディニエルは許してくれそうじゃない。試合に負けて勝負に勝った的な」

「かもねー。ま、ソニア抜けてクロアちゃん入ってからどうなるかわからないし、あっちも大変かもねー」



 三番台に映る無限の輪PTを見て目を細めているエイミーと会話しつつ、努はギルドの受付でPT解除を済ませた。


 アーミラはラルケとの模擬戦で想定外の一刀波により完敗したのが悔しかったのか、ギルドが取り纏めて募集している対人戦の予約に向かった。それにハンナも付き添い、ガルムは離れても問題ないか努に一声かけた後にギルドを出ていった。



「せっかくの機会だしユニス動画機持ち帰ってきてくれないかなー。ちょっとでも触りたいよー」

「他と違って攻略も進んでるみたいだし普通に有り得るね。そうなると話が余計にややこしくなりそうだから面倒だけど」

「他はまだまだ厳しそうだねぇ。ディニちゃんたちでも手こずってたし、攻略に一週間くらいはかかるかな?」

「有望なPTはもう無難ルートに入っちゃってるしねー。あそこから不仲ルートに入るのはもう無理そう」



 まだ169階層まで辿り着いていなかったPTはラルケ式で骸骨船長と不仲になることに成功し、今は宝煌龍の宝石全納品に精を出している。


 だが170階層まで辿り着き無限の輪やアルドレットクロウのような無難ルートを後追いしていたPTは、宝煌龍の宝石納品を終えているのでそこから不仲ルートに移行することは不可能に近い。



「でもユニスたちも条件的にはどうなのかね? 宝煌龍の宝石自体はそこまで納品してないし、単に刻印で強くなってるから動画機は出ないパターンもあるよね」

「類を見ない例ではあるから流石に何かしらありそうだけどね。もしかしたら神台生み出す魔道具ドロップとかもあったり?」

「もしそうなったらギルドに接収されそう……」



 ユニスPTは飛行船への刻印もあってか骸骨船長との関係が元々は良好であり、宝煌龍の宝石全納品による強化であそこまで手強くなったわけではない。とはいえ巨大ミミックに食わせようとして反転不仲ルートには入った様子だったので、努の見立てでは何かしらのボーナス報酬は期待できるレベルである。



「頼む~。さっさと全滅して帰ってきてくれ~。変にドロップ品目当ての密談って噂されるのも困るんだよ~」

「変な密談持ちかけることに変わりはないと思うけどね~」



 努がユニスに行う根回しについてあらかた検討のついているエイミーは、借金を申し出るヒモ男でも見るような目で彼を見つめるに留めた。



 ――▽▽――



 その翌日。黒門に南京錠のかかった175階層についての詳細はアルドレットクロウPTの探索風景で明らかとなった。


 帝階層に共通して存在する巨大社。今までは中身がすかすかだったその場所は175階層に限り数多くの式神たちが集結しており、望遠鏡を用いて頂上を良く見ればそこだけ外観が紙に置き換えられていることも確認できた。


 そんな巨大社の頂上に何かがいることは明確であるが、フライで近づこうとすると巣を守る働き蜂のように式神:鶴が飛び出してくる。それに前日ステファニーPTが死ぬこと前提で強行突破しようとしたところ、巨大社から千羽鶴が出現しその圧倒的な物量を前に全滅を喫した。


 そのことからしてフライによる頂上へのスキップはほぼ不可能であるため、カムラPTのように巨大社の内部から着実に進んでいく他ない。そのためステファニーPTも翌日からはその方針に切り替えていた。



「帝階層の中で更にダンジョン探索しているみたいで不思議ですわね」

「構造としては 深淵階層主に近い。あれよりはむしろ楽だけど」



 巨大社を十階ほど攻略してある程度の構造を把握したステファニーたちは、随分と昔に感じられる深淵階層主を思い出して懐かしんでいた。


 巨大社を昇るためには三室ある内の一室を通ってその先にある階段を上がっていく必要があるが、そこに必ずしもモンスターがいるとは限らない。それこそ部屋の中央に宝箱がポツンと置かれているだけだったり、セーフポイントもあったりする。



「昨日あれだけイカれていたのに、今日は随分と落ち着いてる」



 昨日は早く行きますわよ! と巨大社にフライで突っ込んでいたステファニーであったが、今日はかくも冷静に巨大社を着実に攻略している。それこそ昨日言われたようにあの滝みたいな鶴の軍勢にストリームアローを浴びせかける羽目になると思っていたディニエルは、意外そうに呟く。



「同じてつは踏みませんことよ」



 努が突如として姿を消した三年前。ステファニーは変に策を弄してユニスの弟子としての評価を貶めてやろうとしたところを、彼に見抜かれ下らないと評された。


 だからこそユニスを口先で貶めてやろうとは思わない。それよりも無限の輪をこの帝階層で下し弟子としての実力を師に認めさせる方が遥かに有益であり、ツトム様に対しても有効であることは理解していた。


 それに、とステファニーは少し不甲斐なさそうに肩を落とす。



「昨日のあれはあくまで甘えた弟子に発破をかけるためだけの発言だったと思います。まんまと乱されてしまいお恥ずかしい限りですが、冷静に考えればツトム様に限ってそんなことは有り得ません」

「どうかな」



 更に発破をかけようとしたディニエルを彼女は軽く鼻で笑った。



「ディニエル。貴女が無限の輪に戻れることが何よりの証明でしょう? ツトム様本人から大きな不興を買っていても、その実力を認められているから戻ることを許された。それがヒーラーのことともなれば猶更です」

「どうかな」

「安心して下さいませ。その気遣いこそ理解しましたが、手を抜く気は毛頭ございません。全力でぶつかって他のPT共々蹴散らします」



 三年間いなくなっていた師がブランクを抱えつつも、それを気遣う弟子にかかってこいと啖呵を切る。それを越えてやらないで何が弟子か。同じく行方知らずだったあの狐はまだしも、迷宮都市に残っていた自分が逃げるわけにはいかない。



「元々ツトム様に実力をお見せしたいとは思っていました。それが帝階層を通じてしのぎを削ることに変わっただけに過ぎません。……もう、お一人にはさせませんわ」



 来たる200階層では自分が初突破を果たし、師が不甲斐ないヒーラーに絶望して引退しないようにする。ヒーラーとして突出してるが故の孤独についてこの三年間で自覚させられていたステファニーは、今度は自分がそれを埋める番だと役目を果たそうとしていた。


 そんな気概を宣言したステファニーPTはその後29階まで進んで頂上が目前というところで撤退し、一度休憩を挟むためにギルドへ帰還した。巨大社の仕様についてはある程度理解したので、夜からの攻略で頂上に挑む予定である。



「ねぇ」

「?」

「あれ」



 そしてギルドで夕食を取り反省会をするために早速食堂へ向かおうとしたステファニーを、ディニエルがちょいちょいと止めてとある神台を指差す。


 帝階層にある桜の庭園らしき場所が映し出されている三番台。そこには無限の輪のアーミラとシルバービーストのクロアという槌士が模擬戦をしている姿が映し出されていた。


 そして四番台にはそれを観戦する面々が映し出されている。その中にいるユニスは努の足の間にすっぽりと挟まる形でヘッドマッサージを受けていた。ステファニーの静まっていた湖が大きく揺れ始める。


 ユニスの表情こそ何やら不満げであるがその狐耳は主人にでも媚びるようにへにゃり、大きな尾はピンとしたり緩んだりと忙しない。そして努に顔を覗かれた彼女は恥ずかしがるように顔を俯かせた。



「……は?」



 ステファニーの湖が噴火した。

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