第620話 その面には眼鏡じゃん

「ビットマン気まずそー。みーんなツトム信者になっちゃった」



 夕方の休憩時間にギルドの神台で帝階層に進出したアルドレットクロウの一軍を観察していたルークは、そうぼやいた後にリンゴジュースで喉を潤す。


 アルドレットクロウの一軍には狂信者と言えるステファニーを筆頭に、若木折られのディニエルに脱走豚のポルクなど元から努と関わりのある者が多い。


 そして大剣士のラルケも先ほどステファニーによって信者に引きずり込まれてしまったので、努の息がかかっていないのはビットマンのみとなった。そんな彼に同情している様子のルークに、隣にいる秘書のような見た目をしたセレンはため息をつく。



「ラルケもツトムのことをなまじ知っていた分、妙に神格化していた部分はありましたからね。いつか教信者のステファニーに突かれてしまうとは思ってましたよ」

「どっちかというと邪神に近くない? 前のコリナみたいに怖がっていたというか」

「私はツトムとの取引は妥当なものだと思いましたが、悪魔との契約だと仰る方もいましたね。実際、奈落に落ちそうな方は既に見受けられます」



 不遇な時代が数年続き萎れていた中堅探索者の自尊心をむくむくさせる甘い言葉と、その甘言に現実味を持たせる強力な刻印装備の秘密売買。それに感激して信者化する者もいれば、ルークやセレンのようにあくまで努にも利益や目的のあるビジネスだと割り切る者もいた。



「下剋上を後押ししてくれたツトムに心酔する気持ちも少しはわかりますが、彼がその後も律儀に面倒を見てくれるわけではありませんからね。ラルケのように転げ落ちた時に助けてくれるのはあくまで自分たちのクランです」



 実際に努はラルケが骸骨船長の地雷を踏んで探索者としての進退が迫った時も静観し、彼女が潰れないよう行動したのはアルドレットクロウの一軍PTとマネージャーである。そこまで尻拭いをしてくれるほど彼は甘い存在ではない。



「ツトム君も自分が目を付けた全員が伸びる、なんて思ってないだろうしねー。何ならいくつかは潰れる前提でしょ」

「ノヴァレギオンはその典型でしょうね。勢いがある今はいいでしょうが、一度落ち目になれば転がり落ちるのも早い」

「でもセレンはツトム君から結構期待されてる方じゃない? 目がいいとかなんとか」

「所詮はガルムの下位互換ですよ」



 セレンはそう自虐しながら縁の細い眼鏡のズレを直す。その眼鏡は浮島階層産の装備であり、装着している間パリィの猶予時間を引き延ばすものだ。それにゼノ工房の職人が細かな紋様を施し努が刻印したことで更にその時間を引き延ばしている。



「私はあのワンちゃんよりセレンの方が好きだよ~。眼鏡なくなった時の慌てぶりも可愛いし」

「タンクは攻撃を受けた時に外れやすいからな。セレンは外れない方だろ。アタッカーの俺でも油断すると外れるぞ」



 そんなセレンのビジュアルがストライク圏内である暗黒騎士のホムラはその面を拝み、クリティカル率が増大する浮島階層産の伊達眼鏡を試していたソーヴァもそうフォローした。



「実際、パリィの成功率で見ればガルムと遜色なさそうだしね。ツトム君もあの調子でご機嫌だと思うよ?」



 ルークたちが休憩を取っている現在の一番台、二番台は無限の輪が独占し、桜の庭園で飲み会をしている姿が映し出されていた。夕日が差し込む桜が舞い散る中での宴会ではハンナが謎の踊りを披露し、ダリルもそれに付き合わされている。


 探索者からすれば一番台で呑気に飲み会かましてんじゃねぇぞという気持ちもあるからか、それを見る目は少し冷ややかだった。ただ神の眼にこだわりのあるゼノとエイミーが動かしているからか、退屈な映像垂れ流しというわけでもなかった。



「薬玉バフ、アンチテーゼのメディックで解除できるのか。なら白魔導士強いか?」

「アルドレットクロウも帝階層上がってきたし、祈禱師もカムラコリナだろ? どっちが勝つか見物すぎるな」

「ステファニーに追いかけられても余裕かましてられるかな?」

「ツトムの場合は、別の恐怖もありそうだけどな……」

「は? あのステファニーに追いかけられるとかご褒美すぎるだろ」

「お前は知らないのか、あの事件を……」



 ゼノやエイミーが時折帝階層の情報を振ってくれるので探索者からもそこまでヘイトを買うことはなく、三年前に起きたギルドでの騒ぎを知っている者は努に少し同情していた。



「帝階層で何処が最強なのかは決着つくだろうし、楽しみだね? カムラ君?」

「…………」



 そんな一番台を見てにこにこしているルークを、祈禱師のカムラは豆サラダを食べながら彼を冷めた目で見下ろした。そしてよく噛んで飲み込んだ後、一番台に視線を向ける。



「自分に力を与えてくれた悪魔とやらが落ちぶれるのがそんなに楽しみか?」

「いくら盤面をひっくり返した悪魔でも、人に征伐されないとは限らないでしょ? 勇者のPTメンバーとして僕も立ち向かうだけだよー」

「悪魔に魂を売った奴が土壇場で裏切るなんて、よくあるパターンだろ」

「最近の演劇だと逆パターンもありますぅ~」

「お兄ちゃん時代遅れ~」



 そんなルークと悪ノリしてきた妹に、カムラは金色の瞳を細めて無限の輪のヒーラー陣を眺める。



「周囲を持ち上げてちやほやされる年長者気取りにも、進化ジョブしか能のない祈禱師にも、特等席で見せてやる。それで嫌でも理解するだろ」



 無限の輪やアルドレットクロウの一軍が探索終わりにその姿を見られるよう、カムラPTは探索時間を夜の方にずらしていた。そして175階層でもその実力差を理解させる。それがルークの示したプランでもあった。



「ま、あとは直接ぶつかってみるしか道はないよね」

「まだ詰められるところはある。特にお前は召喚指針に好みを混ぜるな。モンスターの使い捨ては結構だが、スライムばっかに頼るな」

「へへぇ。よくお分かりで」

「セレンはガルムの下位互換だと認識してるならもっとパリィしろ。ツトムと同意見なのは気に食わねぇが、眼鏡込みでお前の目が良いのは事実だろ」

「最悪ミスっても私がいるしね~。気張りなよ~」



 休憩の食事と共に反省会もしていたカムラPTは、その後飲み会を終えた無限の輪PTと入れ替わるように帝階層へと潜った。

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