第598話 170階層主?戦 神台市場
「上位の神台、本格的に顔ぶれ変わっちまったなぁ」
「同じ面子に飽き飽きしてたとはいえ、いざいなくなると寂しいもんだな」
いつものように神台市場を訪れ1番台から10番台までざっと見て回った犬人眼鏡迷宮マニアの呟きに、猫人の同業者が同意する。
未だにウルフォディアを突破できていない元最前線組は帝都の遠征に向かってしまったため、その見慣れた探索者たちはもう下位の神台ですら見ることは叶わない。
そんな中でも上位の神台に映るのはお馴染みのアルドレットクロウ、シルバービースト、無限の輪。そしてバーベンベルク家のスミスが設立したクランであるアルムフォートレス。努の刻印装備で上がった中堅クランの中でも頭一つ抜けているノヴァレギオン。
トップ3の番台を争っているのは無限の輪のPT二つと、シルバービーストのユニスPTである。ステファニー率いるアルドレットクロウは骸骨船長との関係値が最悪なため、ようやく168階層を超えたところなので4番台付近に留まっている。
その下ではアルドレットクロウの一軍を虎視眈々と狙っているカムホム兄妹PTや、シルバービースト、アルムフォートレス、ノヴァレギオンの面々が牙を研いでいる。ちなみにバーベンベルク家の長男であるスミスは現在帝都に遠征中で、スオウは迷宮都市の防衛も兼ねたお留守番である。
そんなクランの面々が映る神台を一瞥した迷宮マニアは、1番台に映る眼福PTを眺める。
「単に仲良しこよしでも無理そうだな」
「何とは言わんが、悪意を感じる……」
「はい、神への冒涜」
ユニスPTは先日からモンスター化しかけている骸骨船長をどうにかしようとしているが、解決の糸口は掴めていない。明日も明後日もこの調子ではもうおてて繋いで黒門というわけにはいかないだろうが、情の厚いユニスPTに果たしてその選択ができるかは疑問である。
「こうなると逆にステフPTはさっぱりいけそうだよな。ノリノリで殺しにくるんじゃね?」
「168階層で苦労した分、階層主戦は単純に突破できそうだよな。ま、宝煌龍の宝物納品でも苦労はしそうだが」
「採掘に協力まではしてくれそうだけど、障壁は絶対張らなそうだよな。ブレスどうすんだろ。バリアでいけるか?」
骸骨船長の協力が得られずステファニーPTは海賊船レースで大幅に出遅れ、宝煌龍の瞳納品でも採掘速度や障壁が使用できない観点から苦労する未来が窺える。とはいえユニスPTのように階層主化せずグダグダにはならなそうなので、単純な実力勝負で一番台に返り咲くことも夢ではない。
「あとは無難な対応になった無限の輪がどうなるかだな。美味しいとこ取りなるか」
「とはいえ、どっちに転ぼうが容赦なくやりそうだよな。特にリーレイアPT」
「タンク陣はまだしも、その他がな……」
復帰して早々に刻印騒動を起こし最近でも紅魔団のドワーフに趣味で作ってろと煽り散らかしたらしい努に、蛇のようなねちっこさが評判なリーレイアは言わずもがなだ。それにソニアも元々育ちが悪く悪臭食いでもあるため、ドブネズミのように敬遠されがちである。
「相変わらず、ちょっと潜る時間早いんだよなー」
「仕事早めに切り上げたからいいけどさー。ちょっと不親切だよねー。休日とはいえさー」
そんなリーレイアPTが170階層に潜るとそれは1番台に映し出された。そして骸骨船長の砲撃で水晶体が破壊されていく様を眺めながら、まだおやつの時間に何とか間に合わせてきた観衆は急いで1番台周辺の席に陣取る。
ここ最近はギルド第二支部の周辺にも神台市場が形成されたため、観衆は分散され多少は混雑もマシになった。なので障壁席こそ満員だが指定席と自由席もちらほらと空きがあり、交通整備の警備団はにっこりである。
「やっぱりユニスPTに比べると見劣りするよな、飛行船」
「骸骨船長との関係もあるだろうけど、刻印したら変わるのかな? あっ、すみませーん。大人のアイス一つ下さい」
迷宮マニアたちは飛行船の採掘速度や障壁の違いについて話しながらも、でかでかとアイスクリームの刺繍が入ったマジックバッグを背負っているお姉さんに声をかけた。そしてカップに入ったバニラアイスを買い、そこにリキュールをかけてもらった。
「まぁ安定してるな。瞳までは余裕だろ」
「ダリルもマシになってきたなぁ。ウルフォディア戦の時はこれからどうなることかと思ったぜ」
「ツトムに重いの仕込まれちゃったねぇ」
「ゴーレム相手によくパリィするな。普通に避けた方がよくね?」
「ゼノみたいに魅せてるわけでもなさそうだし、あれが騎士の最適解なのかなー。ミスったら結構痛いはずだけど」
「早くあの骸骨階層主にならないかなー」
「ステファニーPTのはまだしも、あれはまともな方でしょ……」
飛行船が採掘している間の防衛戦は特に手こずることもなく、次々と湧く水晶体を倒していく様が映し出されていた。それに観衆たちはやいのやいの言いながら、異様に長いポテトやホットドッグなど定番グルメを食べている。
「うわ、見た? あのメディック」
「いや、くくくっ。ソニアめっちゃ顔曇ってるじゃん。おもしろ」
「ぶっちゃけよくわからなかったけど、あの反応からしてあそこはヒールしなくて良かった感じか」
努とソニアの回復ラインによるヒーラー格付けの様子は、彼女の露骨に曇った顔がピンポイントで抜かれたことで素人目でもわかりやすく話題を呼んでいた。
「単純に自分のお気に入りワンちゃんにちょっかいかけられたのが不快だっただけ説」
「姑かよ。いや、姑はツトムの方か?」
「元々はツトムの方が飼い主なんです~。用済みねずみは帰ってくださ~い」
「その飼い犬を3年間野放しにしてた飼い主はどこのどいつだい」
「今のはヒールじゃなくてメディックなんだ。刻印装備で感覚ズレてるのかな」
そうこう話している内に戦闘が終わった後、そんな飼い主同士の会話もあってかガルムを取り合う話題は白熱していた。
「骨のある奴、結構いるんだよね」
「骸骨船長、割と自分の状況把握してるよな」
「ツトムのところも怪しい雰囲気出てきたぞ……」
「今のPTリーダーはリーレイアだから、リーレイアのところな」
「うざ」
「おー! じゃねぇんだよな」
そしていよいよ本命である宝煌龍の瞳を入手するために飛行船は航路を変え、頭の方へと向かっていく。これからどうなるのかと観衆がわくわくした様子でざわついている中、骸骨船長の採掘説明が始まる。
「リーレイアだけは骸骨船長からちょっと認識され始めてるよな。姐さん言われてるし」
「その任された背中を刺しに行くんだよなぁ……その姐さんは」
「流石にツトムよりは情あるだろ。精霊術士だし」
そんなリーレイアは努を含め四大精霊と契約を交わし、その身に精霊輪を降臨させた。その見慣れないスキルに観衆はざわめき、迷宮マニアは物珍し気に見つめた。
「エレメンタルフォース、ここで使うのか? 最後のダメ押し記念にしか使われないイメージだけど」
「契約したばっかりなのに勿体ない。ツトムのウンディーネノーム博覧会やらないか? 舐め回すようなアングルで撮れば深夜の神台でぼろ儲けできそう」
「……まぁ、ウンディーネはまだしも、ノームがあそこまで男に媚び媚びなのは中々見ないよね。俺も相性そこそこいいから多少は融通利くけど、あそこまではないよ」
「そんな下らないこと言ってないで、エレメンタルフォースについて解説してくれない……?」
女友達にそう突っ込まれている迷宮マニアに賞賛の目を送りつつ、精霊術士である120レベルの探索者が解説を始める。
「エレメンタルフォースは端的に言うと、PTメンバー1人を生贄にして精霊術士を強化するロマンスキルだね。精霊術士はステータス上昇とエレメンタル系のスキルが開放されて使えるようになるけど、その消費精神力はあの天使みたいな輪が付いた人が先に受け持つようになる」
「へー。ってことはそれに見合う強さは得られないわけ?」
「精霊術士は見合うと言うが、他の探索者は見合わないと言うのが大多数だ。迷宮マニアからしてもPT全体で見ると弱いっていうのが一般的な意見かな」
そんな迷宮マニアの補足に精霊術士の男は困ったような笑みを浮かべる。
「……まぁ、俺としても二人分のアタッカーを担える自信はないけどさ? でももっと使えて練度が上がれば活躍できる気もするんだよ。エレメンタル系のスキルが強いのは間違いないし」
「そうして幾多もの精霊術士PTはトラブルを起こし、解散していくのであった……」
「やめろ」
お前は青ポでも飲んで精霊奴隷しとけ。いくら建前を並べようがエレメンタルフォースはそういった類のスキルであるため、当然契約者に選ばれたPTメンバーは良い顔をしない。
精霊奴隷をやるくらいならPTから抜けると言われてしまえば、精霊術士は契約を強要することは出来ない。それに頭の精霊輪を割るなり、しばらく精神力を供給しなければエレメンタルフォースは解除されてしまう。
「いいなぁ、エレメンタルブラストいいなぁ。上位台で使えるだけで精霊術士からすればありがたすぎるよ。代わりに私生活で奴隷になるからやらせてほしい」
「ギルドじゃ今頃精霊術士たち大騒ぎだろうな。なんならリーレイア、エレメンタルフォース使うって事前共有でもしてそうだし」
「……実際、ツトムって精神力消費はかなり無茶できる素質あるから、精霊奴隷向いてるよな。進化ジョブ回して青ポ飲めば多少持つんじゃね?」
「あと刻印装備な。あれがあるの前提だから他とは違うし、まだ参考にはならんだろ」
「とはいえそろそろ追いつきそうじゃね? シルバービーストの工房で50レベル出たって噂だぞ」
神台市場には精霊術士がそこまでいないため、エレメンタルフォースに対しては物珍しいスキルとして扱われてある意味盛り上がってはいた。そして見慣れないが派手な四色の魔法弾が飛び交う様に感心の歓声が流れていた。
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