第597話 ごちそうさまが、聞こえなーい

「エレメンタルバーストッ!!」



 リーレイアの背中側に浮遊している精霊輪は彼女の呼びかけに答え、頭上に浮かび上がり四属性の魔法攻撃が融合した光線を放つ。宝煌龍の瞳に手がつけられている間は無限に湧く水晶体。だが彼女の有り余る火力によりその生成が追いついていない。



「コンバットクライ」

「ウォーリアーハウル」



 そこまでの成果をリーレイアが挙げられているのは、アタッカーがモンスターを倒しやすいようにヘイトを取りながらも良い位置に纏め上げている二人のタンク。



「メディック、エクスプロージョン。……ストレングス。炎蛇」



 灰魔導士として様々なスキルを扱い支援回復や援護射撃が的確で、痒い所に手が届くソニアの存在も大きい。今回はソニアも進化ジョブを回し援護射撃を中心としているが、火力を出しつつSTRの上がるストレングスなどのバフをリーレイアに欠かさず送っている気配りは彼女ならではだ。



「エレメンタルブースト」



 三秒間無敵となりその間はVIT値がAGIに加算され風のように速くなるスキルを使い、ヘイトを買った十数体のコアを破壊して回る。検証段階では精神力の観点から割に合わないと判断されていたそのスキルは既に何回も使っているが、未だに彼女の精神力が半分を下回ることはない。



「ハイヒール……ヒール」



 それは努が白魔導士としてタンク陣を回復して進化条件を満たし、その精神力のほとんどをリーレイアに捧げているからこそである。そしてゼノみたいに大袈裟な進化演出を披露した彼は、モンスターへの一定ダメージを稼ぐために棍棒みたいな杖を持って前に出る。


 本来ならば進化ジョブにより変化した攻撃スキルで解除条件を満たすのが一般的だが、努は不慣れな近接戦でそのダメージを稼いで進化ジョブを解除していた。幸い水晶体は打撃が有効的であり、ガルムやダリルも彼にヘイトが向かないよう気遣っているので安全に殴ることが出来ていた。



(なんと健気なことでしょう。精霊術士でも中々いませんよ)



 クランメンバーたちとの模擬戦でいくらかマシになったとはいえ、努の近接戦はリーレイアから見れば一般人がおたまで殴り掛かっているかのようだ。そんな彼の食えない性格に似つかわしくない徹底した奉仕の立ち回りに、彼女は舌を巻いていた。



(エレメンタルフォースがここまで持続するなんて初めてです。青ポーションを使ってもここまで持続させることは出来ませんでしたし、進化ジョブの精神力回復は必須ですね)



 リーレイアは精霊術士とエレメンタルフォースを契約し、採算度外視の青ポーション飲み放題でその状態を維持したことがある。だがそれでも今のように数十分維持することは不可能だった。


 青ポーションは高価であればあるほどその効用は大きくなり、内容量も削減される。森の薬屋のポーションが良い例で、細い試験管のような容量で絶大な効果を発揮する。ただ他の店のポーションで同じ効果を得ようとすれば、コップ一杯分は必要になる。


 一般的に怪我を治すなどの運用であれば特に問題は起きないが、精神力回復のために何度も青ポーションを飲用する探索者にとっては内容量の削減や味などは割と馬鹿にできない問題である。


 実際にエレメンタルフォースのために青ポーションを十本ほど無理やり飲んで精神力を維持した精霊術士は、それからしばらくは青い液体を見るだけで吐き気を催し受け付けなくなった。いくら精霊愛でゴリ押そうが一定量を超えると身体が一切受け付けず、飲んでもすぐ吐くようになり精神力回復の効果を得られなくなる。



(精霊術士では進化ジョブによる精神力回復も使えませんし……。精霊狂いに期待もできない。ですがツトムほど精神力を追い込んでヒーラーできる者も中々いませんし、精霊祭にはますます出すわけにはいかなくなりましたね)



 リーレイアがそう思いながら普段滅多に使えないエレメンタル系のスキルを使用して無双している最中、飛行船の方で動きがあった。



『ようやく取れそうだ! 取ったらさっさとずらかるぜ!』



 閉じられるまぶたと繋ぎ目を削った宝煌龍の瞳を三つ足のクレーンで掴んで引っ張り出そうとしている飛行船の下には、体液代わりの水銀がどろどろと流れ落ちている。


 そして瞳がクレーンによって引き抜かれたと同時、手榴弾のピンでも抜いたような音がした。


 宝煌龍は神のダンジョン内にある素材を採取できるオブジェクト扱いであるため、瞳を抜かれて体液を流しても横向きに滑空したまま身じろぎ一つしない。ただ瞳の引き抜きで何らかのトリガーを引いたのか、宝石まみれの煌びやかな口をゆっくりと開いた。



『ヤバそうな気配するぞー! 退避―!!』



 そんな骸骨船長の叫びと共に、努たちが足場にしていた宝煌龍の頬が揺らいで縦に動き始めた。その急激な地盤変化で水晶体たちが落下していき、ドロップしていた宝箱や刻印油も空中に投げ出されていく。


 それに努たちはフライで対応しつつ、落下しながらも道連れにしようとしてくる水晶体に捕まらないよう避けていく。飛行船は駆動機関を唸らせて滞空状態に入り、瞳を掴んでいるクレーンは鎖が全速力で巻かれる音と共に収納された。



「エレメンタルブースト、エレメンタル――」

「止めろ。飛行船戻るよ」



 瞳を取られた宝煌龍は態勢を変えた後に宝石のブレスをまき散らすため、一度飛行船に戻り障壁を張って守ってもらわなければならない。それを予期して最後にアタッカーとして気持ちよくなろうとしたリーレイアを、努は頭上の精霊輪を砕いて止めた。


 すると彼女の背後に鎮座していた精霊輪も割れ、精霊との繋がりが消失し二段階上昇していたステータスもなくなり身体が重くなるような感覚に襲われた。



「な、なんてことを……」

「おかげでこっちは進化ジョブも限界条件までいったし、青ポーションも四本使った。好き放題使いやがってよ」



 聖遺物でも破壊されたかのような顔で項垂れているリーレイアに、努は構わず文句をたらたらぶつける。すると彼女はまたまたと言わんばかりに目を細めた。



「そうは言いつつ、使って下さいと言わんばかりに精神力を取っておいてくれたではありませんか。あれを遠慮して使わないのはアタッカーとして二流もいいところですよ」

「ブーストは退避だけに使用するって言ったよな。あれを攻めに何度も使うのは二流もいいところだよ」

「……すみません。何分初めてなものですから」

「嘘つけよ」



 100レベルを超えた精霊術士なら誰しも一度はエレメンタル系のスキルを一通り使っている。なんなら普段の探索で使えない分、休みの日には精霊術士同士で慰めエレメンタルフォースしている時すらある。


 だが、それとこれとでは天と地とほどの違いがある。リーレイアは全ての精霊術士を代表するかのように演説を始めた。



「いや、実戦で、それも一番台に映るような階層でエレメンタルフォースを使うことなど本当に初めてですよ? これはとんでもないことです。それもヒーラーをやりながら出来るとなれば世界が変わります」

「そう」

「あ、事の重大性がわかってませんね? いいですか? エレメ――」

『来るぞ!! 掴まっとけ!!』



 そうこう話している内に顔を上向かせた宝煌龍の口から宝物が大量に吐き出された。その玉石混交の宝物は上空に放たれた後、隕石のように辺り一帯に降り注いだ。


 それを骸骨船長は海賊の砲撃から守るために作られた防御障壁を張りつつ、直撃しないよう全速力で宝煌龍から離脱した。それこそ飛行船と同じようなサイズの黄金船まで降り注ぐ光景に、船上のダリルは手すりに捕まりながら息を吞む。


 宝煌龍の体内で熱されていたのか、細かな宝物が障壁にぶつかる度に溶けるような音が聞こえる。もし飛行船の障壁がなければその細かな宝物の灰だけで身体が丸焼きにでもされそうだ。



「どんだけいるんだよぉー」



 その隕石が収まり飛行船が再び眠るように横向きになった宝煌龍に近づくと、あれだけ倒した水晶体たちが元気に復活して第二ラウンドを所望するように拳をかち合わせていた。そんな光景にソニアは半ば絶望の声を漏らしている。


 瞳を抜かれたことで宝物のブレスが吐き出され、宝煌龍の巨大な腹の中で大量増殖していた水晶体も一緒に出てきたことでリセットされた形だ。それにまた向かおうとする者は中々いない。



『……なぁ。あれだけ暴れてたお前らならまだ、いけねぇか?』



 とはいえ宝煌龍の瞳を手に入れたことでハイになっている骸骨船長は、思わず欲望がはみ出したように口を開いた。その問いにリーレイアは胸を張って答える。



「まだ余力はありますから、やれるだけやってみましょうか」

『流石だぜ姐さん。ま、少なくとも一つは手に入れてるんだ。最悪撤退しても他の宝物を納品すりゃ黒門は出せるだろうし、骨折り損にはさせねぇさ』

「そうですね」



 そんな会話を交わしながら飛行船が宝煌龍の残った瞳のある方に移動していく中、PTメンバーたちはひと時の休憩に入った。


 船内に入ったダリルは鎧兜や大分傷んだ様子の重鎧を脱いで汗を拭いて用を足しに行き、帰ってくるとインナー姿のままだらしなく床に寝転んで休憩した。その着脱を手伝ったソニアの視線は投げ出されている白いタオルに留まり、水分補給しているガルムが呆れた顔をしている。



「次は雷鳥ですね」

「障壁に宝物使って砲撃もできないみたいだしね。あらかた一掃しないと着地もできない」

「今度は本気の雷突を打ってもらえるといいのですが」



 激闘を終えた三人が船内で休んでいる中、宝煌龍の顔に再び付着した水晶体を遠距離から始末するため努とリーレイアは船頭で打ち合わせをしていた。


 それも終わると努は飛行船の回り込みが終わるまで柱に寄り掛かり、疲れたように目を閉じた。森の薬屋の青ポーションの内容量が凝縮されているおかげでまだマシだが、徹夜中に栄養ドリンクを四本飲んだようなものなので喉に妙な粘り気が残り頭も重い。


 するとリーレイアは神の眼が三人の方にあることを確認した後、そんな彼の隣に腰を下ろした。努がダルそうに目を開いて尻を浮かせて距離を離すと、彼女は労わるように肩を撫でた。



「先ほどは話途中で終わってしまいましたが、青ポーションを四本消費したとはいえあれだけスキルを使ってエレメンタルフォースが二十分近く持続するなど前例がありません。素晴らしい活躍ぶりでした」

「素晴らしい精霊奴隷の間違いじゃない?」

「ツトムはあの状態でちゃんとヒーラーもしていたではないですか。そんな俗称で呼ぶなどあってはならないことです」

「もうやらないけどね」

「……確かに、今回は私がツトムに無茶を押し付けすぎました。そこは申し訳なく思っています。ですが実際のところ、ツトムならエレメンタルフォースに実用性を持たせられる可能性があります。あの状態であれだけヒーラーも出来るとなれば話が変わります」



 そんなリーレイアの謝罪も兼ねた説得に、努は心底嫌そうに顔を逸らした。



「実用性はないです。僕が精神力扱える状態ならあれの半分くらいのバリューは出して、より綿密な支援回復も出来るんだよ」

「……でも、アタッカーとしてなら私の方が強いです。バリュー、出せます」

「超強い奴一人と、そこそこ強い奴二人なら後者の方が強いでしょ。ユニークスキル持ち二人いる紅魔団を見てみなよ」

「わかりました。では週に一度ではどうでしょうか?」

「もうやりません」

「嫌だ……勿体なさすぎる。精霊術士の損失ですよそれは。暴挙と言えますっ」



 それからリーレイアは神の眼が近づいてくるまでくだを巻き続けたが、努が首を縦に振ることはなかった。そして休憩も済んで宝煌龍の顔の反対側に回り込んだところで彼女は詠唱する。



「契約――雷鳥」



 轟く雷鳴と共に現れた雷鳥は、またあいつかといった目つきで宝煌龍を見据えていた。そんな雷精霊の横に立つ努はその黄金翼を撫でた。



「今日は派手に行こうか。雷突」



 その問いかけに雷鳥は目を丸くした後、笑みでも浮かべるようにそのくちばしに雷の魔力を集めて尖らせた。そしてリーレイアの精神力を8割ほど吸った後、雷鳥はしゃがみ込んだ彼女の顔を覗き込むように見やった。


 飲め。そう言外に告げられたリーレイアはすぐに青ポーションを飲んで精神力を回復した。それが4度繰り返されてから努は流石に止めたが、雷鳥はその翼に紫電を巡らせながら彼女が飲むのを座して待った。


 そして緑色の小娘がとうとう顔を真っ青にして船から顔を出したところで、雷鳥は蹴落とすような鳴き声を漏らして飛行船から飛び立った。


 そのまま紫電の走る翼を広げながら自爆特攻でもするように宝煌龍の顔に向かい、雷鳥を中心に巨大な雷円が広がった。宝煌龍の巨大な顔を丸々飲み込み、飛行船が思わず回避行動を取るほどの雷撃。



『ギーッ』



 小娘の精神力に加えて少しサービスしてやった雷鳥は、自身の雷撃によって逆立った翼を広げてその威信を見せつけるように空で恰好をつけながら粒子と化して消えた。そして宝煌龍の顔が洗顔でもしたようにつるつるになっているのを見て、骸骨船長は安心して瞳を納品した。



「これで、また、エレメンタルフォース、してくれますか」

「それとこれとは話が別です」



 息も絶え絶えな様子で口端についた青い液体を拭いながら問いかけてくるリーレイアに、努はにべもなく答えながら宝煌龍の頬に再び着地した。そして水晶体が生えてくる中で飛行船が瞳の採掘作業を開始する。



『終わったぜ』

「えっ? ……はやっ」

『姐さん、ちょっと来てくれ』



 先ほどはまずドリルで岩盤を削るところからだったが、今回はクレーンで直接瞳を掴んですぐに引っこ抜いていた。そのあまりにも早い採掘作業にソニアは思わず声を上げ、リーレイアは真顔で飛行船を見やる。


 骸骨船長が雷鳥のあまりにも強力な攻撃を目の当たりにし、これならもう二個目も取ったも同然だと宝煌龍の瞳を納品したことをリーレイアたちは知らなかった。だがその瞳の採掘速度からして何か変化はあったのだと察しはついたので、内心で戦闘準備をしながら飛行船に戻った。



『一つだけでこの様だ。これを納品したら、俺はどうなっちまうんだ?』



 宝煌龍の瞳を一つ納品しただけで飛行船の設備がめきめきと変化していくのがわかったのか、骸骨船長は二つ目の巨大な黄玉を前に悲壮感溢れる声でそう尋ねた。



「何を、言っているのですか?」

『……確かにこの黄玉を、俺は喉から手が出るほど欲しかった。でも姐さんたちは違うだろ? その割に協力的すぎたよな。……こうなること、初めからわかってたのか?』

「知りませんよ。170階層を突破した旅人は未だにいませんから」



 嘘は言っていないが全てを話すわけでもない。その均衡によってリーレイアは誠実さを貫いていたが、骸骨船長はその様子を映す神の眼を見て首を振った。



『なら俺は、その旅人が出て情報が明らかになるまでこの瞳は納品しねぇ。今ですら危うい予感がするんだ。それでもいいよな? 姐さん』



 ユニスPTと同様に骸骨船長は瞳を一つ納品しただけでは階層主化せず、その意識を保っていた。だがその要因は旅人に対する信頼ではなく、自己保身のためだった。


 旅人に対する殺意こそ芽生えたものの、今まで見ていた限り何度死んでも挑んでくるような輩たちは敵に回したくない。そうした時点でいずれ自分が死ぬことは確定事項となる。だからこそ骸骨船長はその殺意を押し殺し、生存することを第一とした。



「……そうですか。お好きにどうぞ」



 そんな知恵を働かせて怯えるように目の光を細めた骸骨船長に、リーレイアは何かを決意したようにそう告げた。

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