第595話 探索者ドリーム

 骸骨船長の対処についていくつかの想定案を提出したリーレイアは、何か新たな情報が出ているかもしれないと勇み足でギルドに向かい神台に映るユニスPTの様子を観察していた。


 それに付いていく形となった努たちもギルドで神台を観察している中、ダリルがぽつりと呟く。



「……リーダー手当って、そんなに凄いんですか? スポンサー契約より嬉しそうですけど」



 巨大ミミック戦での活躍で脚光を浴び複数の企業とスポンサー契約を交わしていた彼は、リーレイアの張り切り具合を見てリーダー手当の巨額さを推測していた。その話題には興味があったのかガルムとソニアの獣耳も聞き逃さまいと立っている。



「大口のスポンサー契約ほど出してるわけじゃないし、単純に今のリーレイアが金欠ってだけだと思うよ。ギルド第二支部への融資で大分資産を吐き出したみたいだし、それなのにまだアスモにも大量の光魔石貢いでるしね。砂漠で水たまり見つけたようなもんでしょ」



 そんな彼に努はそう補足しながらマフラーのように巻き付いているウンディーネの締め付けを調節する。



「僕は実際にしてるわけじゃないからアレだけど、スポンサー契約って探索者の夢としてやけに語られがちじゃない? アルドレットクロウでもない限り金額的にはそうでもないと思うけど」



 上位神台の安定した複数確保による継続的な宣伝効果が確約され、売り込みをかける営業から経理までいるアルドレットクロウであれば、複数の大企業が参画して何兆G規模のスポンサー費が集まり夢になり得る。


 ただ経験の浅い中小のクランや個人契約では企業とまともな交渉ができず、仮に上位台でも数百万ぽっちで特定の製品を扱う縛りを設けられるなんてことはザラにある。ハンナが勝手に個人でスポンサー契約を結んだ時もこのパターンであり、一時期は加工費だけ上増しされたしょうもない魔石を使っていた。


 無限の輪には幸いにもスポンサー契約に詳しいエイミーとゼノがいるため、安く買い叩かれることもなく各々悪くない条件で取引を交わしている。


 ただ本腰を入れているエイミーたちと違って他のクランメンバーたちは特定の商品を扱うことやロゴを入れることくらいなので、良くても数千万が限度である。



「なんと、刻印装備作って売ればすぐ稼げちゃうんです」

「……もう遅くないですか?」

「全然遅くないぞ。特に自分で刻印油取れる探索者なら尚更」

「そうなんですかねぇ」

「僕の言う通りにすれば全て上手くいくのに、何故やらないのか……」

「驕り高ぶりが凄いことになってますね。……まぁ、割と否定もできないんですけど」



 努が提示してきた重騎士のタワーシールドフルアーマー構成がようやく板についてきたダリルは、それと同時に周囲からの視線や評価が変わってきたことを肌で感じていた。なので他の者たちも大人しくツトムの言うことを聞いて実行すればいいのにと思うこともある。


 そんなダリルの従順な態度に満足したように頷いた努は、次はこっちだとリードを引っ張らんばかりに神台を指差す。



「よし、じゃあ次はオルファンに見切りをつけて深夜の神台デビューしようか」

「嫌です。僕にも自我はありますからね。また一から出直すだけです」

「気が変わったらいつでも声をかけてね」

「かけません」



 そうこう二人が話している内にユニスPTが飛行船の刻印を解除し、本日二度目の170階層へと潜り番台が切り替わる。



「もしかしてモンスターなるなる詐欺か?」



 一番台に映る未だ階層主化していない様子の骸骨船長を見た努は、ズラっと並ぶLineの連投でも見るような顔で呟く。


 努のゲーム感覚からするとそろそろ『楽しかったぜ、お前たちとの海賊ごっこはよぉ!』なんて展開と共に戦闘が始まる頃合いだが、骸骨船長は未だにくっ殺くっ殺言っている。


 そんな彼の呟きにリーレイアは緑色の横髪を指先でくるくる弄りながら考察する。



「……骸骨船長との関係が良好だからこそ、階層主化に耐えられていると見るべきでしょうか。私たちとは前提が違いますからね」

「姐さん呼びで少し良い方向に変わった気はするけど、まだ浅い感じもするね」

「基本は裏切り想定でさっさと瞳を納品してしまいましょう。ユニスたちみたいに長引くのも微妙でしょうし、出来れば二個納品しておきたいですね」



 その言葉でとある未来を予想したのか、ソニアが面倒くさそうな声を漏らす。



「確かに、今日はいいけどあれが明日も明後日も続くと逆にダルくなりそう」

(数日経ってもうさっさと階層主化しろよ……っていう探索者の兆候を感じ取っての逆ギレ反転パターンかもな。美少女にしか許されないメンヘラムーブかよ)



 しかし現実は海賊さながらな男声の骸骨スケルトンである。ユニスたちの同情がいつまで続くのか見物だなと努が一人思っていると、それを変に汲み取ったのか首元に巻き付いていたウンディーネが途端に女性型へと変化して隣の席に座った。



「なんでだよ」

「ツトムの趣味趣向を反映しているのでは? ノームもそうしているみたいですし」

「じゃあサラマンダーとシルフも人型になるのか。便利なもんだね」

「……それはそれでアリですね。特にシルフはもう少し大きくなっても大歓迎です」

「いいのかよ」

「精霊の姿に関しては原理主義の方もいるので解釈は分かれますが、私はよくある姿よりかは特異性のある方が好きです」



 とはいえこうして変幻自在な人型になれるのは現状ウンディーネのみなので、その粘体は特異性を活かすように受付嬢のような笑みを浮かべて青い手を重ねてくる。



「そもそも契約切れてるのに何でまだ現存してるんだよ」

「精神力の補給ができないのでいずれ消滅はしますが、精霊側が望めばある程度は持続しますからね。私でも滅多に起きませんが」

「もう情報も取れたしさっさと行こうよ。視線が痛い」

「男の精霊術士からすれば夢のような体験でしょうに。ツトムならウンディーネに手を出しても契約を切られることはないのでは?」



 ウンディーネは男性との精霊相性が良い傾向にあるので、男の精霊術士からすれば重宝する存在である。だがそんな彼女に入れ込みすぎて手を出そうとすればペットが去勢でもされるように契約を切られるのがオチだ。



「思わせぶりな態度はしてくるのに、いざ手を出したらこっぴどく拒絶してくるんでしょ?」

「余程やらかさない限りは数週間の契約破棄で許してくれるそうですよ。とはいえ、今も契約できない男性は何人もいらっしゃいますが」

「良い性格してるね」



 そんな努の言葉にウンディーネは笑みを浮かべたが、三日月型に変化した口は癇癪で洪水を引き起こす御伽話の水精霊に相応しいものだった。



 ――▽▽――



 それから努たちは再び170階層に潜り、宝煌龍の頭部を目指して本格的な探索を開始した。



『行くぜ! ぶちかませー!』



 そんな骸骨船長の掛け声と共に飛行船の砲台から弾が発射され、それは空中で展開してレーザーを発して宝煌龍の体に張り付いている水晶体を溶かすように始末していく。


 先日宝煌龍の金銀に輝く鱗を納品して宝物の在庫に余裕を持たせたことで、飛行船の戦略的な運用も可能になった。基本的には砲撃による魔法攻撃と、飛行船を守る障壁を展開する攻守に納品した宝石は使われる。


 巨大ミミックと違い水晶体に対しては魔法攻撃が有効的であるため、基本的には砲撃で事足りる。障壁についてはユニスPTより細かな調整ができず燃費も悪いので不便に映るものの、水晶体の遠距離魔法を防ぎ飛行船を燃やされることがないだけでも有難かった。



『こいつは大物だ! 採掘するから背中は任せたぜ!』



 宝煌龍の体を効率的に剥ぐにはまず飛行船から飛び出る巨大なドリルで地表を削り取り、その先から掘り出される金銀の鱗やルビーのような肉片を運び入れる必要がある。その際には飛行船の砲撃に頼るわけにはいかないため、水晶体の相手を探索者がする必要があった。



「コンバットクライ」

「プロテク、ヘイスト。ハイヒール」

「ヒール、メディック」

「アンチテーゼ」



 採掘中の飛行船が狙われないようガルムとダリルが水晶体のヘイトを取り、努が支援回復を送る。それにソニアが続いたのを確認した彼は回復魔法を赤く染め上げ、モンスターへ的確に当てて火力を出す。


 現在のヒーラーは本来の役割である支援回復は勿論だが、進化ジョブによるアタッカーとしての側面も上手く扱えることが求められている。だが白魔導士を自分で選んだわけではない者たちはアタッカーの役割に魅せられ、支援回復がおろそかになることが多い。


 そんな中で灰魔導士のソニアはそうした自我に振り回されることのない珍しい部類の探索者であり、その実力はガルムも認めるところである。



「メディック」

「ヒール」

「ヒール」



 水晶体へのパリィを失敗して動きが少し突っかかったガルムに、努は放った途中で色落ちしたメディックを当てた。しかしソニアはヒールを送り彼を回復させ、努はダリルを回復させた。



「…………」



 そんな判断の違いにソニアは少し顔を曇らせ、努はちょっとしたしたり顔を見せていた。


 努はこのPTではヒーラーをソニアに任せ、精霊を駆使したアタッカーの役割を期待されていた。だが努は事前にソニアへ宣告した通り、時折彼女と競うようにヒーラーを担っていた。


 努は深淵階層では後方姫枠、天空階層では火力兼刻印枠と、少々変則的な枠の白魔導士として活躍をしてきた。確かに『ライブダンジョン!』のプレイヤーとしてはサブジョブや進化ジョブという新たな要素は見逃せない。


 だがその本懐はPTメンバーを支援回復するヒーラーであることに変わりない。


 だからこそ努は刻印士や進化ジョブを触りつつ、この数年間無限の輪の後方支援枠を担っていたソニアの目立ちにくい立ち回りも見過ごしていなかった。


 過去の自分であればガルムに回復を送っていた場面でもヒールを送らないソニア。だが現状のレベルであればそれは彼にとって過剰な回復であった。そういった回復のラインを努は想定しては破壊されを繰り返し、密かに検証してきた。


 そこに自ら作成した刻印装備も加わったことで、その回復ラインはソニアも変わった。刻印装備により精神力消費は減り、回復効果は上がる。ガルムのVITも更に上がってパリィの成功確率も上がった。


 それを事前に加味した上で行われる努の回復ラインは、一見するとタンクをピンチに陥らせる危なっかしいようにも見える。だがそれは彼からすれば綿密に想定された上での判断であり、それによりヒール一つ分の精神力が節約されていた。


 たかがヒール一つ。だがポーションを飲む暇もない中、ヒール一つでタンクの命が繋がることもある。それは数百戦に一度起こるようなあまりに僅かな機会かもしれないが、その違いが勝負の明暗を分けることは往々にしてある。


 実際、努は日本に帰った後のプロゲーマー時代に回復スキルをしくじってクールタイムが上がらず、それが切っ掛けとなり敗北を喫して炎上したこともあった。たかがスキル一つの差の重さはその身を持って重々理解している。



「……別に、あれだけでそこまで変わるわけでもないと思うけど」

「本当にそう思ってるならあんな顔しないでしょ。些細な違いであることは認めるけどね」

「うるさいうるさいうるさい。次は見極められるから」



 思わず口にしたその問いかけに図星で返されたソニアは、ネズミ耳をくしゃりと握ってそっぽを向いた。



『いよいよだな……』



 そんな調子で戦闘と採掘を繰り返し、リーレイアPTは宝煌龍の顔まで辿り着いて瞳の採掘に取り掛かろうとしていた。そして一世一代の大仕事だと張り切りを見せていた骸骨船長は、ふと気になったように尋ねた。



『そういや姐さん、他の奴らでもう瞳を手に入れた奴はいるのか? まぁ、俺ほど骨のある奴なんて中々いねぇだろうが』



 そんな骸骨船長からの問いかけにリーレイアは驚いたように目を見開いたものの、自然と首を傾げてみせた。



「私たちと同様に瞳へ手をかけている者たちは確かにいますが、手に入れた様子はまだ窺えせんね」

『なるほどな。なら、俺たちが初めて瞳を手にした海賊団になろう!』

「おー!」



 そんな努のクルーズ船の乗組員みたいな相槌に、ガルムたちはボロを出さないよう無反応を貫いた。

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