第594話 神芸会
「駄目みたいですね」
今日の朝刊をちょっと楽しみにしていた努は、新聞記事に映る泣きっ面のユニスに案の定といった顔で呟く。そんな彼にガルムはよく言うなといった様子で鼻を鳴らした。
あの飲み会で出た検証案について話し合ったユニスたちは、その後PTメンバーを二人入れ替えた状態で169階層に潜った。だが骸骨船長のモンスター化が収まっている気配はなかった。
ただ宝煌龍の瞳が一つ納品された時点で違和感を覚えた骸骨船長が宝物の納品を全てしなかったおかげか、完全にモンスター化しているわけではなく会話も成立し浮島までは運んでくれていた。
だがそれでも170階層主として骸骨船長が目覚め始めていることは疑いようがない。その砲台はもう完全に制御できないのかユニスたちを狙っては離されを繰り返し、他の
次に会う時にはもう帰還の黒門を出せるような意思もなく、本能に負けてモンスターと化しているかもしれない。だから飛行船の刻印を今のうちに消してくれと頼む骸骨船長にユニスは号泣し、他のPTメンバーも居た堪れない顔で俯くのみだった。
ちなみに入れ替わったPTメンバー二人の方は普通の骸骨船長が出迎え、そちらはそちらで号泣している様子が写真で映し出されていた。そんなシルバービーストPTの様子が一面になっている新聞をあらかた読み終わった努は、それを折り畳んで横に置く。
「私たちは特に思い入れもありませんし、心置きなく倒せそうですね」
「リーレイアさんの心は冷え冷えです」
「どの口が言ってるんですかね?」
最近冷えてきたからかサラマンダーと契約して膝上に乗せて暖を取っていたリーレイアは、温もりを求めるように火蜥蜴を抱き寄せた。するとサラマンダーはいやいやするように体をよじらせてその手から脱出し、しゅたっと床に着地する。
「サラマンダーでも温められないみたいだね」
「契約――ウンディーネ」
「なんでだよ」
唐突な精霊契約を即座に拒否できなかった努の隣に、渦を巻くような形で女性を
ここ最近努は進化ジョブの精霊ばかりと契約していたからか、ウンディーネは久々の呼び出しに狂喜乱舞している。そんな粘体に溶かされる勢いでむしゃぶりつかれている彼は、左腕を半ば諦めたような顔で話を続けた。
「ま、実際のところ僕らも170階層は怪しくなってきたよね」
「あ? そうなのか? なんなら170階層に行った時点で飛行船ぶっ壊しちまえば済みそうじゃね?」
アーミラはそのままスプーンまで丸かじりにしそうな様子でドリアを食べながら、努の不安にあっけらかんと答える。その豪快な案に彼は感心したように眉を吊り上げたものの、困ったように視線を逸らす。
「今の状態だと帰還の黒門が出せてるから、骸骨船長はまだ階層主扱いされてないと思うんだよね。その状態で倒しても先に進む黒門が出るかどうかは気になるところだけど、わざわざ自分で試したくはない」
「階層主……じゃなくて、なんだ? あの馬鹿デカ龍。あれの瞳を納品すれば変わるんだろ?」
「恐らくそうなんだろうけど、まだ確定情報じゃないからね。それに骸骨船長との関係値が良かったユニスPTだからあそこで止まったわけだけど、僕たちのPTの骸骨船長がどうなるのかわからない。瞳を一つ納品した時点で人知れず階層主化して不意打ちでも仕掛けてくるのか、はたまた知らんぷりして宝物の納品を催促してくるのか……。あの話しぶりを見るに、瞳を納品した時点で階層主化してる自覚はありそうなんだよな」
そんな努の未来予測にコリナはあー……と声を漏らして虚空を眺める。
「……あの船長が敵に回ったらそのくらいのことは普通にやってきてそうですね。何なら先に行く黒門を引き合いに出してそのまま宝煌龍の宝石を全て納品させて、万全の状態を作ってくるなんてことも有り得そうです」
「結構賢いもんね、骸骨船長。僕たちのことを旅人って言ってるけど、それが複数いて自分と自分と同じような存在がいることも理解してるし。それも多分初めから知ってたわけじゃなくて、旅人と神の眼がある状況とか、PTメンバーの世間話で推測して導き出した感じがするんだよね」
「どこぞの奴より物覚えもいいしな。ちょっと入れ込んじまう気持ちもわかるぜ」
サンドイッチを欲張って三枚重ねにしてその中身を盛大に零しているものの、それに気づかず美味しさに目を閉じてアホ毛をみょんみょんさせているハンナ。そんな彼女を見やったアーミラに、隣のエイミーは気まずげに口元をもにょつかせている。
「恐らくだけど、万全の状態を作ってくるような真似は関係値最悪なステファニーPTにしかしないんじゃないかな? ……まぁ、僕たちも階層主化することを理解しながら宝煌龍の瞳を納品することを勧めるのがバレたら、一転して関係地最悪になりそうだけど」
「170階層まで来てモンスター相手に一芝居打たねばならないとは驚きですね。学芸会の演技がまさかここで活きるとは」
「ならコリナたちは安心そうだね。ゼノもいるし」
「わたしも中々良い演技するって評判だよー?」
「いや、私の役、名もない町人でしたけど……」
何ならちょっとした舞台に出た経験もある鼻息荒めなエイミーとは裏腹に、コリナは王都の学園で華のある方ではなかったのか身体を縮こませている。
「対してこっちは……駄目みたいですね。大根役者しかいないよ」
日本でも異世界でも炎上している努は勿論、ガルムやダリルも腹芸ができるタイプではない。そんな中でリーレイアは失敬なと言わんばかりに眉を上げた。
「私は姫を守る騎士役を演じていましたよ?」
「そりゃあ凄い。とんだ名役者かもしれないね」
「私の方がまだ演じられそうだな」
「おいガルムこら」
「一応それに近い職業ではあったぞ」
「なら私は歴とした騎士の家系なんですが」
「…………」
ガルムとリーレイアがそんなやり取りをしている途中、努はダリルに無言の視線を投げかけていた。その圧力に彼は垂れ耳が見えなくなるほどぺたんと頭に付けていたが、最後には崖から落とされたように口を開く。
「なら僕は――」
「死ね」
「し、死ね?」
「こっわ」
そんな殺伐としたやり取りではあったが、コリナはシスターさながらの微笑ましい笑みを浮かべて見守っていた。
「ま、方針はPTリーダーに任せるよ。僕たちに腹芸は無理だろうから、骸骨船長にバレてトラブった時のB案は欲しいかな」
気を取り直してそう言った努に、リーレイアは露骨なため息をつく。
「あまりPTリーダーとしての旨味は感じられないのに、妙な負担と雑務ばかり増えているように思います。巨大ミミックの時も作戦を纏める資料作成とか、毒ポーションの発注先探しなんて調べるだけで苦労しましたし。アルドレットクロウなら有り得ないことです」
「人の少ないクランで上の立場なんてそんなもんでしょ。一応、ささやかなリーダー手当は出てるよ」
「……そうなんですね。すっかり見てませんでした。後で確認しておきます」
しれっとそう言われたリーレイアは、久しく見ていなかった給料明細を見るのがちょっと楽しみになった。
そして自室の引き出しに押し込められていた未開封の給料明細を見て帰ってきた彼女は、ウンディーネの精霊契約を解除してあげた。ただそれでもその粘体は変わらず居残り、ギルドの魔法陣に入るまで消えなかった。
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