第571話 ギルド長の娘

『駆動機関がイカレちまった!! 緊急着陸するぜ!! 衝撃に備えな!!』



 もう何度も挑んでいるからか茶番のように聞こえる骸骨船長の叫びと共に、アーミラたちは165階層の舞台である浮島に緊急着陸した。そして駆動機関の修理に必要な宝物を集めるために降りると、近くに先客の不時着船があった。



「あら、てっきりそちらも飛行船刻印で突破するのだと思っていましたが」



 その不時着船の近くにいたステファニーは意外そうな顔でコリナに声を掛けた。そんな彼女にコリナは意気消沈したように眉を下げる。



「……ツトムさん、まだ装備すらくれないんですよ?」

「そういえばそうでしたわね。名誉なことではあるのですが、ツトム様が手を加えた装備を頂けないのは何とも……」

「相変わらずお慕いしてるようで」

「当たり前ですわ。むしろ周囲の評価がまだツトム様に追い付いていないことを歯痒く思います。少なくとも貴女と同位置くらいにはしてほしいものですが」



 そうは言うもののコリナは自分たちの次に二人PTでのウルフォディア突破を果たしているので、ステファニーの目は何処か頼もしい同業者を見るような暖かさがあった。



「最近は模擬戦にも精を出してますから、その日も近いでしょうねぇ」

「アンチテーゼを得てからはまさに水を得た魚のようで嬉しい限りですわ」



 そんな雰囲気もあってかコリナは生暖かい目で相槌を打ち、ステファニーは更にツトム様談義を続けようとした。だが背後からポルクの咳払いが聞こえてきたので渋々談義を打ち切って本題に入る。



「こちらとしては165階層で組んでも構わないPTだと考えていますが、そちらに共同探索する意思はありますか?」

「ええと……」



 その問いにコリナは気まずそうに視線を彷徨わせた後、後ろで静かに話を聞いていたアーミラに目を向けた。普段ならばこういう時はゼノに任せることが多いコリナの妙な行動に、ステファニーは怪訝な顔をする。



「ん? そちらのPTリーダー、ゼノではありませんの?」

「えーっと、今回はアーミラですね」

「……そうですの」



 そんなコリナの答えにステファニーは困ったような笑みを浮かべた後、吟味するように無限の輪のPTメンバーを見据えた。


 コリナ、ゼノは無限の輪のPTでここ三年は最前線にいたことからして、顔を見る機会が多かった。なので実力に関して申し分ないことはわかっている。



「お、ステファニーと組む感じっすか?」



 そして無限の輪のウルフォディアを突破する火付け役となったハンナも、165階層では活躍が期待できる。魔流の拳の修行のため一年近く最前線から退いてはいたものの、160階層での活躍ぶりからして問題ないだろう。



「…………」



 ただ三年近く迷宮都市にいなかったエイミーと、最前線から退きギルド職員となっていたギルド長の娘。その二人はステファニーから見ると怪しいところだ。それもその内の一人であるギルド長の娘がPTリーダーを務めていることは懸念材料になり得る。



「迷うくらいなら入り直してもいい」



 ステファニーに進言するよう小さく耳打ちしたディニエルの言葉を唯一その猫耳で捉えていたエイミーは、両手の指先を合わせて何やらぶつぶつと呟いている。



「仮に不測の事態が起きたとしても、コリナたちなら問題ないでしょう」

「布石も打たれたようだしな。コリナゼノハンナだけでも儲けものだろ」



 ポルクはいつの間にか自分たちの会話が神台に聞こえるよう配置されていた二つの神の眼を見ながら、億劫そうに一つを操作して主導権を取り返した。


 そんなアルドレットクロウPTの様子からして自分が舐められていることはわかったのか、アーミラは静かな怒りを燃やした目でステファニーに歩み寄る。それにコリナはおどおどしながらも、彼女を止められるよう審判のように位置取る。


 だがアーミラは大剣に手をかけることはなく、ステファニーに手を差し出した。



「組む気があるなら歓迎するぜ」

「あら、ご丁寧にどうも。…………」

「アーミラね」



 ギルド長の娘という情報だけで名前は曖昧だったステファニーに、ディニエルが呆れた顔で補足する。そんなやり取りを目の当たりにしたコリナがしまったと言わんばかりの顔をしているのを見て、アーミラは思わず噴き出すように笑う。



「これは失礼を。アーミラさん、よろしくお願いしますね」

「あぁ、よろしく頼むぜ」



 そんなステファニーにアーミラは威嚇するような笑顔で握手に応じ、共同探索の方針について意見を擦り合わせた。


 165階層では一定の時間が経過するか、宝物の納品を済ませると巨大ミミックが出現する。ただ宝物の納品を済ませても飛行船の修理には時間かかるため、その捕食が目的の巨大ミミックを倒さなければ次の階層には進めない。


 巨大ミミックには遠距離スキルの通りがウルフォディアよりも悪く、物理もそこまで有効なわけではない。なので5人PTではどうしても火力が足りず突破することは不可能に近かった。


 それにその他にも銀、金ミミックも集団で押し寄せてくるので、その処理を全て行うのは厳しい。更にその派手な巨大ミミックの進撃は他のモンスターも刺激して動き回らせるが、それでもモンスターたちは探索者を見つければ優先的に襲い掛かってくる。


 ただ他のモンスターは従来通りだが、巨大ミミックに関してはヘイトが飛行船に向いている。なのでアタッカーへの反撃も蠅を払うくらいのものなので、タンクやヒーラーはほぼ必要ない。


 その代わりにタンクとヒーラーはその他モンスターのヘイトを買い、巨大ミミックを攻撃するアタッカー陣に近づかせないよう耐久するのが役割となる。



「モンスターのタンク役としては、私の独壇場となりそうだね!」



 そのタンク役としては聖騎士のゼノは相性が良い。多数のモンスターを殲滅する暇はないのでひたすら耐えるのが今回のタンクの仕事になるが、一人で引き付けと回復がこなせる彼はアルドレットクロウとしても欲しい人材だった。



「……一人くらいアタッカーはいりますよね?」

「そこは状況次第だが、遠距離系のアタッカーたちで適宜入れ替えていく」



 多数のモンスターをずっと引き寄せ続けるだけではいずれ破綻するので、多少の間引きは必要だ。なのでアルドレットクロウの一軍に刻印装備枠で入った女性の進言に、ポルクはそう言って息をしづらそうに鼻を鳴らす。



「事前に間引きすれば多少はマシになる。そんなに説明がいるようなPTでもない。さっさと始めよう」



 巨大ミミックが出現するまでに全てのモンスターは狩り尽くせないにせよ、半分程度まで抑えられることはここ二週間で判明している。なので打ち合わせに時間を割くよりは動いた方が手っ取り早いと言ったディニエルに、ハンナは感激したように手を合わせた。



「デ、ディニエルが働き者になってるっす!」

「鳥頭にいくら作戦を話しても無駄」

「口は変わってないみたいっすね……」

「あっちに向かって出会ったモンスターを倒すだけ。よろしく」



 巨大ミミックが出現する箇所を指差したディニエルは、恨みがましく見上げてくるハンナを気にせずその方角にフライで飛んで行った。



「そちらも165階層の流れは把握しているでしょう。ではミミックの出現位置でまた合流しましょうか」

「あぁ。しかしまた随分と仕事熱心になったもんだな、あのエルフ」

「これもツトム様の賜物ですわ」



 アーミラの皮肉にステファニーは笑顔でそう返した後、ディニエルに続きモンスターの間引きを開始した。その後アーミラPTはストリームアローによる流星が降り注いでいる場所から少し距離を置き、巻き込まれない範囲で間引きを開始した。



「先に黒門入る権利、手に入れるのは中々骨が折れそうだね」



 カンフガルーを捌きまだ粒子化していない返り血が顔についているエイミーの問いかけに、アーミラは面倒くさそうにため息をつく。



「どうせあのエルフが出てくるんだろ。俺が叩き斬ってやりてぇところだが……」



 その権利はお互いのPTから代表者を出し、セーフポイントでの模擬戦に勝った方が得ることとなった。探索者の間での勝ち負けを判定する方法としては一般的になっていたその方式を、アーミラたちは引き受けていた。



「だからコイントスにしようって……」



 とはいえ無限の輪の中でも模擬戦ではトップクラスの勝率を誇っていたディニエルが相手となれば、コリナの言う通り運に委ねた方がまだ良かったかもしれない。そんな彼女にアーミラは面白そうにころころと笑う。



「ま、それも悪かねぇんだがな」

「どうせあたしが勝つからよくないっすか?」

「いーやわたしが勝つね。名誉挽回したーーい!!」

「仮にコイントスで勝ったとしても、探索者としての名誉は崩れ去る。このゼノが責任を持って有終の美を飾ろうではないかっ!!」

「こいつらがこうだしな」



 勝てる気がしないから模擬戦は止めましょうなんてことは、探索者として情けないにもほどがある。それにPTメンバーがこの調子なのでリーダーとして引くわけにはいかない。



「それに、それでもいいと思っちまったことが俺としても不快だった。このまま舐められっぱなしなのも癪だしな」



 PTリーダーとしてはコイントスの提案も正しい選択肢なのかもしれないと頭にチラつきはしたが、仮にコイントスで勝ってもゼノの言う通り探索者としての矜持と観衆からの評価の二つを捨てることになる。



「全員ぶっ殺す気で押す。それ以外ねぇだろ」

「……まぁ、そうかもしれないですけど」

「じゃ、模擬戦の時は頼むぜ」

「えぇ!?」

「ディニエル相手ならハンナかコリナだろ。別に負けても失うもんはねぇんだし、気楽に行けよ」

「ならアーミラでいいじゃないですかぁ!!」

「でも俺、てめぇに気遣われるくらいには弱ぇし。なぁ?」



 ステファニーからの無自覚な煽りを受けた際にコリナから余計な心配をされたアーミラは、到底そうは思えない顔で返す。それにコリナは何も言い返せずぷるぷると震えている。



「ディニちゃん相手だとどうなんだろうねー。流石に弓術士相手ならハンナ有利じゃない?」

「厄介な相手ではあるっすけどねー。勝てる気は全然するっす。でもコリナもワンチャンありそうっすよね。近づかれるとあたしもちょー怖いっすもん」

「にしても、ステファニーに名前忘れられてた時によく耐えてたよね。交渉決裂かなーって思ってた」

「悪意満々の猫人に鍛えられてたからな」

「それは結構なことだね! さぁ、次が来る。構えたまえ!」



 そうこう雑談している間に新たなモンスターの襲来を告げたゼノが銀色のコンバットクライを放ち、モンスターの間引きが再開された。

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