第517話 残ったピース

(……やっぱ生で見ると違ぇもんだな)



 この三年間アーミラはギルド職員とPTを組んで神のダンジョンを調査したり、黒の門番として対人経験を積んでいた。そんな仕事の合間に神台でリーレイアの活躍はちらほらと見ていたし、最近では努の映像を見ることも多かった。



「ヒール、ヘイスト、メディック」

「フェアリーブレス」



 ただ神の眼によって第三者視点で映されている二人と、実際に肩を並べて戦う上で見える視点は別物だ。神台でこそ見える場面も確かにあるが、探索者としての強さは共に探索する方がわかりやすい。


 久しぶりにPTを組んだリーレイアやハンナの成長ぶりにも驚かされはした。緑の竜人である彼女は意外にも無限の輪に残り、今でも最前線のアタッカーとして名前を挙げ続けられている。



「あちょー!」



 素っ頓狂な掛け声と共に炎と風の魔石を掛け合わせてアメーバを爆破しているハンナも、山籠もり修行から帰ってきてからの活躍は凄まじい。それこそ刻印装備でレベル差も埋まる勢いなので、このまま最前線でも通用する力は秘めているだろう。



「七色の杖」



 だがやはりアーミラが気になっていたのは今の努の実力だ。何せ三年間も迷宮都市から消え、帰ってきてからも何故か生産職に手を出して迷走していた様子だった。


 しかし結果として今の彼はどの工房にいる刻印士よりも高品質な刻印装備を生産するまでになり、最前線の探索者たちも注目せざるを得ない人物になっていた。そんな彼は今後生産職として活動する道もあったのだろうが、直接その立ち回りを見ればその気がないことはわかる。



(スキル操作に関しては他と変わらねぇはずなのに、何でこんなにやりやすいんだろうな。痒い所に手が届く……つってもそんなヒーラーいくらでもいる。そもそもPT構成からして狂ってんのに、こんなに纏まってるのが異常っつーか)



 あれから三年も経てば自ずと白魔導士たちの実力やレベルも上がっているため、以前の努しかやっていなかったようなスキルの使い方は大体の者は使える。特にバリアの応用性に関しては彼より上の者も多く、飛ばす、置く、撃つスキルなどの技術も遜色ない。


 だがこちらの移動先を全て読んでいるのかと疑ってしまうような場所にヘイストを置いて気付かぬうちに支援効果を継続させるのは相変わらずで、初めは本当に支援が切れないかこちらが冷や冷やするほどだ。


 しかし慣れてくるにつれて支援が切れるかもしれないという雑念が一切なくなり、目の前の敵にだけ集中できるのは大事なことのようにも思える。


 それに進化ジョブでの攻撃スキルも徹底して支援に振り切っているようにも感じた。面倒な食材の下ごしらえは全て済まされていて、後は調理をするだけの状態。だからこそ自分含めたアタッカー三人が全力で火力を出し切り、モンスターを殲滅できる。


 それこそ150階層では若い才能が垣間見えたクロアばかりに注目が集まり、努は彼女ほど評価を受けているわけではなかった。それにアタッカーとしての才覚も感じられず、ヒーラーの立場はユニスに奪われて可哀想にといった評価もちらほらと見かけた。



「……前見た新聞記事では終わった老害認定されてたのに、いつの間にヒーラーの腕戻したんだよ」

「パクり先はいくらでもいるからね。ユニスミルウェーセシリアステファニー……あと一応ロレーナもか」



 今まではPTのバランスを鑑みてユニスに譲っていたとはいえ、本職がヒーラーであることは努自身強く認識していた。その認識の上で別のジョブを経験すること自体はヒーラーの実力を上げることにも繋がる。


 アタッカーがどんな時に支援が欲しいかは自分が体験した方が早い。ただ今までヒーラーばかりしていた者がアタッカーに転向すると新鮮な体験の連続だし、何より自身の力でモンスターを殲滅できることに感激する者も多い。


 その結果としてアタッカーの虜となりヒーラーなんかもうやりたくないと口にはしないものの、白魔導士としての立ち回りを持ち崩す者が多かった。



「ていうかお前、アタッカーも出来るんじゃねぇか?」

「コリナほどではないけどね。でもそう思ってるヒーラーの人、神台で見る限り結構多そうだよね。昔のアーミラみたい」

「……なんだ? また腐れ剣士のタイムアタックでもするか?」

「ディニエル帰ってきたらね」



 俗に言うお前ら、俺より強ぇのか? 問題の勃発である。まるで以前のアーミラみたいな考え方ではあるが、進化ジョブが導入されてからはこれが馬鹿にならない問題にはなっていた。


 それこそ『ライブダンジョン!』のようにジョブチェンジが出来ないこの世界では、白魔導士や祈禱師はそんな疑問を抱く力すらなかった。だが進化ジョブによりアタッカー寄りのステータスを手に入れた今となっては、そう思ってしまう場面に出くわすこともあるだろう。


 アタッカーの要は押し引きを見極めることだ。いかにタンクの受け持つヘイトを見極めて自身が死なない範囲を保ちつつ、時にはそれをはみ出てでも押し切る判断力を求められる。しかしヴァイスやディニエルでもその判断を誤る場面は稀にあるし、それより下のアタッカーなら尚更だ。


 そんな場面が散見されてしまうとタンクやヒーラー側としては、もう自分がアタッカーやった方がいいんじゃないかと思ってしまうことも多い。三種の役割によって不公平は緩和されたとはいえ、アタッカーがPTの矛を担う花形であることに変わりはない。


 それに元々走るヒーラーとして活躍していたロレーナのような例外もいることが拍車をかけている。死神の目によってモンスターの死期が見えているコリナも押し引きが非常に上手く、アタッカーの祈祷師枠としては代表格だ。



「ま、アーミラもギルドで腕を磨いていたようで何よりだよ。今は最前線とまでは言えないけど、神龍化含めると大分強そう」



 龍の部位だけ召喚するように具現化できる神龍化は、まさに一撃必殺が相応しい派生ユニークスキルだ。一撃の威力だけで言えばリーレイアの精霊コンボやハンナの魔流の拳を超す勢いのため、彼女だけにしかできない押し切りができる。



「乱発できねぇのは傷だけどな」

「瞬発的ならタンクも担えるし、まだ応用性はありそうだしね。面白そう」



 神龍化で具現化するのは龍の手が最も無難ではあるが、他にも翼、尻尾、顔面なども可能だ。時には大きな翼でPTメンバーを覆い全体攻撃から守ることもできるし、両手を支えに具現化する顔面から強烈なブレスをお見舞いすることもできる。



「……上まで着いてしまいましたね」

「それじゃ、一旦出ようか」



 そうこう話しているうちに大したイベントもなく脱出口まで着いてしまい、念入りにレヴァンテの手掛かりを探していたリーレイアは残念そうに肉壁を細剣でつんつんした。



 ――▽▽――



「この面々が揃うのも久しぶりだね! あとはエルフの君が来てくれれば全てのピースが揃うのだけれども」

「おかえりなさい」



 無限の輪のクランハウスに集まったメンバーを見てゼノは感慨深げに息をつき、コリナは感激したように手を合わせている。


 努の帰還と同時にハンナも山籠もり修行を終え、エイミーも帝都のダンジョンで責務を果たしてきた。ダリルはオルファンに一区切りを付け探索者として再起することを選び、それにアーミラも続いた。


 それはこの三年間無限の輪の名を廃らせずに維持し続けたガルム、ゼノ、リーレイア、コリナにとっては嬉しいことだった。久しぶりに九人が一堂に会したことにはオーリも手料理で歓迎し、何やら以前より落ち着いた様子な見習いの者も微笑んでいる。



「取り敢えず、160階層に挑むPT決めだけしちゃおうか。とはいえ一人二人入れ替わるくらいの話だけど」



 そして再び無限の輪のクランリーダーを任されることになった努は、跳ねた青髪をふよふよさせているハンナに視線を向けた。



「まずはハンナをコリナたちのPTに入れてみて欲しいかな。魔流の拳の精度、えげつないことになってるし、最前線でどこまで通用するのか見てみたい」



 真っ先に議題へと上がった彼女は唇を少し尖らせながら努の話を聞いていた。それにガルムも同意するように頷く。



「確かに、ハンナが何処まで通用するのかは一度確かめておきたい」

「んー、あたしはそこまで興味ないっすけどねー?」

「お前が興味なくても世間は興味あるんだよ。一回全力で羽ばたいてこい」



 迷宮マニアからもハンナの活躍は大いに期待されているし、努としても同意見だ。それこそ避けタンクの代名詞として謳われる可能性を秘めているハンナは一度空に放っておきたい。



「あと今回は遠距離系のアタッカーも欲しいから、シルバービーストのアタッカー枠とエイミー交換してほしいかな。エイミーはレベルも実力も問題なさそうだし」



 迷宮都市の神のダンジョンに比べると少し古臭く見えるものの、エイミーの実力は疑う余地がない。進化ジョブを使わなくとも活躍できるアタッカーとしての実力。そしてハンナのように進化ジョブが使えないわけではないため、まだ伸びしろすらある。


 そんな努からの評価が嬉しかったのか、彼女はソファーに座りながらはみ出た尻尾をご機嫌に振り回している。するとリーレイアは緑鱗の目立つ首を傾げながら挙手した。



「別に私がそちらに移ってもいいですよ? ツトムのネタばらしも済ませたことですし、あのレヴァンテと契約すれば160階層も有利に進められそうですが」



 今まで低階層で秘密裏に検証してきた努の新精霊とのえげつないシナジーについては、深海階層にてネタバレは済ませたのでもう隠す必要はない。精霊術士において彼がフェンリルに騎乗したことは界隈激震の出来事であり、明日の朝刊記事の何処かには乗るだろう。



「ハンナが入ることでしばらくPT荒れるだろうし、そこまで一軍のメンバー崩すのもね」

「しかしシルバービーストはあくまで同盟関係ですし、ガルムへの信頼で成立しているところもあります。それならリーダーの命令が聞ける無限の輪のメンバーを動かした方がいいのでは?」

「いや、初期の頃ならまだしも、もうみんな自己判断で動ける実力はついてるでしょ。リーダーはあくまで名目上な役割でしかないよ。それこそぽっと出の僕が命令したところで……まぁガルムは聞きそうだけど、三人とも言うこと聞く?」



 まだクランとして確立していない時期には明確なリーダーがいなければ纏まらないが、ここまで成熟したメンバーが揃ったのならそれは単なる柵にも成り得る。だからこそ今まで努が決めてきたPT編成についても、代表一人決めての取りっこでもいいくらいだ。



「正当な命令ならば従うでしょう」

「ならリーレイアは一軍で頑張って下さい」

「ふざけていますよね」

「ほら、従わないじゃん」

「正当な命令ならばと前置きしました」

「避けタンクの導入で一軍PTのバランスが崩れるので、リーレイアが上手く調整して下さい。以上です」

「…………」



 納得こそしていないが一応正当ではあると判断したのか、彼女は無言で首筋の鱗をかりかりと掻いた。その沈黙を破るようにゼノが銀の前髪を払った。



「そうなると、私がハンナ君と入れ替わることになるのかな?」

「そこはシルバービーストとの兼ね合いにもよるかな。ガルムありきならガルムシルビ枠で、そうでもなさそうならゼノって感じだと助かるよ。明日にでも話し合いには僕が行ってくるから」

「私は構わないとも。ゼノ工房の刻印装備も自身で着て調整したいところだったからね!」

「私も問題ない」



今回PTを移籍する可能性のある二人は努の提案に頷いた。



「まぁ今回は刻印装備の兼ね合いもあるから僕の意向が強かったけど、次の階層からは代表だけ決めて一人ずつ取りっこでも面白いかもね。皆もうPTのバランスは取れそうだし」

「おー! なんか子供の時の遊びみたいで面白そうっすね!! あたしは誰取るっすかねぇ……」



 そんな相談を今まで黙って聞いていたダリルとアーミラにし始めたハンナを横目に、努はその場を閉めるように手を叩いた。



「それじゃ、160階層越えるまではそんな感じでよろしく。ご飯食べよ、ご飯。お腹めちゃめちゃ空いてるんだよね」

「一軍に旅立つ手向けとして、私がよそってあげるよー」



 そうして食卓へと向かおうとしたところにささっと付いてきたエイミーに、努は底意地の悪い笑みを浮かべる。



「リーレイアに格の差を見せつけられて挫折するといいよ」

「……もしかしてレイアちゃん残すのそれが目的!?」

「レイアちゃんって何だよ」

「リーちゃんだったりレイアちゃんだったり、呼び名ははっきりしてほしいものですね」

「それはその時のノリだよ君」



 エイミーからの呼び名についての文句ついでに、リーレイアは努の肩に手を置いて爪を立ててきた。それから逃れるようにしゃがんだ努はすたすたと歩きだす。



「えっ、あっ、ちょっと!」

「何?」

「いや……別にいいですけど」

「よろしい」

「何ですかその顔」



 すると努はガルムの隣に座ろうとしていたダリルの席に無理やり割り込んで確保し、彼を左隣に置いて自身の安全を確保した。そんな努のふてぶてしい態度にダリルは思わず空笑いを漏らしながら、オーリから取り皿を受け取って彼の方にも回した。



「最近女性ばっかのPTで堅苦しかったからね。ようやく一息つけそう」

「そういえばそうだったな。シルバービーストには男性のアタッカーでも希望してみるか?」

「でも遠距離系だったらソニアマデリンさん辺りが安定でしょ? 活きの良い槍士はいるって聞いたけど」

「遠近両用のアタッカーが目の前にいるんですけどね?」



 それからエイミーとのじゃんけんを制して真正面に陣取ってきたリーレイアに蛇のような目で睨まれつつも、努は久々に大所帯のような人数での食事を楽しんだ。

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