第477話 手荒な客人

 刻印装備を身に着けているキマイラのような姿形をした120階層主を難なく倒した翌日、クロアたちは新たに遺跡階層と呼ばれている場所を探索していた。そんな中、エイミーは湿気の多いジャングルのせいか普段より跳ねている白いくせっ毛を気にしながら呟く。



「あの鳥って倒せないの?」

「アルドレットクロウの一軍でも無理なので……。精霊の刺客は基本何とかなりますが、雷鳥本体が来たら洒落にならないのでこのままやり過ごします」

「確かにあれを避けるのは中々苦労しそうっすねー」



 122階層で時折現れてはもはや破壊光線のような雷を落として遺跡を崩壊させている雷鳥を指差す彼女に、クロアはとんでもないと言わんばかりに首を振る。それを横目に小雨に濡れないようバリアで上を覆っている努は、刻印作業をしながらふと考える。



(遺跡階層は新しい精霊の顔見せ兼、アイテム集めの場所っぽいな。……それにしても何で雷鳥だけ日本語なんだろ。雷の精霊って確かヴォルトって名前だったと思うけど)



 遺跡階層を進んでいくにつれて雷の精霊である雷鳥の他にも氷精霊のフェンリルに光精霊のアスモ、闇精霊のレヴァンテに姿形を変えた四大精霊も出現しては遺跡を壊していく。基本的に精霊たちのヘイトは所々に点在する遺跡へと向いているので探索者が狙われることはないが、その近くで捕捉されると刺客を差し向けられることになる。


 ただ遺跡の中には確定で宝箱が出現することが確認されているため、遺跡階層の装備やアイテムを求めるのなら入らない手はない。しかしその代わりにステージギミックかのような理不尽級の強さを持つ精霊たちに付け狙われることとなるので、全滅せずに黒門へと逃げられる手立てがなければ逃走すら厳しい。



「あれのせいでこの雷雨なんでしょ? 早くどっか行ってくんないかな」

「なんなら一発だけかましてみるっす?」

「……えーっと」

「あんまりクロアを困らせるんじゃねぇです。いいからさっさと進むのですよ」

「いーたーいー」



 ユニスもじめじめしているこの環境があまり好きではないのか、若干苛ついた様子で目の前をおちょくるように動いていたエイミーの尻尾を手で払っている。



(遺跡階層の雷鳥とかはあくまでステージギミックっぽいし、言うこと聞いてもくれないみたいだしなー。新しい精霊との相性上げるアイテムとか出そうなもんだけど、四大精霊のしかないみたいだし。やっぱり新たな精霊たちはフェンリルみたいに条件満たして契約する感じなのかね)



 四大精霊は以前にも特定の階層で出現しているフェンリル親子同様、遺跡階層においては中立な立場にある。


 そして精霊術士にとっては念願の四大精霊との相性を高めるアイテムがそこそこの確率で出る場所でもあるため、今となっては相性格差も解消されつつある。その代わりにフェンリル、雷鳥、アスモ、レヴァンテが中々扱えないという新たな格差も浮上してしまったようだが。



(にしてはレヴァンテとの契約はすんなり上手くいってたし、精霊の契約条件がよくわからんな。ライブダンジョンとは明らかに違うことは確かだけど)



 スタンピード組が旅立つ前にリーレイアからせがまれて闇の精霊であるレヴァンテとの契約もしてみたが、こちらは繭まゆのままだったアスモと違い驚くほどすんなりと出てきた。その時々によって姿形は違うようだが、基本的には何かしらの魚類になるようである。努が実際に契約した時はシャチのような見た目で、キュイキュイと鳴きながら空中を海のように泳いで顔を擦り寄せてきた。


 そしてリーレイアが契約しようと言葉を発した途端にレヴァンテは獰猛な歯を剥き彼女の上半身が突如として無くなったりはしたものの、それから何度か契約を試行錯誤した末に金魚みたいなサイズでの契約には成功した。その後はリーレイアも小さな魚型のレヴァンテであれば契約できるようになり、これであいつらに復讐できると魔女みたいな笑い声を上げていた。


「……え、もしかしてここからモンスターもスキルとか使ってくる感じ?」

「そうっすよー」

「あぁー。道理で帝都よりもタンクがすぐ死ぬわけだ。じゃああの矢とかも実質パワーアローみたいな感じかー」

「モンスターの強さ自体は帝都のダンジョンも強かったのですが、スキルはスキルで厄介なのです」



 すると森の中にある置き石を頼りにして先導していたクロアは目を丸くして振り返る。



「えっ、帝都のモンスターってスキル使わないんですか?」

「……でも強かったのです」

「いや、別に嫌味で言ってるわけじゃなくてですよ? いちいち可愛いですね」

「やかましいのです」

(160階層にもなると回復スキル持ちにタンクまで出てくる始末だし、ライブダンジョンよりもPVPみたいな要素が強いっぽい。いずれはアプデで探索者の構成メタってくるとかあるのかな?)



 神のダンジョンのモンスターはスキル顔負けの特殊能力を持つ個体も多いが、遺跡階層からは喚き声と同時に異質な速度の連撃を放ってくるゴブリンや、明らかに白魔導士のスキルであるフラッシュを多用して妨害してくるアスモの刺客などが出てくる。


 それらのモンスターはスキル名こそ明確に発しないものの、その特殊行動と共に声を上げていることは確かだ。まだこの階層ではそこまで脅威ではないにせよ、孤高階層からは回復スキルを使用してくるモンスターが出現し、その先ではやたら頑丈で赤い闘気を放ってくるものまで出てくる。



「精霊の洞窟、着きました。アイテム狙わない限りはここを通っていくのが最短です」



 そうこう話しているうちにクロアたちは、青白く発光している苔が地下まで続いている巨大な洞窟へとたどり着いた。大口を開けて待っているような入り口の傍には、大蛇が身を丸めているような石像がいくつか鎮座している。



「……揺れてるのです?」



 僅かではあるが地響きを感じたユニスは狐耳をアンテナのように立て、薄暗い巨大洞窟を見やる。すると青白い苔に照らされた真っ赤な巨大蜥蜴きょだいとかげがぬっと顔だけ突き出してきた。


 そして五人をアーモンド形の燃えるような眼だけで見回した後、サンバのリズムにでも乗っているかのように顔を上下させながら引っ込んでいった。



「……あれは何なのです?」

「サラマンダーですよ。今回は味方みたいですし付いて行きましょうか」

「…………」

「さっさと進めーい」



 本当に大丈夫なのかと疑っているユニスの尻尾をぺしぺしと叩きながらエイミーが急かすと、彼女は渋々といった様子で歩を進めていった。



 ――▽▽――



 涙ぐましいほど補填されて定期的に掃除されているとはいえ、古民家感は否めないその場所に似つかわしくないスーツ姿の女性。そんな彼女に険しい顔で対面しているのは、捨て犬のように垂れ耳をボサつかせたダリルだった。



「それでは、また明日伺います」

「……何度来ても答えは変わりませんよ」



 彼女は断固とした拒否を露とも気にしていなさそうな笑みを浮かべ、まだ小さい子供たちにお菓子を配りながら去っていく。


 ミルルがオルファンに下ってからというものの、弱者だけには群がってくるゴブリンのようにつけ狙ってくる者が多くなった。そんな中でもアルドレットクロウのバッジを付けている彼女だけはやけにしつこく、それでいて魅力的な提案を持ち掛けてくる。



(……何やってんだ、あの人は)



 今生の別れみたいな手紙を自分勝手に残していなくなったくせに、突然ひょっこりと帰ってきて手の平を返すように謝罪してきた。かと思えば探索者として本格的に復帰することはなく、昔と違い今では大きな力を持っていることも知らずに生産職を敵に回し、最大手のアルドレット工房にまで目を付けられている。


 何故そこまで周りを巻き込んでは取っ散らかす――もとい頑張れるのか。ツトムの行動原理がダリルには理解ができなかった。三年もブランクのある人が今更探索者として復帰したところで、一体何ができるというのか。


 みっともない写真をいくつも撮られては晒し上げられている新聞はダリルの目にも入っているし、もう過去の人だと嘲あざける者たちも数知れない。今ではもはやPTのお荷物なんて言われたりもしている。



「……くそ」



 そんな記事を見て底意地の悪そうな笑みを浮かべながら、お荷物で結構と口にする彼の姿は容易に想像できる。そういう人だ。だからこそミルルしかり、毎日訪ねてくるアルドレットクロウの人しかり、彼に惹かれて思わず注視してしまうのだろう。


 それに比べて自分はどうだろう。あの人みたいになりたい、そしてあの人のようにはなりたくない。そんな相反する気持ちを抱えたままでオルファンを維持することはできなかった。そして今や暴走しているオルファンは、帰ってきたあの人の前に立ちはだかることになっている。


 身から出た錆に始末をつける。だがダリルにはそれがどうしても出来なかった。数年かけて育て上げ、共にオルファンを築き上げてきた者たちと対立し、決別することはとても辛いことだ。そんなことをするくらいならば自ら降伏し、このまま庇護の必要な子供たちを守っていく方が楽だ。


 だが本当にそれでいいのか。せっかくガルムから鍛え上げられ、無限の輪で培ってきた探索者としての能力を錆び付かせたままでいいのか。今でも鍛錬こそ怠ってはいないが、あくまで日銭を稼ぐ程度の探索活動しかしていない現状では実力は伸びもしない。


 そんな思考をぐるぐると彷徨っては子供たちを見捨てることはできないと結論付ける。それが逃げの一手だとわかっていながらも、身内を切ることなどできない。だからこそダリルは今もここにいる。



「あ? 開かね、開かねぇじゃん……」

「お姉ちゃん、違うよ。こうやって」

「あーわかったわかった。こうだろ」



 そんなダリルの行き着いた古民家の引き戸を、ガタガタと揺らす者たちがいた。



「あ゛っ」

「あー! お姉ちゃん壊したーー!!」

「もーーー!! ちゃんと直してよーー!!」

「わぁーったわぁーった。直しゃいいんだろ、直しゃ」



 そして遂には無理やり押して引き戸を結構な勢いで外した彼女は、警戒して立ち上がっていたダリルを気にした様子もなくそれを横に置いた。その後ろからは言うことを聞かずに引き戸をぶち壊した奴を非難するような子供たちの声が上がっている。



「あー、やっぱここじゃねぇよな。オルファンの本拠地ってのは。やけに元気な餓鬼どもに……しけた面した奴しかいねぇし」

「……アーミラ」

「取り敢えず、面貸せよ。聞きてぇことがある」

「直してからね!」

「…………」



 戦闘も考慮して大剣を引っ提げているにもかかわらず物怖じしない子供たちを前に、アーミラは逞しい彼女たちの頭をごしごしと撫でて気分を誤魔化した。

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