第461話 お気持ちVC
「……終わったのですか」
爛れ古龍の心臓を捧げる復活の願い後も、優秀なアタッカー二人によって迅速な臓器破壊は滞りなく行われた。その間にハンナが魔流の拳を独断で解放して暴発しユニスに蘇生されるという事態もあって多少荒れたものの、努たちPTは百階層の攻略を果たした。
復活させた臓器をも破壊され、最後の足掻きを終えると干乾びるように消滅していった爛れ古龍を前に、彼女は杖を下ろす。
すると前線にいたエイミーがフライで山なりに飛んできて、ユニスの横にしゅたっと着地した。その後ろからクロアもエイミーと神の眼を追いかけるように付いてきている。
「百階層、突破おめでとー! どうよ? 感想は?」
そして神の眼を横にインタビュアーのような面持ちで尋ねてくるエイミーに、ユニスは若干鬱陶しそうな顔をしていたがふっと笑顔を見せる。
「……なんか、ようやくスタートラインに立ったって感じなのです」
「ちょっとわかる」
迷宮都市にある神のダンジョンの百階層は初攻略である彼女は感慨深げにしていたが、そう言って神の眼をクロアの方に追いやったエイミーに眉を吊り上げた。
「一番初めに突破したPTメンバーに、何がわかるのです?」
「……ここがわたしにとっては終わりの始まりだったんだよ。帝都の百階層の時みたいに用紙もらったまではよかったけど、ね」
「あー……一時期めそめそ言ってた時の。ドンマイなのです」
「なら慰めてよぉー」
「触るんじゃねぇです」
「…………」
大きな狐尻尾をわし掴みにしようと伸びてきたエイミーの手を軽くはたき、距離を離すユニス。そんな二人のやり取りを後ろから見ているクロアは、意外にも微笑まし気な顔をしている。
「…………」
(めっちゃ不機嫌すぎて逆にウケる。今こそ心を落ち着ける瞑想をする絶好の機会だと思うんだけど?)
そんなほんわかした三人とは対照的に、爛れ古龍の亡骸付近にいた努とハンナは大して喜びもせずむしろ不穏な空気が漂っていた。彼女の怒りの原因はアタッカーとして避けタンクを煽った努半分、本気を出せば余裕で勝てるという見込みすら外してしまった自分半分だろうか。
(でもスポッシャー相手にあそこまで安定してた魔流の拳暴発するほどムキになるとは思わなかった。そんなに僕にヘイト取られるのが屈辱だったのか? ……まぁ、確かに刻印階層じゃ要介護だったからしょうがないのか?)
その認識もスポッシャー戦で見せた進化ジョブ運用で多少は見直されたのかと思っていたが、自分の勝手な思い込みだったらしい。どうもハンナは自分が介護しなければならないヒーラーにヘイト取りで負けたとでも思ってしまったのか、やけに焦っていたように見えた。でなければそもそも勝手に魔流の拳を使って自爆するわけがない。
「ちょっと楽しくなりすぎて攻撃しすぎちゃった。悪かったね」
「……はぁ~~~」
(完全に拗ねていらっしゃる。しばらく冷ました方がいいかな)
「……すぅ~~~」
(……いや、これ深呼吸でもしてるのか?)
VCで言外にお気持ちを表明するようなため息をかましてきたのかと思ったが、ハンナの身体が上向くほど息を吸い始めたところを見るからにそういうわけではないようだった。そしてぶすっとした顔がいくらかマシになった彼女は努に向き直る。
「師匠が楽しくてやりすぎちゃったっていうのは本当だと思うっすけど、さっきのはあたしが避けタンクとして未熟だっただけっすよ。だから別に謝る必要なんてないっす」
「いやいや、そんなことないよ! ハンナは最高の避けタンクだよ!」
「……師匠のそういうところ、本当に嫌いっす」
「三年前は真に受けてたのに」
「…………」
「割るな割るな」
銃に弾でも込めるかのように純度の高い透き通った無色の魔石を手に持ったハンナに、努は待て待て話し合おうと両手を振った。
「いつか本当にぶっ飛ばされるっすよ」
「人と空気は選んでるよ」
「早くアーミラとかにぶっ飛ばされるといいっす。……確かに、師匠の態度はムカついたっすけど、上手く動けない自分に一番ムカついてるっす。110階層じゃぎゅんぎゅん上手くいったのに」
魔流の拳を封じられているからこそ上手くいかないのだとハンナは戦闘中に思い、縛りを破って魔石を砕きヘイトを多く取った。すると努も使い慣れていない新スキルの試し打ちを止め、エアブレイドとホーリー系統の手慣れたスキルを回してすぐに追いついてきた。その意外な粘りに対抗しようとムキになって雷魔石を砕いた結果、ハンナは魔力を暴発させて感電死した。
スポッシャー戦では雷の中魔石を砕いても暴発することなどなかったし、大魔石でも使わなければ失敗することはほぼなかった。なので110階層での戦闘のように避けタンクをしてみたものの、五人PTでは自分の感覚通りにいかず精彩を欠いていた。
特にヘイト感覚はしっちゃかめっちゃかになるほど鈍っていたし、精神力を減らすことによるデメリットも久しぶりでハンナの持ち味である感覚的な動きと勘が狂っていて委縮していた。それを自分で理解しているのか青翼を露骨に沈ませて落ち込んでいる様子のハンナに、努は驚きながらもフォローした。
「スポッシャーは個人技が活かせる割合が大きかったからね。ただ山奥で魔流の拳の修行に明け暮れてた分、PTでの動きは忘れてる感じだった。でもまぁ、実戦を重ねれば感覚は戻ってくるよ」
「……そういう師匠はなんでそんなに上手く動けるっすか? 三年は迷宮都市いなかったじゃないっすか」
「僕は基本的には事前に組み立ててる理論通りにしか動かないし、その理論だけは元の世界でも錆びつかせないようにしてたんだ。それに数週間はスキルのリハビリも出来てたから、割と想像通りの動きは再現できる下地があった。本当に山奥から迷宮都市から帰ってきたばっかりだったハンナとは前提が違うんだよ。だから変に比較して気に病むことはないよ」
「んー……」
あまり納得はいっていないものの返す言葉が思いつかないのか、ハンナは上向いたまま動かない。そんな彼女の様は努からするとかなり新鮮でびっくりした。
「今すぐ纏めなくていいから、じっくり考えた後に話を聞かせてよ」
「いや、そんなすごいもんじゃないっすよ? 期待しすぎっす」
「そう? ハンナがそこまで考えてるの、珍しいから。……あー、取り敢えず魔石運ぼうか。エイミーたちも一段落ついたみたいだし」
そろそろ長い話は終わったかと言わんばかりな緑の気体がユニスから飛ばされてきたのを見て、努は杖に巻いていた風呂敷のようなマジックバッグを解く。
「……そうっすね。んー、師匠が特別ってだけじゃないっすか? その、理論がどうたらとか」
「僕に似た理論派タイプは、ゼノとかリーレイアかな。逆にハンナみたいな感覚タイプはエイミーとかコリナとか」
「でもコリナは頭良くないっすか?」
「別に理論派が頭良くて、感覚派が馬鹿ってわけじゃないからね。どっちも長所と短所があるから結果としてはそこまで変わらないよ。コリナは今みたいに武器持って感覚的に動いた方が強かったタイプかな」
「じゃあコリナと師匠合体したら強そうっすね!」
「言い方」
「……あっ、いやっ、そういうことじゃないっすから! 何言ってるっすか! こう……師匠の脳みそだけ入れ替えるって感じっす!」
「それはそれでどういう発想?」
その後もハンナが咄嗟に思いついたような話を努は聞きながら、爛れ古龍からドロップした魔石を回収するために風呂敷式のマジックバッグを二人で持って広げていた。
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