第427話 孤児団体オルファン

「今のところはそんな状況だと思われるね。少し私の予測も入ってはいるが」

「なるほど」



 まずは何だか拗れている様子なダリルへの挨拶を済ませるため、努は事前に情報を集めていたゼノから孤児団体についての詳細を聞いて状況を把握した。


 ダリルを筆頭とした孤児団体は、創設されてから数年ほどは割と好調に進んでいたようだ。当時は数少ない百階層の攻略者であり、尚且つ何年も前から孤児院に足しげく通い支援を続けていた彼の声掛けによって孤児の人数自体はすぐに集まった。


 そしてダリルが惜しげもなく資金を投入して孤児たちに装備を支給し、探索者として必要な知識を授け、いずれは自立した生活が送れるよう自ら仕組み作りを徹底した。そしてその仕組みはその中でも大人で社会を知っているミルルの補助を受ける形で上手く機能することとなり、オルファンと名付けられた孤児団体は急速に力をつけた。


 それから中堅クランから指名を受けて加入する者もぽつりぽつりと現れ始め、探索者として自立していく孤児を増やしながらオルファン自体の勢力も増していった。そしてダリル率いるPTに限っては時折上位の神台にも映れるようになり、臨時PT以上クラン以下の不思議な団体は徐々に名が売れ始めた。


 だがそんな中、ダリルと共にPTを組んでいた孤児を筆頭に、段々と彼に対する恩義を忘れて今の待遇に不満を持ち始める者も密かに増え始めていた。それは主に金銭面と、団体に属していることへの抑圧感だ。


 オルファンでは探索で得た利益の一割を天引きし、団体活動費へと当てている。ただ上位の神台に映れるような探索者が稼ぐ金額の一割は、一般の人から見ても口惜しいと思ってしまうような規模にはなる。それも孤児上がりとなれば手に余るような額だ。



(あの記者は団体の運営にも結構関わってるのか)



 ただそういった不満が出ることを見越していたミルルは、初めに探索で得た利益を団体に移してそこから報酬として孤児たちに渡すことで、運営費が差っ引かれていることがわかりにくい構造を作って利益を分配していた。そのため孤児たちのほとんどは団体活動費について知らされているものの、感覚的には徴収されていると思っていない。そのため金銭的な不満については顕在化しなかった。


 その天引きについて疑問を持つ孤児には運営費の必要性を改めて説明しつつ、それでも納得がいかないのなら独立の選択肢も提案した。それも煙たがって追い出すようなことはせず、むしろ孤児の立場と将来を考えながら親身になって対応して何のしがらみもなく外に出させていた。


 そうして外に出てみればオルファンがいかにダリルの慈善で成り立っているかを否が応でも理解する。それを振り切ってそのまま独立した者には恩を売れるし、戻ってくる者も認識を改めてくれる。


 しかしそれでも時が経ち心身とも成長し探索者として成り上がり始めた孤児たちの中には、自身の力を持て余す者も見受けられ始めた。それは自分を捨てた親への復讐から周囲の中でも浮いている者を排除したりと様々だったが、最も多かったのはオルファンの一番上に位置するダリルへの反抗だった。


 特に迷宮都市の外から来た孤児の中でも、王都からきて多少の実力があった者たちはダリルへの恩義も薄かった。初めはそれこそ反抗期の子供のようにささやかな反抗で、ダリルも特に咎めはしなかった。だがその反抗はどんどんとエスカレートしていってしまい、遂にはオルファンの運営資金に手を付けるという犯罪に近い行為まで起きてしまった。


 そしてダリルはその行為を防いだものの、その人柄の良さからかリーダーとしての判断を誤った。ミルルの助言を無視してその犯罪行為を起こした孤児たちに大した罰則も設けず、半ば見逃す形を取ってしまった。



(ダリルの立場が悪くなり始めたのはそれが決定打か)



 それからダリルの失脚は早かった。あくまで争いなく仲を取り持とうとするダリルの考え方は、大して頭の回らない孤児たちからみれば弱気に映りすぎた。そしてその犯罪まがいのことを犯した孤児たちを独断で徹底的に断罪した、リキという王都組の中でもリーダー格である少年は大袈裟な評価を受けた。


 そして日が経つ内に気づけば元々多数派だったダリルを支持する迷宮都市の孤児たちは、革命的な勢いを持つ王都組の勢力へと染まっていった。その後ダリルも自分が求められていない空気を感じ取ってか、大人しくリキにリーダーを譲った。


 ダリルは確かに情を優先してリーダーとしての判断を誤ったのかもしれないが、彼のしてきた団体の経営方針は決して悪いものではなく、むしろ最善を尽くしていた。その証拠にダリルが一番の座を譲ってから数週間でオルファンは正常に機能しなくなった。


 その問題が起きてからダリルとミルルは助言したものの、それは有頂天になっていたリキの怒りを買うことになり、周りの孤児たちからも責められて追いやられる形になってしまった。それでダリルはすっかり意気消沈してしまい、オルファンの運営について口を出すこともなくなった。


 それからはゼノの言う通りで、孤児団体オルファンには悪い噂しかないようだ。ダリルとミルルという枷で何とか保たれていた団体は今や見る影もなく、警備団からマークされるほどまで落ちてしまった。



(それで今も腐らずに弱い孤児を育ててる辺り、お人好しって感じだな。そもそも自分の財産投げ打って育てた孤児に裏切られた形で追い込まれたのに、よくまた育てられるもんだな。それともまた裏切られるかもしれないと思いながらも無理やり頑張ってるのかな?)



 そんなダリルは今やオルファンの中でも日陰者扱いをされているようだが、律義にか弱い孤児の保護については継続しているようだった。ただそんな彼とミルルもまだ一緒に活動していることについて疑問は残る。警戒しておくに越したことはないだろう。



「そういうことならダリルは夜にでも呼び出す形にして、先にアーミラへの挨拶を済まそうか」

「えー? オルファン? ってところ行かないっすかー? あたしもダリルと久々に会いたいっすよ!」

「わざわざ危険だってゼノが言ってくれてるんだし、行かないに越したことはないでしょ。それじゃあ、呼び出しに関しては任せていい?」

「あたしがいるから大丈夫っすよー! 修行の成果を見せてやるっす!」



 魔石のはめ込まれた指輪を成金のように見せつけた後、地元じゃ負け知らずな喧嘩屋のように肩を回しているハンナに努は白い目を向ける。



「確かにハンナはいざという時には頼りになるけど、戦わせたら一帯を消し炭にしそうだから嫌だよ。帰ってきて早々警備団のお世話になりたくないし」

「はぁー。師匠、舐めてもらっちゃ困るっすよ。もう暴発とかしないっすから」

「どうだか」



 もしオルファンの根城へ行かなければならないにしても、対人戦闘において鬼のような強さを誇るガルムリーレイアの二点セットに、出来るならそこにアーミラディニエルの火力も連れていきたいところだ。孤児とはいえ相手は恐らく百レベルを超えている者が多数なので、それくらいの保険はかけておきたい。ハンナはいざという時に押す自爆ボタンのようなものなので、それを積極的に押したくはない。


 それにあまり状況がよろしくなさそうなダリルの本拠地に出向くということは、不登校気味な子の家にお友達を引き連れてピンポンを押すようなものだ。それであまり良い結果になるとも思えない。



「アーミラは大丈夫そうなんだっけ?」

「一時期は荒れていたが、リーレイア君に手厳しいことを言われてからは切り替えられたようだね。今はギルドの仕事に精を出しつつ、探索者としても成長しているように見える。見る人から見れば全盛期のギルド長が幻視するそうだよ」

「……まぁ、ハンナで押さえられはするよね?」

「さぁ、それはどうだろう。とはいえ、今の彼女ならツトム君の帰還も素直に受け止められるとは思うがね。一発ぐらいは殴られるかもしれないが」

「拳が腹貫通してきたりしない?」

「はっはっは!」



 何かしらの漫画でそんな描写を見たことがあった努が不安そうに言うと、ゼノはあまりに荒唐無稽なことを深刻そうに話されたことが面白かったのか軽く笑った。



「あたしなら頑張れば出来るかもしれないっすけど、いくらアーミラでも無理っすよ。でも、地面にうずくまる覚悟ぐらいはしといた方が良さそうっすね」

「バリアかけとこ」

「そうするとリーレイア君の二の舞になりそうだが」

「……やっぱりダリルからにしようか。それで守ってもらおう」

「……正直にいうと、ダリル君はツトム君にあまり良い感情は抱いていないだろう。守ってもらうことはできないだろうね」

(マジレス乙。はぁーあ。ダリルは恨み買ってるミルルが傍にいて面倒そうだし、対抗策は準備していかないと。アーミラには本当に殴られそうだし、ディニエルなんてもっと怖い。早くダンジョン潜って攻略に集中したいのに)



 だがそれもこれも結局のところ自分が蒔いた種ではあるので、またおいそれと逃げるわけにもいかない。努は内心愚痴をぼやきながらも足取りは早め、カミーユがギルドへと出勤しない内に到着するよう努めた。

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