第422話 三年ぶりの再会

「あぶなっ」



 久しぶりに黒門から転移したこともあり努はつんのめったが、何とか転ばずには済んだ。そしてがやがやとした周囲を見回してみると、探索者らしき装備をした数多くの者たちが受付の列に並んだり、神台を立ち見している光景が広がっていた。


 この世界で死んでから初めて目にし、いずれは日常にまで昇華していた久しぶりの光景を前に努は感慨深そうに息をつきながらも、後続の邪魔にならないよう黒門から離れる。



(内装自体はかなり変わってるけど、ちゃんとギルドみたいだな。神台の位置自体は変わってないし、見覚えある人も何人かいるし)



 一新された受付台でも相変わらず人気のないスキンヘッドおじさんを遠目で見てホッとしながらも、努は何となく後ろめたい気持ちもあってか白いフードを頭にかけてそそくさとギルドから出ていった。



(この装備、帰った時に着てたやつと同じっぽいな。どうせなら帰還の特典に黒杖ぐらいのものくれてもいいのに。他にも思い入れのある装備なんていくらでもあるんだし。まぁ、また階層主の前に放り出されるよりはマシだけど)



 努は前と同じように支給された装備について内心でそう愚痴りながらも、およそ三年ぶりに訪れた迷宮都市を懐かしんでいた。見覚えのない店や施設なども多く見受けられるが、中には前と変わらないような場所も所々存在している。



(時間の経過は現実とそこまで変わらない感じっぽいな)



 時間経過の乖離が大きく、帰ってきたら生き残っていたのはエルフのディニエルだけでした、なんてことにならなくてよかったと思いながら、以前よりも活気が溢れているようにみえる迷宮都市の通りを歩く。


 今のところは身の着一つのため買い食いなどは出来ないが、三年前に比べると魔道具を前面に使っている出店も増えているようだ。以前ならばコスト面に難があり一般的にはならなかった炎の魔石を利用した魔道具も、今では即席コンロのように利用されている。他にも氷魔石を利用した冷蔵庫っぽい魔道具もかなり見受けられた。



(お、ステファニーとビットマンは相変わらずで……ディニエルはアルドレットクロウに移籍した感じか。それなら無限の輪はシルバービーストと合併する方向で纏まったのかな。……って、ポルクもいるのか! 結構尖ったPT構成してるな!)



 遠目から見える一番台にはアルドレットクロウのPTが映っていて、その中には見知った者もがほとんどだった。それから少し歩いて神台市場に着いてからは本格的に一番台から十番台くらいまでをざっと視聴し、努は現在活躍しているクランと探索者を割り出した。そして迷宮マニアたちの話している内容に耳を済ませながらも、回復スキルの操作練習をしばらく行った。



(一、三、六番台はアルドレットクロウか。三年経ってもステファニーは安定してるな)



 先ほど遠目から見えていた一番台の他にも、上位の神台にはアルドレットクロウのPTがクランとしては一番多かった。そしてかつての弟子であるステファニーは今も第一線のヒーラーとして活躍しているようで、努は少し安堵した。



(二軍PTのヒーラー、男なんだ。しかも祈祷師。三年前には見たことないと思うけど……。PT自体は結構勢いに乗ってるなー。ステファニーに追いつけ追い越せって感じか? 視聴者もかなり多いし)



 アタッカーのソーヴァ以外誰も見たことがなく、それでいて男の祈祷師が指揮を執っている二軍PTが三番台で、いつぞやにステファニーと一軍ヒーラーの座を奪い合ったものの田舎に避難する羽目となったキサラギ率いるPTは六番台に映っている。



(紅魔団は、結構エグい成長してるみたいだなー。二番台ではあるけど迷宮マニアの話を聞くにそこまで大差はないっぽいし。やっぱりユニークスキルはチートだよチート。僕が言えたもんじゃないけど)



 ヴァイス率いる紅魔団はクランの規模を少し拡大してからはその成果が出たのか、今は二番台に映っていた。不死鳥の魂という強力なユニークスキルを持つ彼と、今はもう黒杖を持っていないアルマの二大アタッカーは今も健在のようだ。それに前々から地道に実力を付け始めていたヒーラーのセシリアも目を見張るほど成長していて、今では三大ヒーラーの一人とされていた。



(無限の輪とシルバービーストは四、五番台か。一から三番台まではそこまで差はないみたいだけど、四番台からは結構差を付けられてるみたいだな。トップ争いには参加できてない感じか。ロレーナとコリナでも駄目って、結構レベル高いなー)



 まだ同盟を組んでいる様子の無限の輪とシルバービーストは、迷宮マニアからすると二番手という評価を受けているようだった。見る限りメンバー自体は悪くないと思うのだが、如何せんアルドレットクロウと紅魔団が優秀すぎるといったところか。



(それに聞いたこともないクランも三つ入り込んできてるし、中堅クランから全体的に底上げされた感じか。金色の調べさんは一体何処に……二十七番台か。悲しいなぁ)



 金色の調べは完全にトップ争いからは離脱しているようだ。それに一軍ヒーラーもミルウェーのようで、よく探してみたがユニスの姿は見受けられなかった。今日はたまたま休みなのか、それとも引退でもしてしまったのか。



(それに比べてバーベンベルク家の頑張りようよ。障壁魔法、ダンジョン内でもある程度使えるようになったっぽいな。そりゃ強いわ)



 八番台には迷宮都市を治めている貴族であるバーベンベルク家の長男であるスミスと、長女のスオウが映っていた。以前までは魔力の溢れている神のダンジョン内では障壁魔法を使えなかったのだが、今は結構な頻度で使っている様子だ。



(ダリルと、名前なんだっけあいつ。捏造記事書いた狸の記者。あいつとPT組んでるのか? どういうことだ? どういう流れでそうなった?)



 三十番台に映っていたダリルとミルル、それに少年少女が付き添っている謎のPTを目ざとく発見した努は、正直驚きを隠せなかった。そもそもダリルが無限の輪を抜けているとは思わなかったし、ましてやあの記者とPTまで組んでいるとは思いもしなかった。


 それから努は神台を見ながら無限の輪の状況把握を優先し、ディニエル、アーミラ、ダリル、が離脱して他のクランや組織に所属していることを確認した。エイミーとハンナについてはそもそも神台に映っていなかったので、現状では離脱したのかまでは不明だった。



(……お腹、減ってきたな)



 そして午前中から現状把握に時間を費やし、気付けば時刻は夕方に差し掛かっていた。新しい情報を吸収するのに無我夢中だったのであまり実感はなかったが、水すら入れていないお腹が唸るような音を出したことで努は自分が空腹であることを自覚した。



(まぁ、無限の輪のクランハウスに帰ればいいだけの話なんだろうけど、なんだかなぁ……。嫌なことは後回しにしたくなるよね。行かなきゃいけないんだけどさ)



 現実と異世界の狭間で迷っていたということを加味しても、無限の輪での別れ方は決して良くはなかっただろう。初めに想定していた手紙だけを残して立ち去る、という方法よりかはガルムとエイミーに別れを告げただけマシだと思いたいが、それでも無限の輪は現在五人の行方がしれない。


 今考えれば、もっとマシな別れ方はいくらでもあったはずだ。それこそ自分の事情を正直に説明すればよかったのかもしれない。


 だが、三年前に現実への帰還する権利を手に入れた自分は、何年もひた隠しにしてきた秘密が露見してしまうのが怖くて仕方がなかった。結局のところ、自分は帰還の手掛かりを探すためにクランを設立してメンバーを利用したに過ぎない。そのしっぺ返しが悪い方向に転がることしか考えられなかったので、初めは置き手紙だけを残して逃げるように去るつもりだった。


 しかしその秘密はエイミーに露見することになってしまったため、対抗策としてガルムにも話した。そしてディニエルに怪しい動きを指摘されてからはなりふり構わずに強行策で突破し、無理やりに現実への帰還を果たした。



(現実に区切りをつける方が何倍も楽だったな……うわぁ、行きたくねぇ。行かなきゃいけないんだけど、行きたくねぇー)



 現実への区切りはむしろ前向きな終活みたいなものだったので、そこまで苦ではなかった。親と真っ正面から向き合って自分のこれからやりたいことを話した時は緊張こそあったものの、結果的には三年で上手くいって良い報告を出来た。これでようやく心にずっと住み着いていた現実の亡霊がいなくなったので、この世界に全神経を注げるようになった。


 ただ、無限の輪のクランメンバーたちはそうもいかないだろう。だからこそクランを離脱しているのだろうし、元クランリーダーでもある自分には少なくともあの時のことを説明する義務ぐらいはあるだろう。



(……取り敢えず、今日は様子を見よう。この装備を売れば数日は生きられるくらいの金にはなるだろうし、まずは落ち着いてから)

「師匠?」



 そして努が神台前のベンチで考える人のようなポーズで固まりながら新たな現実と向き合いたくない気持ちで一杯になっていると、そんな声が前から聞こえてきた。



「ねぇ、師匠っすよね?」

「…………」



 努は咄嗟に白いフードを深く被って顔を逸らしたが、既に手遅れだったようだ。下から覗き込むようにして顔を見てくるハンナを前に、努は無言で席から立ち上がると早歩きでその場を去ろうとした。



「ちょっ、師匠―!! 待つっす!!」

「……わかったから、声を抑えてくれ」

「えー? なんなんっすかー? せっかく久しぶりに会えたのに!」



 だがハンナの勘違いで済ませるにしてもこのまま騒がれては意味がないので、努は立ち止まってそう声をかけた。すると三年経っても相変わらずな様子の彼女は拗ねたような顔をしたが、その声からは嬉しさが滲み出ていた。

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