第419話 帝都の様子

「一体何処まで行きやがったのです……」



 突如として迷宮都市から姿を消した努を捜索するために旅立ったユニスは、馴染みのない地方を回っては回復スキルで怪我人を治し、その報酬としてその地の情報を探ることを繰り返していた。


 その行動を半年近く行っていくうちに、とある男を探しながら無償で怪我人や病人を癒す狐人の存在は村々の間でも知れ渡り始めた。そして多くの者たちからの信頼と情報量をユニスは手にしたが、それでも努の情報は得られないままだった。



「帝都に行ったって噂もあるし、試しに行ってみれば? 今なら丁度警備団の一部隊も入るみたいだし」

「……検討するのです」



 それからも努の写真を印刷した紙をばら撒きながら活動の幅を広げていた時、たまたま帝都での勤務から帰って来ていた警備団の知り合いと再会してその話を聞いたユニスは帝都に行ってみることにした。


 迷宮都市での活躍もあってか顔自体は覚えられていたこともあり、白魔導士として少し警備団と協力することを条件に彼女はすんなりと帝都に入る部隊に受け入れられた。



(まさか自分がはるばる帝都まで来るとは思わなかったのです……)



 ユニス自身は王都出身ではないためあまり馴染みはないが、帝都はかつて王都との大規模な戦争をした国であるため老人たちの中には今でも快くは思っていないものが多い。そして今では半ば独立しているような状態である迷宮都市にとっても一応は仮想敵国のような扱いにある。


 ただ今では貿易から学生の留学などを通じて、多少の信頼関係は築けている。特に数年前に起きた大規模なスタンピードの知見や対策を警備団がすぐに講じ、その結果として帝都の被害を抑えられてからは現場での連帯感は増していた。



「まだまだ憎き敵国、なんて思ってる人もいるだろうけど、現場はそんな殺伐としてない。特にここ数年で関係は大分改善したよ」

「あのマッチョたちも仲良さげなのです」

「うん、まぁ、あれは例外みたいなものだけどね。そもそも初めから気が合ってたし」



 ブルーノを中心とした服の上からでも窺える筋肉が目立つ巨体の者たちを眺めながらフライで飛んでいるユニスを横目に、警備団の女性は苦笑いしている。彼らにすれば筋肉は共通言語のようなものなのかもしれない。



「ユニスさんには、帝都のダンジョン攻略を手伝って頂きたいのですが……」

「あ、やっぱり帝都にも神のダンジョンはあるのです?」

「はい。迷宮都市では信仰団体が面倒なので情報統制をしていますが、間違いなく帝都にも存在しています。それも恐らく、迷宮都市とは違う類のものが」

「なるほど。だからあまり大っぴらにしていないのですね」

「えぇ。それは帝都の方でも同じようですけど、いずれはその真実も明かして受け入れさせなければならないでしょう。でなければ正式に友好的な関係も結べません」

「大変そうなのです」

「えぇ、えぇ。それはもう大変で……」



 それからは外交も兼ねている彼女の溢れんばかりの愚痴をしばらく聞かされたが、帝都のことについて知りたかったユニスにとってはそれも情報になったので辟易とすることはなかった。そしてようやく愚痴が尽きたところで彼女は改めてユニスを見つめ直した。



「正直、ユニスさんが来てくれたのは凄く助かります。エイミーさんもまともなヒーラーがいないと辟易していましたから」

「んー、帝都のダンジョンは迷宮都市と比べるとまだレベルが低いのですか?」

「……レベルだけでいえば少し低いようですが、実力はそこまで大差ないように思います。問題は別にあるのですが……実際私自身はダンジョンに潜っていないので実感を持って説明しづらいんですよね。詳しい内情はエイミーさんに聞いて頂いた方がわかりやすいと思います。ただ、迷宮都市にある神のダンジョンと構造こそ違うようですが、仕様はそう変わりないかと。こちらでも普通にスキルは使えますし、死んでも入り口に戻される形で生き返れるようです」

「それならまぁ、大丈夫だとは思うのです。迷宮都市と違うダンジョンだから、てっきりまたレベル1から始めるものだと思ってたのです」

「ステータスカードの情報自体は共有しているみたいなんですよね……。そこに活路を見いだせればいいのですが」



 それからは王都と帝都との詳しい歴史背景からこれからの外交についてあれこれと話しているうちに、巨人でも通れそうなほど巨大な帝都の門へと到着した。そして警備団が入国手続きをしている間、ユニスは暇つぶしに周囲を見渡した。



(……何で男同士が手を繋いでいるのです? 帝都独自の文化?)



 全員というわけではないが、一部の男性、女性問わず同性同士で手を繋いでいた。それもやけに指を絡ませるような繋ぎ方からして、家族だからというわけでもなさそうだ。帝都の門には手を繋ぐと願い事が叶うだとか、そういった逸話でもあるのだろうか。


 そんなことを考えながらマジックバッグなどを預けて荷物検査を終えてから帝都の門を通過していると、前にいた小汚い猫人にいきなり肩を掴まれそうになった。そもそもこの往来の中立ち止まっていることからして怪しんではいたので、ユニスはその手を避けた。



「あ、ごめんね。ユニスちゃん」

「……は?」



 すると突然自分の本名を呼ばれたことにユニスは驚いた。そしてまじまじと目の前の人物を見つめ、ようやく彼女の存在に気付いた。



「も、もしかしてエイミー、なのです?」

「うん。そっか。今の私の見た目、酷いもんね。ちょっと最近自覚がなかったなー」



 一目見た印象では完全に浮浪者であり、その真っ白でふさふさだった猫耳や尻尾は雨に打たれた野良猫のように荒れているエイミーを前に、ユニスは唖然とするしかなかった。



 ▽▽



「帝都のダンジョン、恐ろしいのです……」



 それからユニスはエイミーから帝都のダンジョンについて詳しい説明を受けると、彼女が自発的にそんな恰好をしていることにも納得がいった。


 迷宮都市における神のダンジョンでの禁忌は、悪意を持って人を殺すことだ。モンスターへ向けた攻撃が誤射して殺してしまったことは咎められないが、本当に死なないからといって殺人でもしようものならその者は神のダンジョンから追放される。


 そして迷宮都市の出入りにはとても便利であるステータスカードも剥奪され、ステータスやスキルの恩恵を受けられなくなる。その罰がとても重いからこそ、神のダンジョンでの殺人は起こりえない。



「禁忌の内容からして、本当に迷宮都市と違う神様みたいだねー」



 帝都における神のダンジョンでの禁忌は、異性との過度な接触である。少し身体に触れるくらいならば問題はないが、恋人繋ぎぐらいになると神の眼から警告がなされる。もしキスでもしようものなら追放される可能性が高い。


 そして帝都のダンジョンにはそもそも黒門自体が存在しないため階層ごとの転移が不可能であり、全滅したら到達していた階層より二十も下へと戻されてしまいまたやり直さなければならないという仕様だった。ただ時間制限は設けられていないため、帝都の探索者たちにとっては神のダンジョンに泊まり込みで挑むのが常識であった。


 そのダンジョンの構造上、何日も泊まり込みを余儀なくされる環境で、異性との接触は禁じられる。流石にそれを破った罰則が厳しすぎるがため早々異性に手を出す者などいないのだが、特に男性は一晩だけ魔が差すといったことはある。実際にそれで神のダンジョンから追放されてしまった者も少なからずいた。


 そのこともあって男女混合PTはリスクが高すぎるという結論に探索者たちは至り、帝都のPTは万が一もないように同性だけで組む者たちがほとんどになった。


 しかし同性だけのPTとはいえ何日も泊まり込みでモンスターと命懸けの戦いをする環境にもなると、生存本能が働くこともあってか一部の者は同性愛に目覚めることも少なからずあった。そしてその様子は神の眼を通じて神台で配信されることもあり、帝都の文化は少しずつではあるが同性愛を受容する形になっていった。



「ブルーノ本当に許せない……。先に教えてくれればこんなことにはならなかったのに……本当に怖かったんだからぁ!! もしあの人たちが優しくなかったら初めから探索者生活終わってたよ!!」



 その結果としてまだ一部ではあるものの、同性同士で色々と発散しながら神のダンジョンに潜る、といったPTは確かに存在していた。そして帝都に来たばかりだったエイミーはその文化を知らずに入ってしまったため、知らず知らずのうちにレズPTの勧誘に乗ってしまいダンジョンに潜ってしまった。


 ただ幸いなことに初めて組んだPTの女性たちは極めて理性的だったため、エイミーの事情を聞いてからはそういった行為を止めてくれた。それどころか帝都のダンジョンでの常識や攻略法なども丁寧に教えてくれて、丁重にギルドへと帰してくれてエイミーにその気がないことを周囲に伝えてくれたりまでした。



「でもね……。世の中には良い人もいれば悪い人もいるんだよ……」



 初めこそ紳士的なレズの方々に救われてエイミーは事なきを得たが、それでも彼女を虎視眈々と狙う者たちは多かった。その手から逃れるために結果としてエイミーは糞尿にまみれて病気持ちな野良猫のような恰好を偽装し、新たな世界をこじ開けられずに済んでいた。



「でもだからといって、その恰好はどうなのですか? それなら普通の人とPTを汲めば済む話なのです」

「ユニスちゃん……わかってない。実にわかってないよ。ここでは普通っていうのがそもそもの間違いだよ。普通を装う人もいるし、普通が変わることだってあるんだよ……」



 エイミーも初めからこんな格好をしていたわけではない。初めこそその文化を認識した上でユニスと同じような考えに沿って、今度は普通の女性探索者たちとPTを組んだ。


 だがその中には普通を装った狼が混じっていることもあれば、夜には男装して男役に回り始める者、同性だけしかいないという環境によってレズに目覚めて周囲も染め始める者など、普通から外れることが多々あった。だからこそエイミーは誰からも手を出されないであろうこのスタイルに行き着いたのだ。



「……それじゃ、帝都の方はエイミーに任せるのです」

「まぁ、待ちなよ」



 聞いている限りでは帝都にいても良いことはないなと思ったユニスは、屋台に備え付けられていた席から立とうとした。しかしそれをすかさずエイミーは止めた。



「ユニスちゃんが一人で帝都まで来たって時点で、色々とわかる部分がある。ツトムのことでしょ?」



 そわそわとしていた狐耳が途端に止まったところを見て、エイミーは安心したように彼女の手を離した。明らかにこちらの言い分に聞く耳を持ったことがわかったからだ。



「私は帝都のダンジョン攻略の目処を立てたい。ユニスちゃんはツトムの情報が欲しい。お互いに良い話が出来そうだと思わない?」

「なんか、目付きがやらしいのです。エイミーも帝都に染まってるんじゃないのです?」

「ちっがーう!! そんなことよりも! 話を戻そう!」

「そこまで否定されると余計怪しいのです」



 それから同性愛者の疑惑を持たれたエイミーがユニスに話を聞いてもらえる状態にする頃には、もう夜になってしまったので二人は一旦別れることとなった。

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