第415話 彷徨うコリナ
他人の死期が黒い靄のような形で見えるコリナの第六感にも似た何かは、ステータスカードに死神の目というスキル名で記されたことによって周囲からも正式な評価を受けるようになった。
そのスキルはコリナ以外の者が現状では誰も持っていないことが確認されたため、ユニークスキルとして周知された。そのことによって彼女は記者たちから引っ張りだことなり、個人的なスポンサー依頼なども爆発的に増えてんてこ舞いとなっていた。
そういったスポンサー契約については慣れているゼノと事務処理をしてくれたオーリのおかげで今は落ち着いたものの、周囲からの期待は以前に増して大きくなっていた。元から祈祷師の中では抜きん出た存在だったが、今ではユニークスキルの存在もあってか努に代わり三大ヒーラーとして挙げられることが普通になった。
(はぁ……)
だがユニークスキル認定を受けたことによる弊害もあり、コリナは酷く落ち込んだ様子で迷宮都市の大通りを一人とぼとぼと歩いていた。
「無限の輪って実質ユニークスキル二人いたんだなー。そりゃ強いわけだよ」
「頭一つ抜けてた理由もあれだったのか」
祈祷師トップの座も結局はユニークスキル頼りなどと陰で言われることも増えたし、死神という不吉な言葉もあってか気味が悪いと避けられることも往々にしてある。
(まさかお店に入れなくなるとは思わなかった……。これじゃあ新しいお店巡りも出来ないよぉ)
そんな中、コリナにとって最もダメージが大きかったのは開店を楽しみにしていた新規の店から噂を理由に出禁を言い渡されたことだった。
王都でも三本指に入る料理人として話題だった者が迷宮都市に店をオープンするという情報を、食通の彼女は勿論耳にしていてその日を楽しみにしていた。
そして長蛇の列の中で待ってようやく順番が回ってきそうになった時、周囲のお客様からの苦情によって彼女は弾き出されることになってしまった。どうやら死神という言葉だけが独り歩きしてしまい、しかもよりにもよって料理人の知り合いである赤子を連れた家族やご老人たちから酷く気味悪がられてしまったのが原因だったようだ。
(何でよりにもよって死神なんて言葉にしたのかなぁ……。神様は私に恨みでもあるのかなぁ……)
まさかこんなことで待望の食事を邪魔されるとは思ってもみなかったし、何だか理不尽にも感じてふつふつとした怒りも湧いた。それに努の帰還事情についてもガルムから多少聞いていただけに、ユニークスキル名に死神なんてワードを入れた性格の悪そうな神を恨みすらした。
だが何よりも、今日のために数日前から胃のコンディションを万全にしてきたのにもかかわらず、それが無駄になってしまったことが悲しくて悲しくてしょうがなかった。今日は完全に王都では金銭的に到底食べられなかったあの憧れの料理を食べるのだと意気込んでいただけに、もうこれから何を食べようとも胃がそれ以外を受けつける気がしなかった。
いつもより三倍増しくらいのため息をつきながら、コリナは周囲の通行人から注目されるくらい落ち込んだ様子でクランハウスに向けて歩く。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「あぁ……はい……すみません……」
さながら生を求めるグールのような足取りで顔を真っ青にしていたコリナに対して、垂れた犬耳が特徴的な青年が勇気を振り絞った様子で声をかけた。そんな彼に視線を向ける気力もない彼女は小さく言葉を返しながら歩を進めていたが、その声に聞き覚えを感じて見上げてみた。
「ダ、ダリル?」
「あっ、はい。すみません。声をかけちゃって。でも流石にその様子はおかしいと思ったので……大丈夫ですか? クランハウスの前まで送りましょうか?」
今までほとんどクラン運営のことで働き詰めだったダリルは、ミルルの計らいで今日は午後から久々の休暇を取っていた。その数奇なタイミングで彼はたまたまコリナの姿を見かけてしまっていた。
ガルムと意見が対立したことでクランを離脱したダリルにとっては、今も在籍しているコリナに声をかけるのは気持ちが憚られた。だが無限の輪のクランメンバーの中では唯一の良心でもあった彼女が、今まで見たこともない悲壮に満ちた顔で歩いているところを流石に放ってはおけなかった。
「実は……」
声をかけてきたのがダリルだったということにコリナは驚いたが、心情を吐き出したい気持ちで一杯だったので今日起きた出来事を彼にぽつりぽつりと話し始めた。
普段そこまで落ち込む姿を見せないコリナがこんな様子になったのだからと、ダリルは何時にも増して真面目に話を聞いていた。だが徐々に自分が想像していた事態とは違う実情を聞くにつれて、警戒するように立っていた尻尾は弛緩するように萎れていった。
「そういうことなら、今日は何かご馳走しますよ? 僕も丁度お腹空いてるので」
「……事前に言っておきますけど、正直今は何を食べても気分は上がりそうにないです。それでも良いですか?」
「うーん、きっと大丈夫じゃないですかね。それに、ほら。オーリさんにその様子を見せるのもどうかと思いますし」
「……そうですね。その辺の屋台で適当に済ませた方がいいかもしれません」
どうせ何を食べても今日食べられなかった料理と比べてため息でもついてしまうのだから、わざわざオーリに作ってもらうのも忍びない。そういうことなら、とコリナはダリルの誘いに乗った。
普段ならば年長者でもあるコリナが会話をリードすることが多いが、落ち込んでいる彼女の口数はかなり少なかった。なのでダリルが必死に話題を探して場を持たせつつ、行きつけの屋台まで何とか辿り着いた。
以前努とガルムとも一緒に来たことのあるその店は、とにかく巨大な肉を丸焼きにする様を見せて集客することを戦略としている屋台である。乱雑に並べられている木の椅子に腰を落ち着けた彼はいつものように岩のような肉塊を注文し、未だにしゅんとした様子のコリナに席を進める。
彼女も大分前ではあるがこの屋台には来たこともあるため、ラフな格好をした店員から渡された油跳ね防止のエプロンに戸惑いを見せることもなく装着する。
それから少しの間コリナは変わらず顔を暗くしながらダリルの言葉に相槌を打っていた。しかし周囲の客にいち早く出された肉塊に黄色いチップの入ったソースがかけられている様と、熱せられた鉄板に触れて蒸気が上がると同時にガーリックの効いた匂いを嗅いだ途端に視線があちこちに動き始めた。
そして気づけばこの屋台に関する口数も多くなってきて炭火のオーブンで焼かれている肉塊を爛々とした目で見つめ始めた彼女に、ダリルは思わず苦笑いした後それを誤魔化すように氷の入ったお冷を口にした。
「凄いですね! 前に来た時はここまで豊富なソースはなかったですよ! それに店の対応も大分良くなってますし、お肉も大分当たりな気がします!」
「氷魔石が一般的に流通するようになってからはこの店も色々と変わりましたね。それと店主さんが結婚して奥さんが厨房に入ってからは、対応も柔軟になったと思います」
先ほどの落ち込んだ様子が嘘みたいにもきゅもきゅと肉を頬張っているコリナにそう説明しながら、ダリルもタレに漬けこんだ臓物の串焼きを食べ進める。
以前は塩胡椒くらいしか味のバリエーションがなかったのだが、今は柑橘系やにんにく効いたソースなど、様々な味を楽しめるようになっていたことにコリナは驚いていた。それに肉も当たり外れのランダム性が排除され、丸ごと頼まなくてもちゃんと部位ごとに分けられて出されるようになっていた。
「あっ、そういえばゼノがダリル君を探していましたよ? 装備を渡したいらしいんですけど、都合が合わないって」
そうしてダリルとほぼ同じ量をぺろりと平らげて粗目の果実ジュースを飲んで一息ついたコリナは、満腹感からの油断もあってか少し踏み込んだ発言をした。その発言にダリルは表情を強張らせたが、彼女の様子を見ながらも言葉を返す。
「……元クランメンバーの人たちとは、もうあまり関わらないつもりですから」
「……えっ、そうなんですか!?」
「はい。僕はもう無限の輪を抜けたんですから、あまり関わるのもよくないかと」
「うーん、それとこれとは別じゃないですか? まぁ、意見が合わなかったガルムさんとはまだ無理に会わなくてもいいとは思いますけどね」
「……そう、ですかね」
「そうですよ。ほら、今も無限の輪在籍の三大ヒーラーであるこの私に、お昼をご馳走してるじゃないですか?」
おどけるような笑みを浮かべながらそう言いのけたコリナに、ダリルは白けた目を向けた。
「いや、それはそもそもコリナさんがあんな顔で歩いてたのが原因なんですけど……」
「でも、関わるのが良くないと心底思っていたなら、そもそも私にも話しかなかったはずです。それこそ――リーレイアさんとか? だったら無視してたかもしれません。……いや、流石に少しは気に掛けてくれるとは信じていますけど」
それこそツトムなら、という言葉はまだ危険かと判断したコリナはそう言い換えたものの、彼女はそこまで冷めてはいないかと思い直した。
「別にクランを抜けたからといって、今までの関係が無くなるわけではありませんよ。私だってもしダリルが落ち込んだ風に歩いていたら、普通に声をかけますよ? それはゼノやリーレイアだって同じですよ。勿論、ガルムもです」
「…………」
「今はクラン、というよりは連合? といった方がいいんでしょうか? そちらの運営で忙しくしていたと聞いていましたし、ゼノが散々フラれていたのも知っていたので声はかけませんでしたけど……また休日にでも会いませんか? 今度は私がご馳走しますよ」
「…………」
もしかしたらコリナに謀られたかもしれないと思いはした。だが、彼女の提案はダリルにとっても魅力的ではあった。
突然の裏切りと努からの信頼を勝ち得たガルムから考えが浅いと遠回しに言われたことが我慢ならず、自分は無限の輪から離脱した。だが、クランメンバー全員を嫌いになったわけではない。一年以上一緒に過ごしPTを組んできた仲間たちとの別れも、自分から選択したこととはいえ辛いものだった。
「何だか、コリナさんから言われるのは申し訳ないんですけど……僕からお願いしたいくらいです。ありがとうございます……」
「いやいや、それこそ今日こうして会えたのもダリル君が話しかけてくれたからじゃないですか! 私はただ、落ち込んでただけなんですから!」
「すみません……」
あれだけ恩師のガルムに対して当たり散らして誰にも相談することもなく無限の輪を飛び出したにもかかわらず、こんな形でまたクランメンバーと関わりを持つことをダリルは情けなく感じた。だがそれと同時に何処か安心感も芽生えていたので、勇気を出して話しかけてよかったと心の底から思った。
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