第410話 宝くじをも掴む思い

 日本に帰ってきてからは取り急ぎ体力面を強化しなければならないと身に染みて感じた努は、ガルムから教えられていたトレーニングを緩めて継続してはいたがこれでいいのかがいまいちわからなかった。なので身近な友人の中では割とガタイのいい登山サークルの秋山君に連絡して協力をお願いしてみた。



「すまん、努が登山に興味を持ってくれてるのはめちゃくちゃ嬉しいし、今すぐにでも色々直接教えたいところなんだけど、俺今タンザニアいるから会えないわ」

「タ、タンザニア?」

「夏休み終わるまでには帰るから、それまでは軽いトレーニングしててくれ。後でラインで送っとくから」

「あ、うん」



 登山家界隈の中では割と名が知れ始めている秋山君は、現在キリマンジャロの単独登頂に挑戦するため海外にいるとのことだった。意外と凄い人だった秋山君に努は少し驚きながらも、彼が帰ってくるまでは自主練習を続けた。



「ライブダンジョンに似たゲームで今流行ってるのは……この辺りか。やってるフレに教えてもらえたらラッキーだし、取り敢えず連絡取ってみるか」



 身体の鍛錬の他にも、ヒーラーとしての実力も今以上に上げなければならない。『ライブダンジョン!』を久しぶりにプレイした時に自分の腕が鈍っていたことからして、恐らくこのまま何もしないままでいてはあちらの世界に帰った時最前線に追いつけなくなる。


 そのため努は『ライブダンジョン!』をプレイしていた廃プレイヤーをSNSで何人か探し当て、今もそのゲームをプレイしている者たちへ連絡を取った。



(意外と返事くれるもんだな)



 かなり久しぶりに、それも自分は連絡するためだけにSNSのアカウントを作った状態で連絡したので返事はそこまで期待していなかったが、元フレンドたちからは割と好ましい反応が帰って来た。



「てっきりライブダンジョン終了で自殺したと思ってたわ」

「いや、僕はそこまで突き詰めてやってなかったでしょ」

「52時間連続で配信してた奴が何言ってるんですかね? 相変わらず頭おかしいよお前」

「貢献度独占してたお前が突き詰めてなかったら誰が突き詰めてんだよ」

「あとボイチェンクソガキ成敗配信、未だにあの動画ようつべに転載されてて人気だぞ。あとヒーラーガイジも俺は好き」

「……前のことはもういいから、とにかくこのゲームについて色々教えてくれ。時間あるうちに前と同じくらいはやり込みたいから」

「マジか。それならうち来なよ。ライダンとはヒラの仕様違うから最初は手間取るだろうけど、大きくしてやるぜ」

「うちは埋まってるけど、ランク戦なら教えられるよ。ある程度のレベルまで来たら対抗戦も付き合えるし、後でフレンド教えて」



 それから努は久しぶりにVCを繋いでフレンドたちから今流行っていて、尚且つ多少のMMO要素はあるゲームを何本か教えてもらい、その中でも世界的に人気のあるものに絞ってヒーラーとしての腕が鈍らないよう特訓を始めた。



「トロール多すぎてどうしようもないんだけど。キレそう」

「そのランク帯は火力系使って一人で無双するしかないよ。あと運」

「カラウミ構成でいい?」

「それで取り敢えずゴールドまではいける。それからはヒラも機能するようになるからそれでダイヤまで上げて、その後対抗戦と大会で仕上げていけばいいよ」

「おけ」



 日本の中で上位に位置するプレイヤーたちから様々な攻略情報を教えてもらえたこともあり、努は夏休みが終わる頃にはチームを組んで対抗戦形式で戦えるくらいのレベルまでは仕上げることが出来た。


 そして秋山君が日本に帰って来てからは登山装備を一通り揃え、神のダンジョンでの探索でへばらないための特訓としてまずは初心者向けの山を一緒に登ることになった。


「凄い! この調子で登れるとか、結構鍛えてきてるじゃん! それじゃあ今度はカップラーメン美味いところいこうか!」

(ふざ、けるな……。渓谷よりよっぽど、しんどいぞ……フライ使いたい)



 神のダンジョンで渓谷など探索した経験と、ガルムトレーニングの甲斐もあってか素人よりはマシに登れはした。だがそれでも登頂しただけでも全身が悲鳴を上げていることには変わりなく、下山で更に地獄を見た。その翌日えげつない筋肉痛に襲われヒールが使えないことを呪ったが、チーム同士での対抗戦のためにPCの前からは離れなかった。


 それから努はゲームに登山と、ある意味では文武両道な生活をしばらく送った。しかしそれも大学生活と共に終わりを告げようとしていたので、努は就職する準備を進めていた。その拍子に一つ異世界へ帰るための手掛かりを見つけた。



(……これ、マジックバッグにはなってるのか)



 これから何かと入用になることを考えて努は異世界から持ち帰った形となった金貨を何とかして換金できないかと色々試していた時、全てを床に広げてみた量とマジックバッグの大きさが比例していないことを発見した。


 それからマジックバッグの性能を検証するため小銭などを入れていた時、ふと思い立って一万円札をマジックバッグに入れてみたところ、何故か小銭の入った貯金箱に硬貨を入れたような音がした。


 その後も検証を重ねて千円札や五千円札なども入れてみたところ、金貨ではなく銀貨や銅貨が入っていたことからしてどうやらこのマジックバッグは日本円を異世界の硬貨に変換もできるようだった。



(そうなると、金も稼ぐ必要性もあるのか、このマジックバッグをパンパンにすることが帰る条件だとしたら……何十年かかる計算だ? 生涯賃金ですら足りるのか?)



 努が就職予定の企業は一般的な商社のため、その給料も平均的だ。その給料を毎月全てつぎ込んだとしても、今ある大量の金貨が丁度半分ほどは入る余裕のあるマジックバッグが満杯になるのは随分と先のことになる。



(この世界との時間経過の違い……いや、あのくそったれな神が今回もそんな配慮をしてくれるとは思えない。三年が経つまでには帰りたいけど、どうやってそんな短期間で大金稼ぐんだよ。ライダンじゃないんだぞ)



『ライブダンジョン!』の理論が通じた異世界なら希有の大金持ちだったのかもしれないが、現実で稼いだといえば個人主催の大会で優勝した時にちょっとしたギフト券を貰ったことくらいしかない。生活に必要なお金に関しては親からの仕送りで賄えたし、備品などは周りから借りれば充分だったので今まで自分で稼ごうとも思わなかった。



(そもそも金を稼がなきゃ帰れないんじゃ、今みたいに練習する暇も取れない。でも、このままあの世界に帰っても結局リハビリの期間がいる。それからまた前線に復帰するには……レベル上げからして追いつくのに時間がかかりすぎる。何年もガルムたちを待たせるわけにはいかない。でも、一体僕がどうやって数年で大金を稼ぐんだ?)



 ログイン画面の前でそんな自問自答が浮かぶ。あの意味深なマジックバッグが帰還条件と絡んでいない可能性なんて皆無に等しい。だが自分がそんな大金を稼げる未来なんて想像も出来ないし、仮に出来たとしても身体とヒーラーとしての実力を今以上に鍛え上げなければ帰ったとしてもしばらくは前線になんて戻れない。


 日本の中では割と有名なチームとの対抗戦で勝利してクランメンバーたちが喜んでいる時も、秋山君に奢ってもらったカップラーメンを山頂で食べて下りる時も、努はその問題を解決することだけを考えていた。



(……幸運者なんだし、宝くじでも買うか?)



 駅の近くにある宝くじ売り場にでかでかと書かれているキャリーオーバーの文字に惹かれるくらいには、途方もない金を稼がねばならなかった。金貨の数を正確に数えて日本円との為替レートを計算した結果、そのくらいの金が必要だ。





(そんな強運はあの異世界に召喚された時点で使い切ってるだろ。ガルムたちにも頼れない。自分で、何とかしなきゃいけない。でも、どうやって?)





 思わずその行列に吸い込まれそうになる気持ちを自制し、努は登山終わりで疲れた身体を引きずるように帰宅してすぐにPC前の椅子に座る。



(あの世界に帰るにはこの問題を同時に解決するしかない。今の僕に出来ることを……)



 だがその現実を前にしても、努に諦めるという選択はなかった。現実的な問題と異世界での問題、その二つを合わせて解決する方法を努は模索し、それを実行し続けた。

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