第397話 見合わないリスク

「ぐっ」



 精神力を大量に減らし吐き気に見舞われつつも青ポーションで回復してはコンバットクライを繰り返し、ゼノは爛れ古龍のヘイトを何とか取り返すことに成功していた。しかし様々な武器種を取り揃え飛来してくる大量の血武器と、心臓から溢れ出た血によって作り出された血分身を前に、彼は苦戦を強いられていた。


 特に血分身の方は技術でなく本能的に戦う傾向が強いハンナを模して造られているため、巧みに弓矢を操るディニエルや精霊との連携が肝であるリーレイアよりも厄介だった。ゼノはKO寸前なボクサーのように足をふらつかせながら、それでも何とか血分身の放つ凶悪な拳と蹴りを凌いでいる。


 更に上空から胸を貫かんと迫ってきた三又の血槍を銀盾で何とか受け流したものの、足元を掬うように飛来した剣は膝裏に直撃し体勢を崩されゼノは転がされた。


 血分身のハンナから散々強烈な殴打を受けて内臓はかき混ぜられているように苦しく、口の中には鉄の味が広がっている。ふと、このまま寝転がっていればどれだけ楽になるだろうという考えが浮かぶ。



「くそっ!」



 気を抜けばこのまま気絶しそうだったゼノは自分を奮い立たせるために声を上げ、上空から捻りを加えながら踵落としをお見舞いしてきた血分身の攻撃を転がって避けた。轟音と共に大きな土煙が上がり、その中から這うように抜け出す。



「吠えても攻撃は止みませんよ」



 そんな彼への追撃に寄せ来る血武器に横から介入したリーレイアは、細剣一本とシルフの風力を利用して見事に捌き切りながら嫌味を口にした。



「気合いを入れただけさ!」

「そうですか」



 コリナが事前にかけていた回復の願いが叶い何とか身体が動くようになったゼノは、再び銀盾を構え直すと血分身を迎え撃った。そんな暑苦しい彼をリーレイアは眺めた後、血分身が上手く動けないようシルフの風を吹かせながら妨害に向かう。



「回復の願い、祝福の光、祝福の光……」



 死にかけのゼノに支援回復を手厚く行っていたコリナは、修羅場に突入していた。



「あ、なんか痛くなってきてる気がするっす」

「あつい」

「絶対に指を持っていて下さいね!! 取れたら不味いです!!」



 先ほどまで二人だけで異常なまでの火力を叩き出し爛れ古龍を圧倒していたハンナとディニエルは、戦闘不能になるほどまで追い込まれていた。ディニエルは弦を引く人差し指、中指、薬指を酷使しすぎたために壊死し取れかけていて、ハンナは調子に乗って雷魔石を使った魔流の拳をぶっ放して感電し一時は心肺停止までして光の粒子に連れていかれるところだった。


 そんな二人への緊急を要する応急処置とゼノへの支援回復を同時にこなさなければいけなかったコリナは目が回りそうになりながらも、祈祷師全一の名に恥じない立ち回りを全うしていた。


 邪魔くさい胸をどかして肋骨が折れるのも構わずに心臓マッサージをしてハンナの息を吹き返させてスキルを節約し、手袋を取ったディニエルのどす黒く染まった指を頑張って動くようになるまで治した。その間に死の気配が濃密だったゼノが爛れ古龍に殺され、蘇生した途端にその間の時間稼ぎをしていたリーレイアも死に、とにかく忙しなかった。


 それでも彼女は未来予知に近い死の気配と祈祷師としての実力を以てして、その状況からも何とか持ちこたえることに成功していた。いつものコリナなら王都学園に合格した時のように肌を粟立たせていそうなものだが、彼女の表情は無に等しかった。こんな悪い状況にまで陥ってしまった原因が明らかだったからだ。



「…………」

「ご、ごめんっす」



 ハンナはディニエルとの共闘で気分を昂らせすぎ、威力が高い分自爆する可能性も高い雷魔石を使って魔流の拳を放とうとした。だがその前にコリナは彼女が纏う死の気配が濃密になったのを感じ、魔流の拳を使用することを止めさせた。


 しかしハンナはその忠告を聞かなかったし、自分ならその死の予測を越えられるとまで豪語した。確かにコリナの死期を予測する異能力の的中率は絶対ではない。彼女の予測が外れることは往々にしてあるし、最近では迷宮マニアからオカルト扱いされることもあった。


 だがその予測が外れる可能性の方が断然低く、それによってPTが救われた場面があったことも事実だ。その異能力にはヒーラーのことを理解している努も太鼓判を押すほどで、PTメンバーたちも信頼している。


 そして最後にはリーレイアが実力行使も覚悟で止めようとしたが、それでもハンナは謎の自信を持ってそれを振り切った。散々止めたにもかかわらず魔流の拳を行使した結果としては、ただの自爆に終わった。もしゼノのヘイト取りが少しでも間に合わなければハンナは潰されていたし、ディニエルの負担も上がって死んでいたかもしれない。


 コリナは珍しく怒っていた。何とか怒りを出すまいとしているものの、よその糞餓鬼に家庭菜園を荒らし回られた母親のような顔で魔石の入ったポーチ型マジックバッグを無言で漁っていた。


 ハンナが普段の練習でも雷魔石を扱える可能性が低いことは知っていたし、事前に彼女が持っているマジックバッグにはそれが入っていないことも確認していた。だが彼女はそれを使えた。つまりは雷魔石を隠し持っていたのだ。



「あっ、それは、抜き忘れたやつっす」

「…………」

「えーっと、それは……」



 自爆の可能性が高い光や闇の大魔石が取り出される度にハンナは雑な言い訳を並べ立てたが、ゼノへの支援回復もこなしているコリナの表情が変わることはない。そして危険のある魔石を完全に取り除いてPT共有のマジックバッグに移し終えた彼女は、おもむろにため息をついた。


 あれだけ散々忠告したことを無視して自分を押し通した結果この有様だということに、コリナは怒りを禁じえなかった。それどころか他の魔石を隠し持っていたことについても腹立たしい。


 しかしハンナが爛れ古龍戦で避けタンクとして大きく貢献していることも事実であり、この作戦には自分も賛成したことだ。ここで感情に任せて怒鳴り散らしたところで状況は変わらず、むしろ彼女の調子が出なくなり負ける可能性の方が高い。



「……隠し持っていたことには少し怒っていますけど、これまでの成果に不満はありません。ハンナは自分の思うように動いて下さい。私もサポートしますから」

「そ、そうっすか。……本当に怒ってないっすか?」

「……本当にもう怒ってないですよ。さぁ、早く翼も治しましょう」



 他人の家の硝子を割ってしまった子供のようにしゅんとしているハンナを前に、コリナは呆れ笑いを漏らしながら治療に着手した。



「いやー、これ、めちゃくちゃ痛かったっすから、助かるっす。この恩は一生忘れないっす」

「エイミーさんに債務整理された時も同じようなことを聞きましたけど?」

「いや、そういうことじゃないっすよ!? お礼の言葉、みたいな感じっすから!!」



 必死に弁明している彼女をよそにコリナは青ポーションを口にしながらも、ディニエルの方に向いた。



「ディニエルさんも、少し熱くなりすぎですよ。流石に指の状況まではわからないですから、自己申告して下さいね」

「ん」



 治った指が問題ないか感触を確かめていたディニエルはいつもの調子で頷くと、器用にも持ち手を入れ替えて弓を持ちゼノの援護へと回った。

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