第398話 お節介おばさん
(初めは運だけとか色々言われてたけど、コリナの評価も安定してきたな。流石に死の気配まで見えるようになる祈祷師は出ないだろうけど、ヒーラーとしての立場は順当に上がってはきてるし)
コリナは自分の能力と努から学んだ知識を掛け合わせ、祈祷師として活躍できるようになった。そしてPTを立て直す彼女の手腕を神台の映像を見て感動している様子の祈祷師たちを見て、努はほくほく顔をしながら椅子の背もたれに寄りかかる。
(PTメンバーも上手く扱えるようになった。まぁ、ハンナに対してはまだ甘いけど。でもあれはあれで一つの形にはなってるしな)
ハンナが戦闘に昂りすぎて指示を無視するような兆候自体はあったし、それにはある程度の期間一緒にPTを組んでいたコリナも気づいていただろう。だが彼女はハンナに説得という悪手を試みてしまった。
そもそもハンナは避けタンクという概念がない時から、何のビジョンもなく拳闘士でタンクをしてモンスターからボコボコにされ自分を貶めていたのだ。その前に周りの人たちからも説得は受けたがそれでも彼女はアルドレットクロウの上位アタッカーという地位を捨て、後に羽タンクと
つまりは力だけは強いバカである。『ライブダンジョン!』でいえばハイリスクハイリターンなロマン砲が大好きな上位陣。そんな認識で努は現実に打ちのめされていた彼女をクランに誘い、その力を正しい方向に導き発揮させてきた。
ハンナも普通の時は人の言うことにも耳を傾けるだろう。しかし自分の情熱や気持ちが乗ってしまえばそれしか見えなくなり、周りの言うことなど聞かなくなる。そんな時は大体ディニエルが死を意識せざるを得ないような矢を飛ばして牽制したり、努がわざとヘイストを切らして身体の感覚を落とすなどの物理的な干渉をして止めていた。
しかし今回のディニエルはハンナに活躍してもらわなければならなかったため、ストッパーとしての役割が薄かった。リーレイアは努と同じように強硬手段も辞さない精神は持ち合わせていたが、その判断を自力で下すような度胸と暴走したハンナを止められるような力はない。
そしてコリナは自分の常識に当てはめて彼女を言葉で説得できるものだと思ってしまった。確かに彼女のように王都学園を卒業できるほどの教養を持ち合わせている者ならいくら感情が昂っていようと仲間の言うことには耳を傾け、冷静な判断をすることが出来るかもしれない。だが、ハンナである。なので雷魔石での自爆は仕方のない部分があった。
(感情で押すパターンも馬鹿には効果的か。僕には出来ない芸当だけど)
そんなハンナの動きは先ほどより冷静さを取り戻しつつも、鈍ってはいない。あまり委縮させすぎると馬鹿がリスクも取れないという最悪な動きになるものだが、そこはコリナの叱る塩梅が上手かったのだろう。
初めこそ神台越しでもコリナの怒りはひしひしと伝わってきたが、祈祷師が不遇な時に受けていた理不尽の数々によって耐性は出来ていたのだろう。よく我慢して上手い具合に落とせたなと努は感心していた。
(あとはゼノの踏ん張りと三人がどれだけDPSを出せるかにかかってる。突破の可能性は十分にあるな)
後半の凶悪化する血武器と血分身にもある程度対応は出来ているため、このままいけば心臓を捧げられる前に破壊して早期決着になることもあるだろう。
その時にどのような手段でゼノとコリナを説得しようか考えていると、突然隣の席に誰かが座ってきた。初めはほのかに香る程度な香水の匂いだったが、その人物を認識したと同時にそれがどぎつい臭いに変わった気がした。
「何よ」
「え、最近クランの新入りにお節介おばさん扱いされてそうなアルマさんこそ、いきなりどうしたんですか?」
「…………」
相変わらずの黒いロングヘアーをなびかせているアルマは突然の口撃に言葉を詰まらせた。そんな彼女がいかにして新入りたちの地雷を踏み抜いていたかを以前神台で何気なしに見ていた努は、ご愁傷様といった顔でそっと腰を浮かせて距離を空けた。
紅魔団はまるで詰んでしまったかのように停滞した階層攻略の打破を図るため、クラン結成以来初のメンバー募集を行っていた。クランとして落ち目とはいえ、元々伝説の探索者として名を
そして何日かの精査期間の後、新たに十名のクランメンバーが紅魔団に加入した。タンク職八名、ヒーラー職二名を集めて四つのPTを結成し、現在はそれぞれのPTで連携を合わせている。
その中で実質一軍ともいえるPTは、ヴァイス、アルマ、セシリアと、新入りだが高レベルで実戦経験も豊富なタンク職二人の男女で結成されていた。しかし初めこそ何も起きなかったものの、徐々にアルマとタンク男女の間には明確な溝が生まれ連携が乱れていた。
「あぁ、ヴァイスに話を返されなくても気にしなくていいわよ? あれはただ考えてるだけだから!」
「…………」
原因の一つはアルマがヴァイスとの接し方について新入りに説法したことだ。ヴァイスはある程度コミュニケーション能力に改善の兆しが見られてきたとはいえ、言葉に詰まってしまい気まずい空気になることが未だにある。なのでそれは決して彼が無視しているわけではないということをアルマは訳知り顔で忠言した。
しかしヴァイスを尊敬して紅魔団に入った新入りたちは、そんなことをあのアルマに言われたくはなかっただろう。そもそも自分の立場も弁えず調子に乗ってヴァイスをまくし立てていたアルマのことを神台で見ていた新入りたちは、初めから彼女のことを快く思ってはいない。
それでもクランの和を乱すまいとそのことについては何も触れないようにしていたのに、アルマから先輩面されヴァイスとの接し方にまでごちゃごちゃ言われれば腹も立つだろう。最近ではヴァイスのメディア露出も増えてきたし、彼の映る神台を熱心に見ていた新入りからすればそんなことは承知している。
古参のクランメンバーたちからはそれ以前の良好な関係も相まって許してもらったものの、それを外から見ていた新入りたちからすればアルマに悪印象を抱くのは当然だった。しかし彼女はそんな印象を抱かれていることにも気づかず、新入りたちに余計な親切を更に押し売りしてしまっていた。
そして気づけば新入りたち全員から嫌われるという、逆に凄いような結果を残す羽目になってしまっていた。そして他に組んだPTがどんどんと連携を深めていく中、ヴァイス率いるPTは一番ギクシャクとしていた。
「だって、しょうがないじゃない!! まさか最初から嫌われてるなんて思いもしなかったんだもの!!」
「セシリアさん辺りは気づいてそうなものだけど」
「今思えば、やんわりと止められてたのよ! でも全然気づかなかったわ!」
「そこまでいくと逆に尊敬できるかもしれないよ。ご愁傷様」
「……ねぇ。それもこれも、これを手にしたせいとも言えないかしら?」
「返品は受け付けてないんで」
「なんでよー!! 私だって二年前はセシリアみたいにお淑やかで皆から頼りにされてたのに!! なんでいつの間にかこんなことになってるのよー!! それもこれもこの杖が悪いのよ!!」
ストレス発散でもするようにぎゃんぎゃんと嘆いているアルマ。いつもならそんなアルマになど無視を決め込むところだろうが、努も今は自分のクランメンバーとあまり喋りたくはない状況だったので神台を見ながら彼女の愚痴に付き合っていた。それからも自分がこうなったのは黒杖のせい、という愚痴のオンパレードは止まらなかった。
「誰だっておかしくなるわよ! いきなりこんな杖手にしたら!」
「そうかもね」
「でしょ!? それに火竜突破した時はPTメンバーからも感謝されたし、ヴァイスもあの時は珍しく褒めてくれたのよ!! 取材依頼もいっぱい来てめちゃくちゃ持ち上げられたし、その報酬もびっくりするぐらい振り込まれたのよ!? 贅沢の味を覚えさせられたのよ!」
「アルマの優雅な一日、なんて特集まで組まれてたし額の想像はできるよ」
「……だから、とにかくあの立場を失いたくなかったのよ」
よくもまぁここまで感情を出しながら人前で喋れるなと思いつつ、努は特に肯定も否定もしない相槌を打ちながら愚痴を聞いていた。そんな彼女の剣幕を前に、邪魔をしてはいけないと思ったのかカミーユたちは空気を読んでそっと距離を空けている。
「……私がいけないわ。そりゃ、そうよね……。ヴァイスにあんな態度取ってた女に、みんなどうこう言われたくないわよね……」
それらを全て吐き終わるとアルマから次第に現状と向き合うような言葉がちらほらと現れ始め、最後には自分の過ちに対する自己嫌悪に落ち着いた。
「これから態度を改めれば何とかなるんじゃない」
かれこれ一時間近く彼女の話を聞いているフリをしていた努は、適当な言葉で話を締めた。すると机に突っ伏していたアルマはひっそりと努を見上げた。
「……今日は随分と優しいじゃない。何か下心でもあるわけ?」
「ただの暇つぶしだよ」
「ふーん、何だかんだ……っていたぁっ!? あんた、何でバリアなんか張ってるのよ!?」
「お前みたいな輩から身を守るためだよ。ヒール」
頬杖をつきながら神台を眺めていた努の肘を指先でつつこうとしたアルマは、そこにバリアがあるとは知らなかったせいで目測を見誤り地味に突き指していた。そして何か文句を言おうとした彼女の指にヒールを飛ばした努は、こちらの様子をちらちらと窺っている人物たちに目をやった。
エイミーたちは少しだけ気にしているくらいのものだったが、その他の者たちもいつの間にかギルドに訪れていたようだった。銀の狐人であるミルウェーと席に座って喋りながらもこちらの様子をちらちらと窺っているユニスに、百階層で全滅を果たしたのか亜麻色の服を着たまま恨みがましい目で睨み付けてきているロレーナ。
そして紅魔団のPTにいる新入りたちも受付に並びながら警戒するような視線を向けてきていた。そんな周囲の様子を見て努は軽く鼻で笑う。
「お互い、随分と嫌われてるみたいだね」
「……少なくとも、あんたよりはマシな気がするわよ。何をしたらあんな視線を向けられるわけ? えげつない振り方でもしたの?」
「さぁ、僕にはわからないね」
そんな努の返事にアルマは呆れてものも言えないような顔のまま、今の自分の状況が少しだけマシに思えた。
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