第286話 ソーヴァの憧れ
それからも数時間探索をしながら努の指導は続き、その後ようやくPTはギルドへと帰還した。そして受付で報酬を分け合ってPTを解散すると、スオウはぺこりとお辞儀した。
「ツトムさん、今日はお世話になりました」
「いえ、こちらとしても色々と参考になりました」
「ほら、兄さんも」
「……今度こそ、礼は言わんぞ。そして覚えておけ。すぐに追いついてやる」
「レベル的にはこの調子じゃ一年は追いつけないですけどね」
「…………」
物理的にすぐ追いつくことは不可能だという言葉に、スミスはイラっとした顔で押し黙る。そして何か言い返そうとしたところでスオウが手を引いた。
「こらっ、もう行きますよ。それじゃあツトムさん、また機会があればよろしくお願いします。では失礼しますね」
「うるさい、引っ張るな。服が伸びたらどうするのだ」
スオウは散歩中に他の人へ威嚇し始めた自分の飼い犬を引っ張るようにしながら挨拶をした後、スミスと共に離れていった。そんな二人を見送ったソーヴァも努へ向き直った。
「正直、今日お前たちと組むことになるとは思っていなかったが……」
「運が良かったですね。僕たちが斡旋PTを頼むことなんて早々ないでしょうから」
「そうだな。……それと確かにお前の言う通り、俺も心の底ではわかっていたのだろう。それを今日確認出来ただけで大きい収穫だった。本当に、感謝する」
ヴァイスのユニークスキルを考慮せずにそのまま真似していたことや、他の者の技術を表面上だけ取り入れても意味がないことはソーヴァも薄々わかっていた。ヴァイスに憧れて探索者になったが、その憧れに近づくことは出来ても同じようになれるわけではない。そんな現実を認めたくないが故にもがいていたのだと、努に言葉を突き付けられてようやく気づいた。
すると努は頭を下げてくるソーヴァにひらひらと手を振った。
「ま、頑張って下さいよ。今まで器用すぎてヴァイスさんの丸パクリでもなまじ立ち回れていたんですから、自分に出来ることを見つめ直して実行すれば一軍くらいすぐに昇格出来ます。それにソーヴァさんが活躍しないと僕がポルクに見る目ない人だと思われるじゃないですか。このままじゃ僕が三流以下ですよ」
「…………」
ソーヴァは以前アルドレットクロウのクランハウスで努から思わぬ評価を受けたことがあるが、それを彼が覚えているとは思っていなかった。そして努の嫌味めいた口ぶりに思わず呆れたような笑みを零した。
「結局は自分のためか。ダリル、お前はこいつに毒されてくれるなよ」
「いや、毒だなんてそんな。これでもツトムさんは……良い人、ですよね?」
「俺に聞くな。良いとはいえない。だが悪いともいえない。そんなものだろう」
「……確かに」
「おい。納得してるんじゃない。それにな、この人も性格悪かったぞー。僕が三種の役割発表した時なんか、タンクとかいう役立たずなんていらねぇわ雑魚が、って突っかかってきたんだぞ」
「えぇ!? 本当ですか!?」
「そこまでは言ってない。脚色だ」
「意味合いは間違ってないと思いますけどね?」
そんな懐かしい話で割と盛り上がった三人はその後ソーヴァからの誘いで食事を共にすることとなり、三種の役割が広まった当初のことをギルドでついつい話し込んでいた。今は三軍に落ちているとはいえソーヴァはアルドレットクロウの中では有名な方なので、そんな者が努と話している姿は周りから物珍しそうに見られていた。
「おぉ、ツトムにソーヴァじゃないか。随分と珍しい組み合わせだな?」
「ういーっす。じゃあ俺エールで! みんなは何飲む?」
すると途中で五十階層帰りのカミーユたちが声をかけてきた。そして何食わぬ顔でカミーユが努の隣に座って、レオンは既に注文を決めてみんなの分も聞きながら配膳している可愛い子に声をかけていた。
「えっ、ヴァ、ヴァイスさん、ですよね……?」
「…………」
「あっ、すっ、すみません! 俺なんかが話しかけてしまって。迷惑でしたよね、すみません……」
「取り敢えず怒ってるわけじゃないから、気にしないで。……あぁ、貴方、ヴァイスの真似してる人じゃない。道理で見たことあると思った」
ソーヴァはこういったプライベートの席でヴァイスと一緒になる機会などなかったので、大分高揚した様子で話しかけたが無視されたので謝り倒していた。そんなソーヴァをアルマはフォローした後、彼の装備を見てヴァイスの動きを真似している者だと気づいた。
「…………」
「…………」
努とユニスはお互い天敵にでも遭遇したような顔で睨み合っているが、彼女の方はどうにも顔が赤い。どうやら先日の出来事が余程堪えらないようで、いつものような雰囲気ではなかった。
「ほら、ユニスもここに座れ」
「……こ、こいつの隣だけは嫌なのです」
「僕も嫌だよ」
「…………」
それに努の普段通りな言葉に対しても以前ならば怒って返していただろうが、今は大きな狐耳を畳んでしょんぼりとした顔をするだけだった。
「こら、ツトム。ユニスを虐めるな」
「……はぁ」
カミーユのからかうような言葉に、努は心底嫌そうな顔で重いため息をついた。気づけば結構な時間をギルドで過ごしてしまったことも思い出してふと帰りたくなったが、憧れであるヴァイスと会うことが出来てとても嬉しそうな顔をしているソーヴァに水を差すのも忍びなかった。
「シェルクラブはどうですか。討伐出来そうですか?」
「終盤が鬼門だが、やってやれないことはないな。ダリル、悪いが注いでくれないか?」
「あ、はい!」
ならば変異シェルクラブについての情報でも集めようと、カミーユにその話題を振った。すると彼女はソーヴァがいなくなって暇そうにしていたダリルに赤ワインを要求した後、シェルクラブについて語りだした。
「ほら、ツトムさんも飲みましょうよぉー!」
「そーだそーだ!! ツトムは付き合いが悪いぞ!」
「酔っ払い二人組うるさい。酒が弱いくせになんでそんな飲むんだか」
それからしばらく情報交換は続き、ダリルはカミーユのお酒に付き合ってべろんべろんになっていた。そして酔っ払い二人になじられて努が面倒くさそうに対処しているところを、グラスを両手に持って控えめにお酒をたしなんでいるユニスはちらちらと見ている。
「何だよ」
「な、何でもないのです」
「…………」
「……な、何でじっと見てくるのですか?」
「何でもないよ」
やけにしおらしくなったユニスに対して、努は張り合いのなさそうな顔のまま目を逸らした。
「……確かに俺の動きを上手く真似している者がいるとは聞いたことがある」
「それがこの人よ。アルドレットクロウで結構有名なアタッカーじゃない。知ってるでしょ?」
「……冬将軍戦で良い動きをしていたことは覚えている」
「あ、ありがとうございます!!」
「…………」
そして憧れの人と思わぬ出会いを果たしたソーヴァは下からぐいぐいと話しかけ、アルマは仲介人のような立ち位置で話を聞き、コミュ障のヴァイスからそんな言葉を引き出すまでに至っていた。ソーヴァから羨望の眼差しを向けられているヴァイスは少しだけ困ったような顔をしていた。
気づけば大分遅い時間になっていたので、努は神台に映る時間を見て慌てたように立ち上がった。
「流石にそろそろ僕たちは帰ります。明日も早いんで」
「えぇー!?」
「えぇーじゃない。帰るぞ」
完全に出来上がっているダリルにそう突っ込みながら何とか引っ張り上げ、努はようやくギルドから出ていった。臨時休日だからということもあるだろうが、ここまでギルドに長居したのは久しぶりだった。
「おかえりなさいませ。……大丈夫ですか?」
「この酔っ払いを連れてくるだけで、大分疲れましたよ」
「ただいまー!!」
装備を脱いでいるとはいえダリルはガルムと同程度には鍛えているため重く、最後はもはや引きずるようにしてクランハウスまで持ってきた。そんなダリルはご機嫌そうに玄関へダイブしている。
「申し訳ないんですがダリルは任せていいですか。今日はもう疲れたので、早く風呂にでも入って寝たいです」
「はい。……ただ、リビングを通る際は注意して下さいね。噛みつかれるかもしれません」
「……? はい」
努も酒自体は飲んでいたのでいつものように頭も働いていなかったため、オーリの忠告についても新しくペットでも飼ったのだろうか、などと見当違いのことを考えながらリビングへの扉を開いた。
そしてリビングを通りすぎて二階に上がろうとしたところで、努は確かに噛みつかれた。
「随分と遅いご帰宅ですね」
「あぁ、そうだ、ね……」
リビングの座り心地が良いソファーに集合していた、五十階層に挑んでいる五人PT。その中で声をかけてきたリーレイアに振り返った努は、思わず顔を引き攣らせた。棘のある言葉を刺してきたリーレイアは勿論、後ろにいる四人も何処か怒っているような気配を感じたからだ。
「その様子だと、楽しくお酒でも飲んでこられたようですね。一体どんなPTと飲んでこられたのでしょう?」
「……まぁ、ちょっとこっちの話を聞いてくれ」
そんなリーレイアの質問で大体察した努がそう言うと、彼女はにんまりと顔を歪めた。
「ではこちらでどうぞお話を聞かせてくれますか?」
(行きたくねぇ……)
爪やすりを使って澄ました顔で爪研ぎをしているエイミーに、ジトッとした目をしているハンナ。完全にご機嫌斜めといった様子のアーミラと困ったようにほのかな笑みを浮かべているコリナ。そんな四人が座っている前に手を差し向けられた努は、素直にそう思った。気分は証言台に立たされる罪人だ。
とはいえ自分にそこまでの非はないともいえるので、疲れていることもあってどっかりと彼女たちの前にあるお古のソファーに座った。そして爪やすりについた削りカスをふっと息で飛ばしたエイミーに努は視線を合わせた。
「エイミーたちが腹を立てている理由も、ある程度はわかる。変異シェルクラブ討伐を命じたクランリーダーがそのライバルPTと楽しくお酒を飲んでる姿を、五十階層に挑み終わって疲れている時に見たら僕も不愉快に思うだろうからね」
「そうっす――」
「ハンナちゃん、まだ早いから」
いの一番に何か言おうとしたハンナの口をエイミーは手で塞いだ。そして話の続きを促してくる彼女に努は苦笑いしながら続けた。
「でも今回は敵情視察も兼ねてたんだ。証拠にカミーユやレオンから終盤のシェルクラブについての情報を色々貰ってきた。今のところこっちも終盤戦までいけてるから、その情報は今後絶対に役立つはずだ。これは後で僕が資料を纏めて、コリナに渡しておく」
「あ、はい」
周りの空気に流されてただそこにいるといった様子のコリナは、こくりと頷いた。
「エイミーたちが変異シェルクラブ攻略のために頑張っているのは、僕も知ってる。だから僕がギルドで酒飲んで騒いでいたことは、配慮が足りなかったと思う。そのことについては申し訳なかった。でも、ただ遊んでいたわけじゃないことはわかってほしい」
「…………」
そう言い切って努が頭を下げると、取り敢えずコリナとハンナは納得してくれたようだ。エイミーもなら仕方ないなといった顔になり、リーレイアとアーミラも渋々といった様子だが、努の証言と謝罪に納得はしたようだった。
「わかりまし――」
「ツトムさーーーん!! 今からでも行きましょうよぉ!」
そしてリーレイアが了承の言葉を発そうとした時、努を見つけて嬉しそうな顔をしたダリルがリビングに転がり込んできた。
「何で帰っちゃったんですかぁ!? 僕、ギルド長ともっとお酒飲みたいです! ツトムさんだって楽しそうだったじゃないですかぁ!! あんなに寄りかかられて、絶対当たってましたよね!? いいなぁ! それに、あのユニスって人も可哀想です! ツトムさんとすごい喋りたそうな顔してたのに、わざと無視して! 今からでも遅くないですよぉ! いーきーまーしょーうーよー!!」
「…………」
場の体感温度がみるみるうちに下がっていくのが肌で感じられた。許されるような空気はもう完全に消えていて、ダリルに対する視線が半端ないものとなっている。そして努に対する視線もついでに厳しくなっていた。
(エアブレイズ撃ってやろうかな……)
今も場の空気をまるで読まずべらべらと喋り倒している酔っ払いに、努は久々に殺意を覚えた。それにアーミラやハンナのヘイトはダリルに向かったが、エイミーとリーレイアはこちらに視線を向けている。どうやら彼女たちと一緒になってダリルを責められる流れにもならなそうだ。
「童貞がババァに遊ばれたみたいだな」
「ダリル、ムカつくっす」
「へぇー、ギルド長とユニスちゃんねー。ふーん」
「ただ単に遊んでいたわけではない、ですか。あの様子を見るに、それについてはもう少し詳しく聞く必要がありそうですね?」
「…………」
努はもはや仏のように穏やかな顔になって、もうどうにでもなれと匙を投げた。
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