第237話 障壁魔法

 それはモンスターとの戦闘というより、ただの虐殺に等しかった。高レベルアタッカーたちが列を成して放ったスキルは一方的に致命傷を与え、土煙と共にモンスターの悲鳴が上がる。



「メテオストリーム!」



 その中でも黒杖を持つ黒魔道士のアルマは炎系スキルを使っていた先ほどと違い、流星群を降らせるメテオストリームを中心に放っている。障壁外の空を覆い尽くすほどの細かな隕石は地形を変えるほどの威力を持ち、気合いも入っているせいかいつもより数が多い。


 そのメテオストリームは他の探索者たちのスキルを打ち消さないように気遣って小さめの隕石にしているものの、普通のモンスターが当たれば即死する威力がある。死の雨が降ってくるその光景は、モンスターからすれば悪夢でしかない。


 それに加えて百人規模の遠距離スキルの応酬は、たとえ暴食龍であっても致命傷を負うものだ。そんな攻撃を普通のモンスター程度が耐えられるわけもなく、数万規模であろうとも為す術なく死んでいくだけだった。


 探索者から放たれるスキルでただただ死んでいくモンスターの姿を見て、民衆たちは興奮したように声を上げている。王都で普段見ないモンスターに追い回された恐怖を経験して命の危機を脱したせいか、民衆たちはその非日常に高揚しているように見えた。


 そんな民衆とは裏腹に、クリスティアや貴族たちはその光景を無言で見守っている。その中でもその後ろで近距離アタッカーたちは一応出撃の準備はしているが、もはや遠距離アタッカーだけで事足りるだろうと内心思っていた。


 そして数分もするとスキルは止み、障壁外にはただの肉塊しか残っていなかった。そこに生存しているモンスターは見受けられず、地面にはフォークで何千回も突き刺したような小さい穴が無数に開いていた。


 その中で異質だったのは、モンスターたちが積み重なって山のようになっている場所が形成されていることだ。恐らくそこにオルビスは避難したのだろうが、山になっているモンスターたちは全て死んでいるように見えた。



「生き残りがいないか確認する。前線部隊、オルビスの奇襲を警戒しながら前へ」



 先ほどの攻撃で精神力を使い果たした遠距離アタッカーたちが青ポーションを飲む中、近距離アタッカーやタンクは障壁から出て残党がいないか確認しに向かう。見回す限りではモンスターの死体しか見受けられないが、探索者たちは油断のない顔で進んでいく。



「また借りるよ」

「もう又貸ししないでよ」

「共有はするけどね」



 すっきりした顔で青ポーションを飲んでいたアルマから黒杖を借り受けた努は、モンスターの死体が積み重なっている山を見つめながら前線へと向かう。



「ははは、凄い威力ですね」



 そして努が前線に出ていた無限の輪へと追いついてすぐ、山になっていた死体の中からオルビスがのそりと出てきた。その身体はモンスターの血で真っ赤に染まっていて、黒髪はてらてらと輝いている。


 先ほどまでオルビスと戦っていた探索者たちは油断せずに構え、笑顔を浮かべて拳を握りながら歩いてくる彼を凝視している。すぐにお団子スキルを持ち合わせたレオンが斬りかかるが、オルビスはその剣を片腕で受け止めた。



「もうその速さには慣れました」

「ちっ」



 舌打ちした瞬間、消えるようにレオンは下がる。それを皮切りに周りのタンクたちは一斉にオルビスへと向かっていった。その頑丈さを利用してオルビスと打ち合って時間を稼ぎ、アタッカーたちが隙を見て攻撃を加えようとする。


 オルビスは数人のタンクをその拳でまとめて吹き飛ばし、唸るような回転蹴りで周囲の探索者たちを退かせた。そしてクラウチングスタートの体勢を取ると、オルビスのふくらはぎが爆発したように膨張した。


 その様子を見てゼノやダリル、他のタンクたちも抑えようと前に出るが、オルビスはその者たちを蹴散らしながら一直線に障壁の方へと飛んだ。



「先ほどの光景を見て、皆さんはおかしいとは思わないですか?」



 その勢いのまま肩を突きだしての体当たりで、ブルックリンが張り直した障壁にヒビが入る。動物園でも見学していたような気分だった民衆たちは突然の攻撃に悲鳴を上げ、クリスティアは背後のアタッカーたちを確認しながら矢を番える。



「神の寵愛を持つ者ならば、強大な力を振るおうと構いません。その力を振るう者は、神に選ばれたのですから。だが、先ほどの攻撃はただの探索者たちが放ったものです。その力はただの人が持つにはあまりにも大きすぎる」



 すぐに追いついてきたレオンを蠅でも払うかのように腕を振って遠のかせたオルビスは、その場にいる民衆たちに目を向けた。



「そこでモンスターに怯えていた貴方でも、時間をかければあのような力を振るえるようになるのです。そこの貴女でも、その息子でもです。誰でもあの力を手に入れられる。善人も、悪人もです」



 バーベンベルク家当主がすぐに伸びる障壁を展開し、オルビスの振るった拳を防ぐ。その障壁はオルビスの打撃を吸収してぐにゃりと伸びた。



「今はまだ探索者たちの大多数が迷宮都市に留まっているからいい。しかし、もし今あのような力を持つ者たちが王都に来た場合、誰が止めることが出来るでしょうか? 一人二人ならば貴族たちで抑えられるでしょう。だが十人、百人となればそれは途端に難しくなる。今ここで神のダンジョンに歯止めをかけなければ、必ず探索者たちは王都を占拠することでしょう」



 追いついてきた探索者たちの攻撃を身体に受けても、オルビスは振り返らない。反撃をしないままオルビスは民衆へ訴えかけるように話し続けた。



「探索者の力には責任がない。いつか必ず、迷宮都市で起きた犯罪者集団と同じことを繰り返すでしょう。それが王都で起こることも、遠い未来の話ではありません。それを防ぐためには探索者の数を減らし、神の寵愛を持つ者しか神のダンジョンに入れないようにするしかない。誰かが、このおかしな状態を是正しなければならない」

「…………」



 ただそれを怯えた目をしながら聞いていた民衆は、声こそ上げないが納得はしていない様子だった。今のところ王都は平和そのもので、それを脅かしてきたのはむしろオルビスである。そんな彼に反感を持つにせよ、共感を持つ者はほとんどいなかった。


 そんな民衆に対して残念そうに視線を落としたオルビスは、身体を振り回して探索者たちを振り払った。



「ご理解して頂けませんか。ならば私は一人で戦うとしましょう。ですが、探索者による被害はそろそろ出始める。その時に、私の言葉を思い出すといい」



 そう言い残したオルビスは民衆たちに背を向けると探索者たちと向き合い、殺意の垣間見える拳を振るう。その拳を大盾で受けたガルムは宙に浮いて地面を点々と転がり、しばらくした後にようやく止まった。


 だがガルムの他にもオルビスの攻撃を耐えられるタンクは大勢いるため、一様に武器や防具を構えて囲むようにして立ち回っている。



「お、らぁ!!」

「岩割刃」



 オルビスがタンクをどかすように攻撃している間に、大剣を持つアーミラが斬りかかる。エイミーはそんなアーミラの大剣を踏み台にすると、そのままオルビスを飛び越えた間際にその強靱な背中に双剣を叩き込んだ。



「メディック三十個、お待ちなのです! ヒールもすぐ出来そうなのです!」

「あいよ!」



 先ほどと同じように黒杖を尻尾で掴んでいるユニスは、両手でこねて元気にお団子スキルを量産している。そしてレオンが配膳でもするようにオルビスと戦っている探索者たちへお団子スキルを配っていた。そんな様子はまるで飲食店のようである。



「ハイヒール。ヒール、メディック。プロテク」



 対して努は速度を最大限に速めた撃つスキルでオルビスに吸収させる暇さえ与えず、周囲の探索者のみを回復させていた。既にモンスターが消えたおかげでヘイトを気にしなくて良くなった努は、支援スキルも多重展開して恐ろしい支援回復量を叩き出している。


 その他の白魔道士は吹き飛ばされていったタンクたちを直接触れて回復させるなどして、オルビスにヒールを吸収させないよう工夫していた。



「……ハイヒール」



 そんな白魔道士の中で唯一努と同じように全てのスキルが使えるステファニーは、据わった目で撃つスキルを使っていた。彼女の実力ならば努と同程度の精度で撃つスキルを使えるが、黒杖がないので回復力に難がある。


 それにステファニーはオルビスではなく、完全にユニスへ敵意を向けていた。流石に支援回復が崩れるほど怒り狂ってはいないが、その目は明らかに異様で周りのクランメンバーたちは怯えるばかりである。



「治癒の願い」



 祈祷師自体は神のダンジョン攻略で白魔道士の下位互換と言われていたため、金色の調べや紅魔団などには在籍していない。だが多様な人材を扱うアルドレットクロウには数人在籍していて、無限の輪にもコリナがいる。祈祷師は白魔道士と違いスキルが敵に誤射するようなことはないため、オルビスの動きと関係なく支援回復が出来ていた。


 対策を済ませたヒーラーたちが探索者たちを回復していく中、オルビスはレオンが配っているお団子スキルに目をつけた。



「なるほど。ならこれは、こちらで抑えましょう」



 腕への傷が増えてきたオルビスは対策していなかったユニスの性質をその場で見抜き、タンクを吹き飛ばした際にポケットへ入っていたお団子ヒールを指先で器用に盗んだ。


 それを潰せば中に入っているヒールは誰であろうと回復させてしまうだろう。そしてオルビスは指でそのお団子スキルを潰して回復しようとした。



「……?」



 だがそれをオルビスが潰した瞬間には、中にあった緑の気体はさっぱりと消え失せていた。オルビスは少し驚いたような目を見開いた後、アタッカーたちの攻撃を浮き上がっている胸筋に受けてよろめいた。



「ふん、残念だったのですね。そいつは空なのです! ざまぁみろなのです!!」



 そんなオルビスを見てユニスは軽く舌を出しながらお団子スキルを作り続けている。


 ユニスはお団子スキルを理論だけでなく、実戦で最も使い込んでいる者だ。お団子スキルだけならば努を凌ぐ実力も持ち合わせていて、数十作ったヒールなどもある程度は把握出来ている。そのためオルビスが手にしていたお団子スキルを把握して中のヒールを消失させることもわけがなかった。



「性格悪っ」

「お前よりは絶対にマシなのです」



 努とユニスは軽く言い合いをしながら黒杖を共有し、オルビスに吸収させないまま支援回復を継続させている。モンスターがいない今では二人を邪魔出来るものはおらず、オルビスに殴られて怪我を負ったタンクやアタッカーたちはどんどんと回復していく。



「どっ、せい!」

邪炎じゃえん



 更に紅魔団の筋骨隆々アタッカーやアルドレットクロウの上位軍アタッカーなど、先ほどとは違いレオン以外にもオルビスとある程度は戦える者はこの場に多くいる。オルビスも先ほどのように無茶な突貫をするには中々厳しい状況だ。


 そして状況を打開しようと拳を振り上げたオルビスの肩へ、真紅に染まった短い矢が浅く突き立った。肉を焼き焦がし煙が上がり始めた肩をオルビスは見つめ、矢が飛んできた方に視線を移す。



「おや、出てきたのですか。まだミナは生きているようですが」

「…………」



 そこには黒のローブを風にたなびかせながら真紅のクロスボウを片手に構え、無表情を保っているヴァイスが佇んでいた。クリスティアから指示を受けてオルビスを倒しに出てきたヴァイスは、オルビスの返した言葉に剣呑な目をした。


 そんな彼の隣に金色の狼耳を立てたレオンが瞬時に近づき、黒のローブにあるポケットにお団子スキルを入れた。



「ヴァイス、あいつはブルーノみたいに強いから気をつけろよ」

「……あぁ」



 お団子スキルを渡しに来たレオンに短く返したヴァイスは、一振りのロングソードを手に取る。それを下に向けると不死鳥の魂が付与されて刀身は真っ赤に染まった。そしてすぐさま他の探索者たちと同時にヴァイスもオルビスへ斬りかかった。



「それは受けたくありませんね」



 ヴァイスの振る赤の刀身だけをオルビスは避けながら、他の探索者たちを槍のように鋭い足蹴りで吹き飛ばしていく。そしてヴァイスと一対一になった途端に、オルビスは彼の持つ武器に拳を真っ正面から当てた。するとヴァイスの持っていたロングソードは粉々に砕け散る。



「武器がなければスキルを発動することは出来ないでしょう?」



 ヴァイスのジョブは剣士のため、基本的に武器がなければスキルを使用することは出来ない。オルビスは他の探索者たちの武器も壊してスキルを封じ、純粋な勝負に持ち込んできた。



不死鳥の炎フェニックスフレイム



 だがヴァイスには剣士以外の、ユニークスキルを持ち合わせている。ヴァイスがその身から炎を溢れさせて牽制し、オルビスを遠ざけようとする。しかしオルビスは身を焼き焦がす炎を無視して彼に掴みかかった。



「らぁ!」



 しかしその掴みかかった手を龍化したアーミラの大剣が捉え、上方へ弾く。完璧に隙を突いた一撃でもオルビスの手を斬り飛ばすことが出来ず、アーミラは舌打ちを零す。だがその隙に他のアタッカーたちもオルビスの身体へ攻撃を続けていった。


 探索者の数的有利を活かした戦闘には、いくらオルビスが対策していても一人ではどうしようもない。頑丈なオルビスに傷をつけることは難しいが、それでも数十人の探索者たちの攻撃によってダメージは蓄積していく。そして探索者たちはヒーラーによって回復していくため、最善の状態で戦うことが出来る。


 時間が経つにつれて探索者たちの攻撃を防いできたオルビスの腕はボロボロになり、浮き出ていた足の筋繊維も切り裂かれて血が溢れていた。対する探索者たちはヒーラーの支援回復もあり、ほとんどの者は無傷だ。



「ははは。これは、参りましたね……」



 いくら攻撃しようと立ち上がってくる不死身のような軍団に、オルビスは乾いた笑みを浮かべる。周りにはモンスターの死体しかなく、ミナもクリスティアによって抑えられている。空にも地面にも既にモンスターは存在せず、オルビスは孤軍奮闘を強いられていた。


 そんなオルビスの顔面にヴァイスはクロスボウを正確に撃ち、それを防いだ隙に懐へ入り込んだ。その手には真っ赤に染まった戦槌が握られている。



「ぐっ」



 ヴァイスの強力な戦槌での一撃で目に見えて怯んだオルビスに、他の探索者たちも一斉にかかった。完全に止めを刺しにきた近距離アタッカーたちの攻撃を、オルビスは何とか腕を上げて防ぐ。



「…………」



 だが両腕を上げているオルビスの真下には、ヴァイスが赤の刀を構えていた。


 その刀は完全に首を切り落とそうとしていて、両腕を上げているオルビスは防ぐことが出来そうになかった。赤の刀がオルビスの首元に迫る。


 ヴァイスが首を取ったと思うような一撃。だがそれは硬質な音と共に弾かれた。



「……!?」



 ヴァイスが振った刀の先には、透明な障壁がその攻撃を防ぐように存在していた。

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