第169話 マウントゴーレム観戦、二人の女性

 昼過ぎに夕飯の下処理を終えたオーリは見習いの者に後の家事を任せると、一人神台の密集している広場へと向かった。そして一桁台を歩き回ってきょろきょろと辺りを見回す。


 最近は見習いに雑務をある程度任せられるようになって時間が空いたので、神台を見て探索者のことを勉強している。ただ今まで貴族へ一心に仕えてきたオーリからすると、神台を見るだけではどうしてもわからないことが多い。



「あ、オーリさん。こっちです」

「こんにちは。今日もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。」



 そのことに気づいたオーリは有名な迷宮マニアの者に依頼を出し、神台の映像解説やわかりやすい資料を作成してもらっていた。黒髪を短めに切りそろえている迷宮マニアの女性に深くお辞儀をしたオーリは、予約されていた机付きの席に座った。


 依頼を頼んでいる迷宮マニアの女性は今回が二回目のため、少しは顔が知れている。その女性はオーリの出した依頼へ真っ先に飛びついてきた者で、ゼノの妻であった。



「これがお昼から纏めた三番台の資料です。まだ途中ですがよければどうぞ」

「ありがとうございます」



 無限の輪の攻略PTを昼から観察していた彼女は、達筆な字で纏められた資料をオーリに手渡す。そして三番台に移っている無限の輪の攻略PTを見上げる。



「ツトムのPTは相変わらず色々と試しているようですね。アタッカーはアーミラの龍化と、リーレイアの精霊を使った連携。避けタンクのハンナは吹雪対策で地上での立ち回りを練習していますね」

「なるほど」



 アタッカーやタンクなどの用語は前回彼女から詳しく教えてもらっているので、オーリはすらすらと資料を読み込んでいく。



「四人で七十九階層まで攻略出来ているので、八十階層も期待出来るでしょう。とはいえ今回は流石に初見突破は難しそうですが、そろそろエイミーとガルムも入ってくると聞いていますし、一番に抜けることは十分に考えられます」

「今八十階層までたどり着いているのは、アルドレットクロウとシルバービーストですよね。その二つが有力ではないのですか?」

「現状じゃとても突破出来る雰囲気ではありませんね。金色の調べも七十階層を突破していますが、まぁないでしょう。以前よりはマシになりましたが、未だにユニークスキル持ちのレオン頼りなのは変わりありませんし」



 六十階層の火竜を突破してから二ヶ月足らずで七十階層も突破され、この勢いが続くかに見えた。だがそこまで一気に突破出来た要因は、七十レベルの者たちが多数存在したからだ。七十階層の適正レベルは七十レベルのため、そのままの勢いでマウントゴーレムにも十分通用した。


 だが八十階層の適正レベルは八十レベルであり、冬将軍という階層主も中々の強敵である。そのため早期に雪原階層に抜けることが出来た二つのクランでも、足踏み状態となっていた。



「それに無限の輪は、ツトムへの期待が大きいんですよ。しばらく紅魔団以外の突破は困難と言われていた火竜を、三人で初見突破。スタンピードでは貴族に一番貢献した者として抜擢され、続いてマウントゴーレムも初見突破。にもかかわらずユニークスキルの類は確認されていない。こんなの期待しない方がおかしいくらいですよ」



 ゼノの妻は思わず苦笑いしながら、ヒーラーと避けタンクをこなしている努が映っている神台を眺めている。その立ち回りは他のヒーラーとは一線を画している。最高階層も同じになったため、今ではステファニーやロレーナより上の扱いとなっている。


 その影響かロレーナは最近動きを変えたりスキル回しの変更などを行い、立ち回りの幅を増やそうとしている。ロレーナは努が自分と同列に語られなくなったのが嬉しいのか、明るい顔で仲間と新しいことに挑戦していた。


 対するステファニーは何かに追い詰められたようにひたすらダンジョン探索を繰り返している。最近は目の下にくまをこさえていて表情も暗く、いつか倒れるのではないかとクランメンバーに心配されているほどであった。


 その後も努たちのPTの戦闘を見て、彼女はたまにオーリへ解説しながら資料を作成していた。そして二時間ほどして夕方になり人が集まり出す頃、ダリルたち依頼組PTが七十階層への黒門を発見したところで話を切り上げた。



「この様子だと八番台ですね。では移動しましょう。こちらです」



 あらかじめ一桁台付近の席を予約している彼女は立ち上がると、オーリを案内するように先を歩き始める。相変わらず多い人の波にオーリは揉まれながらゼノの妻に付いていき、八番台近くの予約席に腰を下ろす。


 彼女たちの他にも予約席には観衆たちが間を開けて座り、自由席は満杯で立ち見の者は数多くいた。八番台ですら観衆は予約席にいる者だけでも百人はいる。自由席や立ち見も含めると中々の数字になるだろう。



「結構注目されてますね。これは記事も売れるかな?」



 ゼノの妻が嬉しそうにそんなことを言いながら使い古された万年筆を手に取り、巨大な画面に映っている五人PTを見据える。先日使っていた羽ペンはゼノからの贈り物のため、彼女は自宅でしか使わない。


 そしてゼノの威勢が良いコンバットクライを皮切りに、依頼組PTのマウントゴーレム戦が始まった。



「お、始まったな」

「うわ、ゼノいるじゃん」

「ゼ~ノ~」



 自由席からはゼノのことを知っている者が多いのか、早速彼に向かって野次が飛ばされていた。無限の輪に加入してからは元の知名度もあり、ゼノは良くも悪くも名は知れている。



「マウントゴーレムは本体と雑魚敵を分断して戦闘することが今の基本ね。だからタンクのダリルは本体、ゼノは雑魚敵を引きつけてる。アタッカーのメルチョーは、雑魚担当みたいね。ディニエルが本体担当で、コリナはヒーラー」

「はい」

「最初は雑魚敵を担当するタンクの方がキツい印象があるわね。初見のゼノが任されるのは少し意外だけど、どうかしらね」



 贔屓目で見ればゼノでも十分務まると思うが、一応仕事なので他の迷宮マニアと同じ目線で彼女は話していく。オーリは巨大なマウントゴーレムを相手にしているダリルを見てそわそわとしている。



「ぬおおおおっ!!」

「馬鹿……」



 そして雑魚敵のゴーレムに囲まれてタコ殴りにされたゼノを見て、彼女は呆れたように目頭を押さえた。その後ディニエルのストリームアローが全て当たっていることを指摘し、ギリギリまでマウントゴーレムを引きつけているダリルを褒めた。



「一度突破したこともあるだろうけど、ダリルは本体の引きつけが上手いわね。それに彼は以前から七十階層に潜って練習していたし、当たることはないでしょう。だからそんなに心配しなくて大丈夫よ」

「そ、そうですか……」



 端から見ると中々危なっかしいダリルの動きにオーリは落ち着かなかったのか、どぎまぎとした様子だった。それを見かねた彼女にそう言われてオーリは無意識に握っていた両手をゆっくりと解いた。


 そしてボムゴーレムの誘爆から待避した後は中盤戦に移行する。オーリにマウントゴーレム戦の解説をしながらゼノの妻は手を動かし、ついでに記事も書いていく。


 新たに生まれた雑魚敵をゼノが引き続き引きつけ、少し動きが柔らかくなってきたマウントゴーレムをダリルが相手取る。ディニエルの氷矢を使った強力なストリームアローは確実にマウントゴーレムの体力を削っていき、コリナがタンク二人に支援回復を行っていく。



「大丈夫でしょうか……」

「結構無茶をしているように見える。タンクを交代してもいい頃合いね」



 動きの速くなってきたマウントゴーレムに何度も殴り飛ばされるダリルを心苦しそうに見ているオーリに、ゼノの妻は冷静な声で返す。そして雑魚敵の数が十一体になったところでゼノがダリルからヘイトを取り、本体を引きつけ始めた。



「ああやってタンク二人が交代し合って本体と戦うのが、七十階層の一般的な戦法ね。まぁ無限の輪は避けるタンクを導入して、初見で突破したけど……。でも、基本的にはタンクが交代で本体の攻撃を受けることが一番安全。雑魚敵の処理はもうメルチョーだけでも問題なさそうだし、これからは交代で引きつけていくと思う」

「避けるタンクは、ハンナのことですよね?」

「そう。あの子みたいに全部攻撃を避けられるなら、一人で受け持つことも出来る。でもAGI敏捷性の低い重騎士のダリルにそれは難しい。でも……」

「ぬるい!」

「聖騎士のゼノは一応避けタンクも出来なくはない」



 騎士、聖騎士、暗黒騎士のAGIはそこまで低くないため、攻撃を避けてタンクを務めることも出来なくはない。勿論避けタンク特化のハンナには遠く及ばないが、その代わりにVIT《頑丈さ》も兼ね備えているため両立することも出来る。


 マウントゴーレムの懐にあえて入り込んで踏みつけや拳の叩き付けを避けているゼノを見て、彼女は少しだけ誇らしげに解説を続ける。マウントゴーレムには効果がないので今回は使用していないが、聖騎士は他にもフラッシュなどでモンスターの視界を一時的に奪うことも出来る。



「な、中々良いパンチだ」



 そしてVITも高いため攻撃が当たったとしても十分に耐えられる。マウントゴーレムの拳を一度受ければハンナは間違いなく死ぬが、ゼノは耐えることが出来る。なので問題ないと思っていたのだが、どうもゼノの様子がおかしいことに彼女は気づく。



「応援よろしく!」



 その笑顔の裏にある苦悶の表情が、彼女だけには手に取るようにわかってしまう。その場にいるPTメンバーすら気づかないゼノの虚勢に、彼女は持っている万年筆を強く握り締める。そして後ろ腰にあるポーションに手を伸ばし、引っ込めたゼノを見て思わず叫ぶ。



「飲みなさいよ!!」

「え?」

「あ……ごめんなさい」



 オーリに不思議そうな目を向けられて彼女は少し顔を赤くして謝った。恐らく何度も攻撃を受けてもポーションを飲んでいないダリルにでも対抗したのだろう。彼女はつまらないプライドを守ったゼノに対して大きなため息を吐いて、書き殴るように記事を書いた。



「代わります!」



 そしてダリルがゼノの虚勢に気づいた時にはもう遅く、ゼノは蹴り飛ばされて体勢を立て直せずに溶岩へ入ってしまう。ゼノの死を目にした妻は無表情で記事を書く手を止め、また再開した。



「タンクが死んでしまうと祈祷師では立て直しが難しいわね。でもダリルなら何とか――」

「蘇生まであと二分ですぅ!」



 だがコリナの意外な活躍に彼女は目を見張ることになった。祈祷師の蘇生時間は最速で五分かかる。そう思っていたのだがコリナの予告した蘇生時間は二分と早い。祈りの言葉は一つのスキルにつき一度しか効果時間を半減出来ないため、五分が最速のはずである。


 だがコリナはゼノを予告通りに二分で復活させた。その後ゼノの妻はコリナに視線を集中させると、彼女が事前に蘇生の祈りを使っていることがわかった。そして祈りの言葉を使わずに時間を調整しているということも見て取れる。



「ふっふっふ。コリナ、凄いだろう。君でも彼女には注目していなかったようだね?」



 ゼノの妻がノーマークだったコリナの活躍に呆然としていると、近くの予約席に座っていた迷宮マニアの男が自慢するように言った。彼はヒーラーの探索者を中心に調べている者で、コリナが死を予見出来ることを知っていた。



「……調査が甘かったわ」

「まぁ無理もない。コリナの情報はほとんどなかったからな。さて、一つ提案をしたいのだが」

「いくら欲しいの?」

「話が早くて助かるよ」

「オーリ、ごめんなさい。少しだけ交渉しても構わない? その代わりコリナについての情報をわかりやすく伝えるから」

「えぇ。大丈夫です」



 オーリに許可を取ったゼノの妻はその後迷宮マニアの男と交渉し、情報料と彼の名前を自分の記事に載せることを約束して情報を受け取った。そしてその情報にさっと目を通した彼女は胡散臭そうに目を細める。



「死が予見出来る……? 信じられない。いや、でも実際にそれは出来てる」



 交渉している間にゼノは何度か死んでいたが、コリナはそれも二、三分。早いときは一分で蘇生していた。ゼノがコリナと口裏を合わせて死ぬことは絶対にないため、間違いなく死を予見出来ている。



「ただの大食い選手だと思ってたけど、違うようね」



 灼岩のローブを着ながら手を組んでいるコリナを上方修正した彼女は、オーリに一言謝ってから解説を再開した。

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