第170話 マウントゴーレム観戦、二人の女性2

 マウントゴーレムが範囲攻撃をして赤く変色した後もゼノは何度か死んで苦戦を強いられていたが、観衆の反応は上々だった。彼が七十階層初見だということは既に広まっているし、死んでは生き返るを繰り返す戦法は認知されている。



「でもあいつ、ダリルとVITそんなに変わったっけ? 一回喰らったらすぐ交代してるけど」

「まぁ初見にしてはよくやってる方だろ」



 冷えたエールを飲みながら自由席で観戦している者たちは、それでも戦うことは出来ているゼノをおおむね評価している。そして一番マウントゴーレムの攻撃を受けているにもかかわらずピンピンしているダリルには、一様に驚いている様子だった。



「ダリルは安定しているわね。マウントゴーレム戦に関してはどのタンクよりも上手いかもしれない」

「そうなのですか、それは何よりです」

「ふふっ」



 その言葉を聞いてご満悦のオーリにゼノの妻は意外そうな顔をした後に笑いながら、コリナに関する情報を読み込んで纏め始める。そしてある程度区切りがついたところで解説を始めた。



「コリナのジョブは祈祷師なのだけど、現状は白魔道士の劣化と考えられているの。その大きな原因は、白魔道士と比べると蘇生に時間がかかること。三種の役割理論が広まった後もその問題は解消されていない。でも、コリナは違うようね」



 死を予見することによってコリナは蘇生時間を短縮している。情報によるとコリナは平均的に二分ほどで蘇生を行え、数を重ねるごとにその精度は高まっていくと書かれていた。


 ただやはり初見のモンスター相手だとその予見率も下がるのか、たまに外して蘇生に五分かかる場合もある。しかしコリナは神台の映像を穴が空くくらい見ているので、その予見率は中々高い。


 ライブダンジョン! で行われていた祈祷師の立ち回りでは、PTの体力とモンスターの攻撃動作を見ながら支援回復の願いや祈りを事前にかけていた。そして精神力を回復出来る聖なる願いを常に回しながら、状況を見て蘇生の祈りを複数貯めておく者が多かった。


 蘇生の祈りは使ったときに多大な精神力が消費され、祈りが叶うとレイズと違い蘇生の有無にかかわらずヘイトを稼いでしまう。ただ蘇生の祈りは途中で中断することも出来るため、ヘイトを稼ぐことだけならば防ぐことは出来る。


 だが支援回復をしながら蘇生の祈りを常に貯めておくことは消費精神力の兼ね合いで不可能なため、PTメンバーが死ぬ前兆を必ず把握して貯める必要がある。そのため祈祷師は白魔道士と比べて戦闘の流れやモンスターの強力な攻撃、味方のステータス値を把握してダメージ計算を行うなどの予習をする必要性が高い。


 ただ『ライブダンジョン!』ではそういったダメージの数値が目に見えてはっきりと出るし、情報をすぐに共有出来るインターネットがあるのでそこまで困ることはなかった。しかしこの世界では神台で予習することは可能なものの、蘇生特化ヒーラーが流行ったことにより祈祷師は日の目を浴びていなかった。そのためまだまだ立ち回りの研究が進んでいない面がある。


 そんな中でコリナは祈祷師に必須である死の前兆を、神台映像の観察と自身の感覚で感じることが出来た。そのためPTメンバーに死の予見が見えた時にだけ蘇生の祈りを使えるので、精神力も青ポーション数本で持っている。



「コリナは死の予見が出来る。あれなら祈祷師も白魔道士の劣化にはならないでしょうね。誤射の心配はないし、支援回復スキルの効果時間や消費精神力も優れているし」



 ゼノの妻が解説している間に他の観衆たちも祈祷師というジョブが珍しく、なおかつ活躍しているコリナの様子を見てざわついている。今まで祈祷師が一桁台で活躍するような場面は数年なかったため、一般的な観衆からすればそもそもそのジョブを知らない者すらいる。



「なんだありゃ? なんかいつものと違うよな?」

「聖職者か何かか?」



 コリナの首からぶら下げているタリスマンを見て祈祷師というジョブを知らない観衆は首を傾げている。だがモンスターと戦っている探索者を見ているだけで楽しいという層も一定数存在するため、そこまで気にしている様子はない。



「あれは祈祷師だな。今までヒーラーと言えば白魔道士しかいなかったから、知らないのも無理はない」

「へぇー。全然見たことなかった」

「祈って回復させてるのか?」

「あぁ。祈祷師の特徴は―」



 しかし探索者のことやダンジョン、モンスターの情報を知ると神台観戦が面白くなることも事実なので、迷宮マニアたちは観衆から意見を求められる。特に自由席では観衆と迷宮マニアのそうしたやり取りが顕著に見られた。


 コリナの活躍に観衆が注目する中で、マウントゴーレムが二回目である範囲攻撃の動作を取った。ディニエルだけが範囲外へ逃げて他の者たちは灼岩のローブに隠れる。


 だが二回目の範囲攻撃には反動がなく、マウントゴーレムはすぐに次の動作に移る。体に岩を埋めてから散弾のように射出する攻撃で、近くにいたゼノは直撃。少し遠くにいたコリナは飛んできた巨大な岩を避けようと動いた時、メルチョーに横へ押された。そしてメルチョーが代わりに巨大な岩を受ける形となり、レベルもVITも低い彼は光の粒子となって消えてしまった。



「え?」

「おいおい! メルチョー死んだぞ!?」



 端から見るとコリナを庇う形で死んだメルチョーに観衆は意外そうに声を上げる。武道会で輝かしい栄光を掴んでいるメルチョーが死ぬところなど、観衆たちはまだ一度も見たことがなかった。その死に観衆は驚き、盛り上がっていた。



「今のは、少し怪しいわね。もしかしてわざと死んだのかも」

「え? そうなのですか?」

「あの距離ならコリナでも十分避けられたと思う。いやでも、そんなことをする理由がない。……ごめんなさい。今のはちょっとわからないわね」



 ゼノの妻はペンを持つ手を止めながら思案するように目を細める。コリナは今まで五十階層で詰まっていたので空中制御はそこまで上手くはない。だがそんなコリナでも今のは自力で避けようとしていたし、十分な距離もあった。


 メルチョーの死はゼノの妻以外の迷宮マニアたちも予測出来なかったのか、口を揃えて困惑している様子だった。特に武道会を見に行ったことのある者たちは信じられないとわめいている。


 そしてコリナは今回死の予見が見えなかったのか、蘇生の祈りを二度使って祈りの言葉で時間を早めた。ゼノも岩と溶岩に挟まれて死んでしまったため、五分の間ダリルは一人でマウントゴーレムの猛攻を耐えなければならない。



「厳しい状況ね。ガルム、えーっと、ガルムはダリルの師匠なのだけれど、彼でもマウントゴーレム戦はもう一人のタンクと交代しながら戦っていたから、恐らく一人じゃ五分も耐えられない」

「そんな……」

「勝機があるとすればコリナが生き残ることだけれど、無理ね。祈祷師には白魔道士にあるバリアみたいなスキルはない。だからツトムみたいに保険付きの避けタンクはこなせないでしょうし」



 難しい顔をしながら解説されたオーリが青い顔をして神台を見つめる。体の赤くなったマウントゴーレムの動きはとても速く、更には熱線攻撃もあるためポーションを飲む暇がない。コリナの支援回復があるとはいえ崩れかけているのは目に見えていた。



「ディニエルは――もう諦めてるようね」

「……あの人は」

「まぁ、しょうがないわよ。ディニエルは前からあんな感じだし、別に仕事をしてないわけじゃない。ただ、完璧な仕事はあまりしないのよね」



 金色の調べに在籍していた頃も状況が悪くなると諦める悪癖は周知されているが、彼女は何も仕事を放棄しているわけではない。アタッカーとしての仕事は十分にこなした上でサボるため、PTメンバーからもあまり強くいえない。


 それに全滅した場合は一番価値のある物以外はロストすることになるが、逆を言えばそれだけは持ち帰れる。細長いマジックバッグに価値ある物を詰め込んでいるディニエルは死んでもそれを持ち帰れるため、矢の節約をすることも悪いことではない。ただ仲間であるPTメンバーからは良いようには見られないだろう。


 だがここでダリルが予想外の粘りを見せた。限界の境地による作用とコリナの支援回復が彼一人に集中したことにより、終盤のマウントゴーレムを相手に耐えられていた。



「ぐああああぁあぁ!!!」



 だがマウントゴーレムの強烈な攻撃を受けて叫び散らし、血にまみれているダリルの姿は普段と違いすぎた。割れた青のポーション瓶を破片ごと口に含み、折れてダランとした腕を無理矢理動かしている姿をオーリは見ていられずに思わず目を覆った。


 普段ダリルを応援しているファンの者たちも狂気を感じるようなその姿に引いていて、以前のガルムを知っている者は感慨深そうにしている。その姿は最前線を張っていたガルムを思い出させた。


 そしてマウントゴーレムを相手に五分間生き残り、その後もタンクを続けたダリルに観衆は熱狂の声を上げる。迷宮マニアたちは唖然としていた。一人で終盤のマウントゴーレムを相手取るなど自殺行為に等しいとわかっているだけに、言葉が出てこなかった。



「……見ていられません」

「……私もあまり見たくはないわね」



 ダリルが痛めつけられている姿を見たくないのか目を伏せているオーリに、ゼノの妻も同調するように言った。ゼノがヘイトを取ろうとしているのに取れていない。それにダリルへコリナの支援回復が集中したことによって逆に戦況が良くなっていることを、彼女は認めたくなかった。だがそれでも記事は書かなければならない。



「ゼノ復活した意味ねぇじゃん」

「コンバットォ! クライ!!」

「使えねー」



 ゼノの真似をしながら小馬鹿にするようなことを言う観衆にゼノの妻はペン先を震わせながらも、記事はしっかりと書き記す。そのまま二人は暗い顔のまま神台を眺め、ゼノの妻が解説をする声だけが間に挟まる。


 そして七十階層を突破して周りが盛り上がる中、二人はあまり喜んでいなかった。オーリはゼノの妻から資料を受け取ると頭を下げてすぐにクランハウスへと戻っていった。



 ―▽▽―



「お疲れさん」



 依頼組PTが七十階層を突破してギルドに帰還すると、亜麻色の服を着たメルチョーが四人を出迎えた。そんなメルチョーをディニエルはジッと横目で睨む。



「儂のせいで苦労をかけてすまんの」

「別にいい。貴方は依頼者だから」



 ディニエルはぶっきらぼうに言うともう興味をなくしたのか、背にある弓を背負い直して受付に向かった。冷たい対応にメルチョーが肩を下げていると、その後ろからコリナが気まずげに顔を出した。



「すみません。メルチョーさん。私のせいで」

「いや、あれは余計な世話じゃった。儂の方こそすまないの」



 頭を下げるコリナにメルチョーは更に深く頭を下げる。実際あそこでわざと死んだのはダリルを追い詰めるためであるため、コリナに全く非はない。蘇生可能時間を過ぎてギルドに転送されたメルチョーは誤解されぬよう、既に周りへ自分のお節介だったことを話している。



「ちょっと余裕がなくて、生き返らせませんでした」

「いいんじゃよ。突破してくれたしの」



 PT契約をしていればたとえ死んでいたとしても階層更新は成されるため、メルチョーも七十階層は攻略したという扱いになる。そのためメルチョーからすれば特に問題はない。



「ダリル君は、寝てしまっているか」

「はい」



 鎧の脱がされているダリルはゼノに背負われてすやすやと寝息を立てている。メルチョーはそんな彼を見て満足そうに頷いた後、しんみりとため息を吐いた。



「はぁ。儂もダリル君のような弟子、欲しいのう」



 練習ですら命の危険がある魔流の拳。だが神のダンジョンが出来てからはその危険がなくなったので、身体が動かなくなる前にメルチョーは自分の技術を受け継がそうとしている。


 だが魔流の拳は扱いが非常に難しく、魔力の扱いに長けている貴族ですらさじを投げるほどである。もう技術を教えて五年経つが未だ使いこなせる者はおらず、かろうじてブルーノが身体の頑丈さを利用して少しだけ使える程度だ。


 そして対人戦に関しての指導の方が人気のある現状をメルチョーはうれいている。自身が朽ちるまでに何とか技術を継承させたい。その思いが日に日に強くなっているメルチョーは、だからこそダリルの強さを求める姿勢に好感を持っていた。そして彼が限界を超えようとしていたこともわかっていたので、追い詰めるためにわざと死を選んだ。


 その甲斐もあって今回ダリルは至ることが出来た。ガルムと同じ場所にダリルが足を踏み入れたことがメルチョーは嬉しい手前、自分の技術を受け継げる者がいない現状が悲しかった。



「それじゃあ、明日も頼むわい」

「はい。よろしくお願いします」



 だが八十階層の冬将軍。久々の人型モンスターには心が躍る。あれを倒すまでは死ねないと、メルチョーは強敵の気配にわくわくしながらPTを解散してギルドを後にした。

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