第167話 死の予知

 マウントゴーレムが範囲攻撃の動作を取ったのでダリルが大声で指示を出し、みんなを集まらせる。ディニエルはゼノが落ちた溶岩から拾い上げていた灼岩のローブを投げ渡すとすぐに逃げ始め、メルチョーはゼノと、ダリルはコリナとペアを組んで灼岩のローブを被って空中で丸まった。


 そしてマウントゴーレムの目から赤い光が漏れ出して広がり、地面を溶かしながら急激に膨張。全てを焼き尽くす範囲攻撃で丸まっていた二組は軽く吹き飛ばされ、ディニエルは遠目でその様子を見ていた。



「ストリームアロー」



 その範囲攻撃が終わると同時、ディニエルは距離があるにもかかわらずストリームアローを放つ。それは攻撃の反動で動けないマウントゴーレムの頭上へ寸分狂わず到達し、氷の矢を降らせた。


 その後ディニエルは真っ赤になっているマウントゴーレムを横目に、氷矢を地面に撃って足場を確保していった。少し吹き飛ばされた二組は灼岩のローブから顔を出すと、熱気を放っている地面から離れるため空へ上がる。そして真っ赤な地面から離れてディニエルの元へ向かっていく。



「冒険神の加護」



 ダンジョンの地形効果を二時間ほど軽減出来るスキルをコリナが再度かけ直し、その間にダリルは予備の赤鎧を装備し直す。そして冷却用の氷魔石を補充しながらみんなに声をかけていく。



「これから先はゴーレムが出ませんので、メルチョーさんも攻撃に参加して頂いて構いません。ディニエルさんは足場の確保を優先して頂けますか」

「わかった」

「あまり期待はせんでくれよ」



 メルチョーは空を飛ぶ技術がからっきしなため、動きの速くなったマウントゴーレムに対しては有効な攻撃をすることは難しいだろう。足場もディニエルが定期的に氷矢で冷やして確保しなければすぐになくなってしまうため、あまり力が出し切れない状況である。



「コリナさんは今までと同じように支援して頂けると助かります」

「わかりましたぁ」



 コリナのおどおどとした頷きにダリルは笑顔を返す。先ほどゼノを二分で生き返らせたコリナの手腕をダリルは頼もしく思っていた。事前にコリナから聞いた話だと、蘇生の祈りは効果が実現するまで十分という時間がかかり、祈りの言葉を使っても蘇生の祈りの効果時間は半分しか短縮出来ない。そのため死んでからスキルを使っていては最速でも五分はかかる。


 だがコリナは祈りの言葉すら使わずに二分で蘇生することに成功している。ダリルはその犬耳でコリナが事前に蘇生の祈りを使っていったことを聞いていたので、万が一自分が死んだ時も立て直してくれるかもしれないという希望が湧いていた。



「ゼノさんは僕と代わり代わりでマウントゴーレムを引きつけて下さい。お互い無理せず行きましょう」

「ふっ。言われなくともわかっているさ」



 汗を拭っているゼノは一度死んだにもかかわらず、意外にも余裕そうだった。ダリルはもし自分が死んだ時を考えるだけでもお腹が痛くなりそうになるが、ゼノにそういった雰囲気は微塵もない。そんなゼノの様子を以前の自分と比べてしまったのか、ダリルは少し悔しそうにしていた。


 そして全員が息を整える頃には赤く変色したマウントゴーレムが反動から解放されて行動を開始し、全力で腕を振って五人の下へ走ってくる。ダリルが研ぎ澄ませた藍色のコンバットクライを放ち、戦闘は再開した。


 コリナはタンク二人へ手厚い支援回復を行い、ディニエルはマウントゴーレム付近の地面に氷矢を放って足場を確保。その後地面に降りると弓を向けて狙撃の構えに入る。メルチョーはゼノによって地上に降ろされた後、無色の魔石を手の中で砕いた。



「ディフェンシブ」



 ダリルは立ち位置が被らないようにしながら空中に浮かんでマウントゴーレムを迎え撃つ。近すぎず遠すぎずの距離を維持し、丁度殴りやすい位置に浮かんで攻撃を誘発させる。


 ダリルの目論見通りに横から抉るように殴りかかってくるマウントゴーレム。だがその攻撃は黒ずんでいた以前より明らかに速く、最早ダリルでは避けられない速度となっている。



「ぐっ」



 その攻撃をきちんと大盾で防いだダリルは先ほどよりも強い衝撃に思わず声を漏らし、黒い地面にある岩を削りながら体勢を立て直す。すぐにコリナの回復によって打撲は回復していくが、予想していた通りその一撃は重い。


 しかもマウントゴーレムはもう走れるようになっているため、吹き飛ばされた後の休憩時間も狭まる。追撃に放たれた熱線に背を向けて頭を丸め、ダリルはそれを防ぐ。急激に上昇した温度に赤鎧は反応して冷却機能が稼働する。


 赤くなった地面から離れる頃にはマウントゴーレムがダリルに追いつき、今度は爪先で石ころのように蹴り飛ばす。ダリルは吹き飛ばされる位置が味方と被らないよう調整だけはしながら、離れすぎないようすぐに体勢を立て直す。



「コンバットォ! クライ!!」



 そしてその後も何度か攻撃を受けた後にゼノがコンバットクライを使用し、ダリルとタンクを交代する。ゼノはダリルと違い敢えて懐に潜ることで攻撃をかいくぐっていく立ち回りで、マウントゴーレムを引きつける。


 その間にダリルは痛む身体を押さえて息を整えてコリナの支援回復を待つ。そして癒しの願いが叶って緑の気がダリルを包み、彼を回復させていく。


 ゼノは攻撃に当たれば即死というリスクを背負っている分、ダリルより被弾は少ない。それに速度の速い熱線攻撃を完全に防げる灼岩のローブも持っているため、有利に戦闘を進めることが出来る。


 しかし練習を積み重ねていた火竜と違い、マウントゴーレムの攻撃を受けるのはこれが初めてである。素早くなったマウントゴーレムの掴みや踏みつけを持ち前の複雑な空中機動で避けているだけでも及第点ではあるが、通常攻撃を一度喰らうだけでゼノは非常に辛そうだった。



「コンバットクライ」



 なのでダリルはゼノが一度攻撃を受けたらすぐにコンバットクライを放ってタンクを交代していた。そしてダリルへとヘイトが移った途端に空を鏑矢が通り過ぎる。ダリルはその音を聞くとマウントゴーレムを引きつけながら、ディニエルがスキルを口にするのを待った。だが彼女の言葉はまだ聞こえず、ダリルは内心首を傾げる。


 先ほどまではマウントゴーレムの踏みつけや叩き付けを誘発させて動きを止めさせていたダリルも、動きが素早くなる終盤戦では難しくなる。そして遂に殴り飛ばされてしまった彼の耳にその声が届く。



「ストリームアロー」



 ダリルが殴り飛ばされた瞬間を狙ってディニエルはスキルを使用し、マウントゴーレムの頭上へと矢を降らせる。その途中でマウントゴーレムはダリルの方へ走っていくので全弾当たることはないが、これでも十分ダメージは稼げている。ダリルも今のマウントゴーレムに踏みつけなどを誘発させることは厳しいと思っていただけに、ディニエルの機転はありがたかった。


 ダリルは安定した攻撃を引き出して確実に生き残り、ゼノは即死攻撃を死に物狂いでかいくぐって時間を稼ぐ。そんな二人のタンクによってマウントゴーレムは他の三人へ向かうことがなく、コリナの支援回復によって戦況は上手く回っていた。



「あ」



 しかしタンク職の中ではAGIが高い方である聖騎士でも、ハンナのような生粋の避けタンクには遠く及ばない。そのため即死攻撃を全て避けられるわけもなく、ゼノは動きが速くなったマウントゴーレムに踏み潰されることとなった。


 ダリルは前で踏み潰されて粒子となって消えていったゼノに一瞬動揺したが、すぐに切り替えてヘイトを取る。そしてマウントゴーレムを引きつけていると上から声が聞こえてきた。



「蘇生まであと二分です! 耐えられますかぁ!?」

「大丈夫です!」

「了解です! その間にヘイト取りお願いしますぅ!」



 ただその死はコリナの死を感じ取る目によって既に予見されていて、事前に蘇生の祈りが使われている。もしダリルが厳しい場合は蘇生にかかる時間を短縮出来るよう、祈りの言葉を使える精神力も彼女は確保していた。


 その後はゼノが度々死ぬようになったがコリナはそれを予見して蘇生の祈りを使い、祈りの言葉も駆使してタンクのサイクルが崩れないよう調整した。定期的に蘇生の祈りを使うようになったコリナにヘイトは溜まっていくが、ダリルのスキルを駆使してのヘイト取りで彼女にマウントゴーレムは向かわない。


 コリナもヘイトを取り過ぎないように支援回復や祈りの言葉を最低限にする。特によく死ぬゼノに対しては支援回復を行わないという、一見非道なこともコリナは行っていた。だがもしコリナが狙われて死んでしまえばもう蘇生手段自体がなくなってしまうため、その判断は正しい。



「ゼノ、復活!!」

「回収面倒だから溶岩では死なないでよ」

「善処しよう!」



 何度も死んでいるゼノは気落ちすら見せずにディニエルから灼岩のローブを受け取り、青ポーションをぐびっと飲んだ。そして茶色の服に灼岩のローブだけを羽織ると、鎧も手盾も装備せずにマウントゴーレムへと向かっていく。



「コンバットォ! クライ! さぁ来い!」



 何度も踏み潰され、叩き潰された。ダリルは一度も死んでいないのに、何回も蘇生されることは同じタンクとして惨めさもあるだろう。観衆からもがっかりされているかもしれないし、ディニエルの言葉も突き刺さっている。


 だがゼノの心は折れない。ガルムやダリルとは種類の違うメンタルの強さ。それは彼の確かな武器である。尚もその銀の輝きを失わないコンバットクライはマウントゴーレムを引きつけた。



「はっ、はっ……」



 そしてダリルは先ほどの限界に至る感覚を取り戻すことが出来ず、難儀していた。肉体的には大分追い詰められているのにあの感覚が帰ってこない。



「治癒の願い。聖なる願い」



 その原因は、ダリルがコリナの優秀さを知ってしまったからである。


 ダリルは中盤戦の時、自分は絶対に死んではいけないと強く思っていた。コリナの真の実力がまだ未知数なため、死んでしまえば終わるという認識があったからだ。肉体的にも精神的にも追い詰められていたからこそ、彼は限界の境地に足を踏み入れることが出来ていた。


 しかし今ではコリナが何回もゼノを安定して蘇生しているところを見てしまっている。それにタンクからすればコリナの支援回復も十分ありがたいし、ゼノが死んでもコリナは焦ることなく仕事をしてくれる。


 もし自分が死んだとしてもコリナならば立て直せる。その信頼がダリルの無意識に生まれてしまったせいで、精神的には限界に至っていない。だからこそ、その先に至ることが出来ていないのだ。



「ストリームアロー」



 ダリルが殴り飛ばされることを見越してディニエルが矢を放ち、マウントゴーレムを削っていく。ダリルは身体が爆発しそうな痛みを感じている。だが限界の境地には至れない。そのことに心は苛立ってはいたが、頭の方は冷静だった。


 ここで限界に至らなくともマウントゴーレムを討伐出来る可能性はある。ただゼノがヘイトを取って早々に死んでしまうとダリルもタンクを請け負う時間が長くなるので辛く、そういった場面は先ほどから何度もあった。


 だがゼノもただ死んでいるわけではない。死ぬごとに経験を積み、最後には灼岩のローブのみを装備して戦って時間を稼ぐことに特化し始めている。



「ゼノ、復活!」

「うぇぇ。ポーション不味いですぅ」



 今も相変わらず死んではいるし、ヘイト取りにコンバットクライをかなり使うため青ポーションの消費も多い。だがそれでも稼げる時間はだんだんと増えている。ハンナのように圧倒的な速さはないが、ゼノは複雑な空中機動が上手い。そのためマウントゴーレムの懐に入ってしまえば攻撃も中々当たらないようになってはきていた。


 それに加えてコリナの意外な活躍。てっきり祈祷師は蘇生に時間がかかるものだとダリルは思っていたのだが、コリナは基本的に二、三分でゼノを復活させている。それくらいで蘇生させてくれるのならダリルは十分耐えられるし、蘇生による青ポーションの消費もそこまで多くは見えない。


 今までの人生経験と斡旋PTでの実戦で得た死を予見する目。それにPTが壊滅的になる状況にコリナは慣れていたため、ゼノが死のうが焦ることなくダリルにも支援回復を続けている。努が神台を見て見出していたコリナの強みがしっかりと発揮されていた。


 ディニエルはそのだらだらとした性格とは裏腹に細かい気配りが効くため、足場の確保や攻撃タイミングの合わせ方が上手い。それに前回やっていたマウントゴーレムの関節部分を射撃しての攻撃遅延もダリルやゼノの生存に一役買っている。


 メルチョーは空中で戦うことが出来ないため真っ赤に燃えている地面を前にして、今のところはほとんど何も出来ていない。だがいざという時に何かしてくれそうな雰囲気があるため、いるだけでも心の安定に繋がる。


 なのでこのまま自分がミスをしなければ勝てる。その現状を理解していたダリルはあまり限界の境地には拘らず、安定して拳突きや蹴りを誘発させて吹き飛ばされていく。


 するとマウントゴーレムが二回目の範囲攻撃の動作をし始める。以前戦った時はしなかった行動であるが、ダリルは予習していたためその行動を知っている。そしてその行動がかなり厄介なものであることも知っていた。



「範囲攻撃! メルチョーさんはコリナさんのローブに隠れて下さい!」



 既に離脱しているディニエルを横目にダリルは指示を出し、近くにいたゼノと共に灼岩のローブに包まる。


 二回目の範囲攻撃には反動が存在せず、すぐにマウントゴーレムが動いてくる。この行動が終盤非常に厄介で、初回でクリアした努も運が良かったと言っていたことをダリルは覚えている。


 だがヘイトは現在ダリルが取っているため問題はない。範囲攻撃が終わったらすぐに行動を開始しようとダリルは考えていると、暗闇の中でエンバーオーラによって銀色に光り輝いているゼノがローブの端を掴みながらボソリと言った。



「眩しいな」

「……そうですね。もう少し光を抑えればいいんじゃないですか」

「これでも抑えているんだ。だが、自然と溢れ出てしまうのでね。困ったものだ」

「練習した方がいいですよ」



 光り輝きながらお茶目な表情をしているゼノにダリルが真面目に突っ込んでいると、範囲攻撃の衝撃が二人を襲う。そのまま空中に浮いて風圧に飛ばされた後、いきなり轟音が響く。


 飛ばされる勢いがなくなったのでダリルが急いで顔を出すとそこには腕を交差しているマウントゴーレムが立っていて、その胴体には大量の黒い岩が埋まっていた。



「まずっ――」



 腕を解放したマウントゴーレムの胴体から散弾のように岩が弾け飛ぶ。ダリルは飛んできた岩を大盾で受けたが弾き飛ばされ、ゼノは岩の下敷きになってしまった。


 吹き飛ばされたダリルをすぐ追撃するようにマウントゴーレムが迫り、周りを見渡す余裕がない。すぐにダリルは殴り飛ばされる。



「蘇生の祈り。蘇生の祈り」



 だがダリルの垂れた犬耳にはコリナの不穏なスキル使用の声がしっかりと届いていた。

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