第132話 ダリルの憂鬱

 ギルドに帰ってエイミーに鑑定して貰ったところ、銀の宝箱から出た物は灼岩のローブで間違いなかった。



「耐熱装備だって! いいじゃん!」

「そうですね。七十階層攻略に役立ちそうです」

「もし攻略し終わったら貸してね!」

「いいですよ」



 エイミーとそんな会話を交わした後、努は早速翌日からはそれを装備してダンジョンへ潜る。そして純白の聖なるローブを脱いだことによって下がった精神力で立ち回る調整をし始めた。


 欲を言えばもう一つ耐熱性の高い灼岩シリーズの防具は欲しいところである。特に安定したタンクが期待出来るダリルには持たせておきたい。しかしダリルの装備はドーレン工房で資金を費やして絶賛開発中で、もうそろそろ完成するそうなのでそちらでも問題ない。ただ出たのならそれに越したことはないので引き続きボルセイヤーは狩る予定だ。


 しかし火山階層ばかりだと他のPTメンバーたちにも飽きが来るので、外のダンジョンで迷宮制覇隊に色々と教えてもらいながら探索したり、たまに突然休暇を取ってオーリも交えて迷宮都市を観光したりした。


 迷宮都市は神のダンジョンが七、八年前に突如現れ、命の保証があり魔石も手に入る場所目当てで様々な人が集まっている。なので色々な人で溢れかえり新しい文化が流入して根付いていた。そのため迷宮都市には深い伝統のあるような文化はあまりない。


 もしそういった文化に触れたいのなら王都の方が歴史は深い。王立図書館には様々な文献が貯蔵されているし、文化建築物なども非常に多い。



(一区切りついたら王都に行ってみるのもいいかもな)



 今のところ百階層に行けば何かあると努は踏んでいるが、もしかしたら裏ダンジョンが存在していて二百階層まで攻略しなければいけない可能性もあるし、そもそも帰れないという可能性もある。


 もし百階層を攻略して何も起こらなかった時を考えるとゾッとしてしまうが、帰れる可能性を信じて今は攻略するしかない。努は迷宮都市を観光しながら改めて気を引き締めた。


 その後はレベリング作業を終え、七十階層攻略のために事前練習をするようになった。ディニエルとハンナはストリームアローを組み入れた連携。ダリルにはモニターでマウントゴーレムの観察を指示し、アーミラにはフライを使いながらの龍化使用練習を行わせた。


 今まではダンジョンに潜る時間を削ることはしなかったが、今回からは初めて分かれて練習することとなる。ディニエルとハンナはダンジョン。ダリルはモニター市場。アーミラはギルドの訓練場。努はそのどれかに付いていくことになる。


 まず午前中はアーミラのフライ練習に付き合った。マウントゴーレム戦は中盤足場が狭くなるため、どうしてもフライを使う必要性が出てくる。その際に龍化をしていた場合は本能で死を避けるためにフライを使うことが考えられるため、龍化解除時にフライを維持することが求められる。



「のわぁぁぁ!!」



 アーミラは貸し切った個室訓練場の中で叫びながらスライムクッションが敷かれた地面に墜落し、ポヨンと跳ねた。苛立ったように歯軋りしながらアーミラはまた龍化を使い、空中で待機している努へ素手で襲いかかる。



「メディック」



 努も今までずっとアーミラの龍化を解除してきたので、もうその対処にも慣れている。すぐに様々な形態のメディックを駆使してアーミラを追い詰め、空中で龍化を強制的に解除させる。彼女は意識を取り戻すとすぐに体勢を直す。



「くっ、こっ、ああああああ!!」



 その後空中でもがくようにして少しの間浮いたものの、アーミラはまた落ちてスライムクッションに吸い込まれた。気絶から目覚めていきなりフライを制御するのは至難の業だ。



「ほーら、頑張れ頑張れ」

「くそがっ!」



 中々フライを制御出来ない自分と空中で余裕の表情をしている努にアーミラは腹を立たせ、すぐに龍化して努へ襲いかかる。そしてメディックで龍化を解除されてスライムクッションへ吸い込まれる。午前中はその繰り返しだった。



「お疲れ。それじゃあ午後からはダリルと変わってダンジョン探索ね」

「……ふーっ」

「怖い怖い。目が龍化してる」

「誰のせいだ。クソッタレが」



 アーミラは龍化していないにもかかわらず爬虫類のような瞳になっている。努が茶化すように言うと彼女は腹立たそうに鼻を鳴らして視線を切った。


 アーミラが怒っている理由は自分がフライを制御出来ない未熟さもあるが、大部分は龍化解除時に見える努の顔だった。


 突然意識を取り戻した直後にフライを制御しなければいけないので、どうしたってアーミラは慌てる。わたわたしながら彼女は必死にフライを制御しようとするのだが、その姿は努から見ると少し滑稽なのかたまに笑っているのだ。



(くそ。さっさと制御して目にもの見せてやる!)



 アーミラは怒りに包まれながらどすどすと努の後に続き、前の彼は少し背後に気をつけながらもギルドの食堂にいた三人と合流した。



「それじゃあダリルとアーミラ交代で、ご飯食べたら引き続き二人はよろしくね」

「了解っす!」

「ゆびいたい」



 革手袋で保護しているものの何十回もストリームアローを撃つとやはり痛くなってくるようで、ディニエルは指を擦り合わせていた。



「そこまで無理して練習しなくてもいいからね」

「だってさ。ハンナ」

「でもあたしはもっと練習したいっす! さっ、早く食べて行くっすよ!」

「たすけて」



 ハンナに食事を急かされているディニエルは庇護欲が全く浮かばないような目で見つめてきた。努はハンナに魔法陣へ連行されていったディニエルを見送ると、次にダリルのモニター観察に付き合うことになった。ダリルはモニターを何度も見ることはあるので慣れてはいるが、まずは一連の流れを見せた方がいいだろう。


 それにモニター観戦といっても金色の調べや紅魔団がマウントゴーレムに挑む時間は主に夜。その間には彼にマウントゴーレムの知識を付けさせようと思っていた。


 努はダリルと一緒にクランハウスに帰ると彼を自身の部屋に招き、学習机の前に座らせた。



「これは……?」

「ソリット社に依頼して作らせたマウントゴーレムの戦闘記録だよ。これがアルドレットクロウで、これがシルバービースト。やっぱり写真ついてると色々わかりやすいからね」



 努は白黒写真のついた戦闘記録をダリルに渡すと自分のベッドに座った。



「まずは夜までそれに目を通しておいて。二つとも参考になると思うから」

「わかりました」

「それで、夜からは実際に外へ行って神台を見てみよう」

「了解です!」



 努がモニターと呼んでいる物は、この世界の者たちからは神台と名付けられて呼ばれている。ダリルは努の言葉に大きな声で返事をすると張り切ったように記事へ目を通し始める。努もゲームだけでの知識では到底七十階層攻略は無理と考えているので、何度も確認した資料に一応に目を通した。


 物理攻撃がほとんど効かないことで有名なマウントゴーレム。全長はおよそ十五メートルあり、現状階層主で一番巨大なモンスターである。


 姿形は岩のようにゴツゴツとしていて、人のように手足があり頭も存在する。色は焦げたように真っ黒で頭にある目の部分だけは真っ赤だ。


 特筆すべきはその体質。物理攻撃をほとんど通さない頑強な黒岩の鎧に、溶岩の熱にも耐えられる火耐性。関節部分と赤い目だけは物理もある程度通るが、やはり属性攻撃で攻めた方がいい。ただし無限の輪には有効な属性攻撃を出来る者がディニエルしかいない。そのため関節や目を狙う戦略も組み入れた方がいいだろう。


 一時間ほどで資料を読み終わった努は真剣な顔で用紙をめくっているダリルの様子を窺った後、部屋を出て下に降りるとキッチンで適当な果物を選んでとんとんとナイフで切って皿に乗せた。そしてそれを自分の部屋に持っていく。



「はい。おやつ」

「わーい!」



 努は皿に乗っている一口大の果物をパクリと口にした後、ダリルにも一片放り投げる。それを口で直接キャッチしてもぐもぐと食べ始めたダリルに努は苦笑いした。



「何か気になることはあった?」

「うーん、そうですね。VITが高いビットマンさんでも攻撃を受けたら即死っていうのは、怖いですね。そうなるとハンナさんを中心に回した方がいい気もします」

「そうだね」

「ただハンナさんの避けタンクは攻撃出来る分リスクも高いですからね。特に溶岩を使った範囲攻撃に弱そうです。取り敢えずハンナさんで最初回して、範囲攻撃でやられてしまった場合に僕がタンクを受け持つ方が……えっと、ツトムさんはどう思います?」



 資料を見ながらどんどんと意見を出していたダリルは、ベッドに座って聞きいっていた努を上目遣いで見つめる。努は少し資料に視線を移した後にっこりと笑った。



「マウントゴーレムの作戦はダリルにある程度任せようと思う。どうかな?」

「えっ……?」

「いつまでも僕の指示に従ってるばかりじゃ困るしね。いつかガルムも入ってくるんだしさ」

「……その時は、喜んで僕は譲りますよ。ガルムさんにはかなわないですから。だからツトムさんの指示に僕は従います。あ! そろそろ休憩終わりにしましょう? まだ資料はいっぱいありますからね!」



 ダリルは誤魔化すように愛想笑いをしながら話題を逸らし、穴でも開けんばかりに資料を凝視し始める。前までの努ならばまだ時間はあると見逃してきたが、今回は違う。そろそろタンクの自覚を彼に持たせる時期だと考えていた。



「ダリル。マウントゴーレム相手だと僕もダリルに毎回指示は出せないよ。自分で動いてもらわないと困る」

「……で、でも。今までだってツトムさんの指示で上手くいってたじゃないですか。どうして変える必要があるんですか?」



 ダリルは予想だにしない場面に直面した時、動きが固まったり他人の指示を待つ癖がある。特に火竜戦は努やディニエルのフォローがなければ危ない場面は何度もあった。しかし指示を受ければすぐに動けるので今まではそれで問題はなかった。


 しかしダリルはその癖がなければ一人でPTを支えられる地力がある。アーミラとのシェルクラブ対決でその片鱗を努は感じていた。



「ダリルにはそれが出来る実力はある。実際僕が指示を出さない時にも上手くやってる時はあるんだしさ。別に失敗してもいいから想定外のことが起きた時、自分で考えて動くことを意識してみて」

「……はい」

「よし、じゃあ作戦立案は任せた。勿論後で皆と話し合って最終確認するから、大丈夫だよ」

「……わかりました」



 ダリルは緊張した面持ちで努の言葉に頷いた。その後二人は夜になると神台でマウントゴーレム戦を見に行き、予約していた席で観戦しながらどのような作戦と流れで攻略するか話し合った。

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