第130話 ヒーラー交代

「それではよろしくお願いします」

「おう、よろしく頼むぜ」



 ユニスの提案を聞き入れた努は彼女の代わりに金色の調べPTへ参加することとなった。以前にも一度入ったことはあるが、その時とはメンバーが違う。努は大剣士のアタッカーと聖騎士のタンクを中心に打ち合わせをした。その間に無限の輪のPTはユニスを残し、モンスターをおびき寄せるために行動し始める。



「俺はどうすんだ?」

「あー、いつもはどうしてるんです?」

「……レオンには最初にヘイストをかけた後、効果が切れたら好きな時に戻ってきてもらっているのです」

「なるほど」



 後ろで聞き耳を立てていたユニスが努の質問に答える。今のところ彼女はレオンへ継続的にヘイストを当てることはしていない。努は自分もそれを採用しようとしたが、少し考えた後にレオンへ言った。



「多分それだと逆に僕が合わせづらいので、好きに動いていいですよ。こっちで勝手に合わせるので」

「……ほーう。わかった」



 努の言葉を聞いたレオンはじーっと努を見返した後、面白そうにけらけらと笑った。バルバラからは特に何もなかったので、努は悔しそうに下を向いているユニスに振り返った。



「レオンに戻ってきてもらう発想は別に悪くない。むしろレオンの速さならそっちの方が効率良いと思うよ。直接触れた方が精神力効率もいいしね」

「……ふん。もしかして励ましているつもりなのですか? だとしたらとんだ勘違いなのです」



 厳しい声色と尻尾の上機嫌そうな動きが一致していないユニスに努は思わず鼻で笑うと、彼女がキッと睨んできたのですぐに退散した。


 ヒーラーの立ち回りを見せるには峡谷のようなモンスターの連戦を見せるのが手っ取り早い。ただ火山ではあまり連戦が起きないため本格的に見せるのならボルセイヤー辺りが適任だが、また金色の調べと一緒の階層に入れるかは運が絡む。


 神のダンジョンについてはギルドで考証が成されているが、二つのPTが時間を合わせて同じ階層へ潜っても必ず一緒の階層に入れるとは限らない。階層数は同じだが、別の空間軸にそれぞれのPTが転移することがある。同じ階層に入るか、別空間の同じ階層に転移する確率は五分五分といったところだ。運が悪いと一緒の階層で合流するために時間をかけることになるので、努はボルセイヤーを相手にすることはしなかった。



「来ましたね。準備しましょうか」



 努がアタッカーとタンクの女性二人にどういったスキルを使うかを聞いていると、モンスターの群れを連れたディニエルが見えてきた。三メートルを越す赤い巨人に、熟した林檎のような色のハエ目を持つ昆虫モンスターも後ろに見える。



「マグマゴーレム、サマチュラですね。割り振りはタンク二人に任せます。プロテク、ヘイスト」



 努がモンスター情報を報告しながら全員に支援をかけると、タンク二人はお互い離れてコンバットクライを放ってモンスターの気を引く。



「フライ」



 すると努は最近あまり使っていなかったフライを自分にかけて空中に浮かび上がった。フライで滞空していると微量ではあるが精神力が消費されるし、地上から支援する練習を積んでおきたかったので無限の輪ではほとんど使わなかった。



「行くぜ」



 だがPTにレオンがいるのなら立ち回りを変えなければならない。金色の加護ゴールドブレスによってAGIが二段階上昇し、ヘイストを加えるとそのステータスはSに届く。その動きは速すぎて地上からの視点では見切れないため、フライで浮かんで広い視界を確保しなければまともな支援をすることは出来ないだろう。


 それにバルバラ、聖騎士の女性もタンクとしてはまだまだ未熟だ。しかしそれが事前に分かっていればフォローの仕様はある。幸いにも大剣士のアタッカーは見たところ優秀なのでそこまで手はかからない。四人の内一人でもそういう者がいれば支援回復はグッと楽になる。



「ヒール」



 火山階層のモンスターに慣れてきたとはいえ、バルバラはまだ戦闘がおぼつかない。マグマゴーレムに振り下ろされた両拳を避けたものの、その隙を突かれてもう一体に蹴られようとしている彼女を見た努はすぐにヒールを飛ばす。そしてバルバラはマグマゴーレムの足で蹴り飛ばされた。



「ぐっ……あれ?」



 バルバラが蹴り飛ばされた瞬間にヒールが彼女の背中に当たり、打撲はすぐに癒える。その後メディックも付与されて疲れも癒されたバルバラは、すぐにマグマゴーレムを引きつけに向かう。


 聖騎士の女性もサマチュラの煩い羽音と機敏な攻撃に苦戦している様子だ。努はエアブレイドで援護しつつ体当たりを受けそうな彼女にヒールを送る。被弾した直後に聖騎士の女性は回復された。


 努はタンク二人から視線を外すと、右往左往しているマグマゴーレムを圧倒的な速さで蹂躙じゅうりんしているレオンに目を向けた。



(ほんと凄い動きだな)



 レオンは空から見下ろしても相変わらず滅茶苦茶な動きをしている。その速さはハンナの比ではない。試すように速く動くレオンに努は口角を上げながら白杖を向けた。



「ヘイスト」



 飛ばしていては一向にレオンへ支援は追いつかない。味方の位置やモンスターの位置、挙動を見てレオンの動きを予測し、ヘイストを彼の進行方向へ置く。レオンはマグマゴーレムの拳を避けた途端、置かれたヘイストを通り過ぎてAGI上昇が持続する。


 フライを使って見下ろすことにより第三者視点から戦況を把握出来れば、それはゲームの画面とあまり変わらない。その慣れている視点からの戦況把握能力は長所の一つだ。それに加えて努はタンクやアタッカーの気持ちを察する能力、戦闘中の空気を読む能力がずば抜けていた。


 ゲームではアタッカーとタンクもある程度経験しているため、努は他の役割の者がヒーラーに何を求めているかを知っている。モンスターの挙動を把握してタンクが被弾した直後の回復、とにかく支援を切らさないこと。それに加えてこの世界独自のメディックやフライもしっかりと組み込んでいた。


 なので被弾の多いタンクでもそれを予測して早めにヒールを飛ばし、すぐに戦況へ復帰させることが出来る。レオンの馬鹿げた動きに置くヘイストを合わせるのは容易ではないが、モンスターの攻撃を避ける時などに合わせて二つヘイストを設置し、予測が外れた時の保険などをつけて乗り切った。



「エアブレイド」



 そしてタンク二人だけにモンスターを任せるのは不安なので、エアブレイドで援護もこなす。アタッカーと比べれば貧弱な攻撃だが、この世界でのヒーラーが攻撃することの重要さはゲームよりも高い。単純なDPSだけでなく、弱点部位を上手く狙えば怯ませることが出来てタンクの負担が減るからだ。


 しかしヒーラーが攻撃までするということは、完全な支援回復とヘイト管理が出来ていることが前提である。現状そのどちらも完璧にこなせている者は努しか存在しない。



「バルバラ。もう一度コンバットクライをゴーレムに」

「わかった」

「レオンさんは好き放題動いていいですけど、少し攻撃抑えて下さいよ! 一人で全滅でもさせる気ですか!」

「おぉ!? わりぃ!!」



 レオンは継続するヘイストに気持ちが昂ぶっているのか、随分と楽しそうにモンスターを長剣で切り伏せている。努はヘイト管理の指示を出しつつ、そのまま支援回復を続けてモンスター第一波を容易に突破した。


 そしてハンナが連れてきた第二波のモンスターにもすぐに対応。モンスターの情報を皆に伝えてすぐに戦闘を開始する。


 先ほどの戦闘と同じように努は支援回復を一度も切らさない。レオンに対してヘイストを置く時は多大な集中力を持っていかれるが、それ以外は問題なく対処出来ていた。


 レオンは好き勝手動いても切れることのないヘイストに笑い、タンク二人はまるで自分の身体状態が把握されているのではと錯覚するほど的確な支援回復に困惑している。


 努は『ライブダンジョン!』で固定のクランPTだけではなく、他のPT募集に入ってヒーラーをすることも多かった。ガチガチに打ち合わせをする効率重視PTや、マッタリとした雑談重視PT、打ち合わせをしない無言PT。それらが入り乱れた様々な状況でのダンジョン攻略に彼は慣れている。だから努はどんなPTに入ってもタンクやアタッカーを活かしきれるだろう。


 その後もモンスターの群れ第三波、第四波も次々と倒していく。そして最後の第五波の中盤に差し掛かる。



「そろそろ精神力尽きそうですよね。どうぞ」

「あ、はい」



 流石に全員の精神力残量までは管理出来ないが、タンク二名ならある程度見当がつく。努は聖騎士の女性に森の薬屋の弟子が作っている青ポーションを渡し、大剣士の女性に声をかける。



「今のうちに水分補給どうぞ」

「…………」



 丁度水が欲しいと思っていたアタッカーの女性は戦慄したような目で努を見た。彼女は今までユニスの支援も意識して立ち回れるほどの実力があり、今回も同じように意識しようとしていた。だが努の支援は明らかに違う。戦闘中の動作に対して邪魔にならない場所へ支援スキルが置かれ、気づけば触っていて効果が継続している。


 自身の挙動や心理を全てを見透かされているような感覚に、彼女は乾いたような笑みを浮かべながら水筒を受け取った。


 その後も戦闘も順調に進み努の入った金色の調べPTは五連戦を終えた。



「こんなものでいいでしょう。お疲れ様です」



 地面に魔石がいくつも転がっている戦場跡地。努はそれらを拾いつつ皆に声をかけた。その戦闘をずっと見ていたユニスはハッと気づくと魔石を拾う手伝いをし始めた。



「なにか参考になった?」

「……レオンの顔が、違うのです」



 近づいてきたユニスに努が尋ねると、彼女は大きい狐の尻尾を萎ませてポツリと呟く。



「いつもはあんな楽しそうな顔じゃ、ないのです」

「…………」

「ムカつくのです。私より、ツトムの方がいいって、言ってるみたいで。確かに私にはあんなこと出来ないのです」

「そう」

「ムカつく、です」



 努は魔石を拾いながら絞り出すように言葉を続けるユニスに相槌した。その後もユニスは愚痴り続ける。



「ロレーナもステファニーも、凄いのです。でも私だけ駄目なのです」

「まぁ、あの二人はベテランだしね。差が出るのは当たり前だよ」

「……ほんっとうにツトムはムカつくのです」

「えぇ……?」

「なんでレベル五十台なのに、そんな強いのです。狡いのです。妬ましいのです。嫌味ばっかり言いやがって、ふざけんなです。本当に性格悪いのです」

「どうも」

「褒めてないのですよ!?」



 照れたように頭へ手を当ててにっこりと微笑んだ努にユニスは思わず突っ込んだ。努は少し説明しづらそうにしながら元気を取り戻したユニスに言う。



「僕も外で色々あったからね。それが影響してるだけだから」

「一体何をやってやがったです?」

「それは秘密で」

「ふん。まぁ興味ないのです。ツトムのことなんて」

「じゃあ最初から聞くな」

「うるさい。あっちいけです」



 努のローブにぽすぽすと小魔石を投げつけたユニスは、早歩きで金色の調べの所へ向かう。その後はレオンの索敵で六十八階層への黒門が見つかったので、無限の輪は譲られる形で進むことになった。


 そして努が黒門に入るとユニスが指を差して宣言した。



「絶対ツトムを超えてやるのです! 首を洗って待ってやがれです!」

「期待してるよ」

「ううううるさい! 余裕ぶりやがって! ほんっっとうにムカつく奴なのですっ!」



 ユニスは大声で叫び散らすと怒ったように尻尾をピンと立たせてそっぽを向いた。無限の輪は努を最後に全員六十八階層へ転移した。



 無限の輪は六十八階層につくと休憩しに一度ギルドに帰った後、再び六十七階層へ転移した。六十八階層から新モンスターが出るので、それはアーミラの飽き防止のために取っておきたい。なので無限の輪は六十七階層で再びレベリング作業をすることになった。



「うわ、まさか本当に会うとは思わなかった。あ、どうも。首洗ってきました」

「死ねです」



 そして再び金色の調べと合流してしまい、ユニスは暗い声でそう言った。

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